Deprive
奪いたい、彼女を。
Deprive
気づいた時、目に入ったのは白い天井だった。寝れないかもしれない、と考えていたが、いつの間にか少し眠っていたのかもしれない。上半身を起こし、目を擦るとアニスは欠伸を一つした。そして覚醒したばかりの頭で、今日のスケジュールを思い返した。
今日は、午前中にピオニー陛下へレプリカ差別問題についての報告をしたら、結論を聞いてからダアトへと荷物を取りに帰るつもりだ。
本当はキムラスカへ行く予定もあったのだが、偶然別の仕事でバチカルへ向かうティアが報告も一緒にしてくれる事になったので、アニスは行く必要がなくなった。彼女は今、バチカルで帰って来た青年と会って幸せそうにしているのだろうか?
容易く想像出来る彼等の姿を思い浮かべながら、軍服に着替えると部屋を出た。宿屋のレストランで朝食を注文した後、テーブルの上に置かれたコップへと手を伸ばした。
昨日見ていたグラスと似ているそれに、不覚にも彼を思い出した。会える訳はない、と思いながらも、仕事の合間に偶然にでも会う事はないだろうかなんて期待してしまう。
「(…バカみたい)」
そう悪態づいて、先程の期待を打ち消した。幸せになる事なんて許されない、恋なんてしないと決めていたのに、何を期待していたのだろうか。
それに彼だって忙しいのだ。きっと執務室にこもって書類と一日中いるに決まっている。そう考え、何度も期待を打ち消した。だが、それを塗り替えるように期待は消えてはくれない。暫くして、打ち消す事を諦めたアニスは席を立ち、宿屋を後にした。
「ようジェイド。何かあったのか?」
「何ですか、突然。別に何もありませんが」
「嘘をつくな。知ってるぞ、お前がアニスと軍本部を出た事くらい」
紙を走るペンの動きが止まる。書類に向けていた視線を上げれば、親友でもある皇帝、ピオニーが口端を上げていた。その表情に溜息を吐くと、再び書類に視線を戻した。
「誰から聞いたのです?」
「貴族院からの書類を提出しに来たガイラルディアが見ていたらしいぞ。何だお前達そういう仲だったのか」
「別に私とアニスは恋人という訳ではありませんよ。仲間ですから」
「…本当に、それだけか?」
執務室に、しばしの沈黙が流れた。もう一度書類から目を離し、ピオニーを見ればニヤニヤと笑っている。どうやら、隠し事は出来ないらしい。
「好きですよ。昔から。…しかし、昔は好きだという事を認めたくなかった」
「ほう、何故だ」
「彼女が想いを寄せている人物が、私ではないと知っていたからです。その事を本人の口から伝えられて傷つくのを、私は恐れていたのです。だからこそ、認めたくなかった」
「それで、今は?」
「しかし、そんな事をしたとしても、自分の気持ちが治まる筈はないと気づきました。それに…こういう事を言ってしまうのは不謹慎なのだとは理解していますが、想い人は亡くなりました。だから私は奪いたいと思うようになりました」
思わず、自嘲的な笑みが零れた。そして自分は最低な人間だと改めて知った。彼女が大事だと思っていた人間が消えてしまった事を、自分が彼女を手に入れる絶好の機会だと考えてしまったのだから。
今、改めて心の内で彼に謝った。これで何度目であろうか。考えてみても、答えは出なかった。もう一度、ピオニーを見ようと顔を上げた時、部屋のドアがノックされた。
「入れ」
「失礼、旦那。あぁ陛下、やはりここにいましたか」
「どうした?ガイラルディア」
「アニスが謁見を求めていますよ。早く来て下さい」
「そうか、わかった。ジェイド、お前も来い」
アニスがピオニーに謁見すると聞いてからジェイドは嫌な予感を感じていた。それは間違いないようで、ピオニーは謁見に付き添えと言う。
私事なら断ってしまえば良いのだが、今回アニスはローレライ教団の使者としての仕事で来ている。仕事が絡めば、断る事は出来ない。ましてや彼も一応は皇帝陛下である。逆らう事など、出来はしない。
ジェイドは軽い頭痛を覚え、溜息を吐く。静かに立ち上がると、ガイを先頭に宮殿へ帰るピオニーの後ろへついて歩き出した。