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余りに早過ぎた再会。
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「陛下、お久しぶりです」
「アニス、久しぶりだな。暫く見ないうちに随分綺麗になったなぁ。どうだ、俺の妻にでもなってみるか?」
「陛下、それってプロポーズですか!?きゃわーん、玉の輿ぃ」
「陛下、冗談は程々にして下さい。アニスも。陛下の冗談に乗っていたらいつまでたっても話が進みませんよ」
「ごめんなさい、大佐。早速本題に入りますね。
以前から、キムラスカ、マルクト各地でレプリカ差別が目立っていました。今までの被害報告としては、結婚を認められない、職を与えられない、学問所に受け入れられない、等が上げられました。キムラスカは、ルークという王族の人間がレプリカだという事もあって、レプリカに対する偏見は少ないんですけど、問題は…」
そこでアニスの言葉が止まる。言いたい事を察してしまったピオニーはアニスの次の言葉を待たずにこちらから口を開く。
「こちらか」
「はい。教団は、職を与えられないのは、知識が十分にない事も原因であると考え、キムラスカで行われているレプリカに対する学問所を開き、言語の読み書き等の必要な事を教えるべきであると考えています。教師の人手が足りないならば、ローレライ教団から数名連れて来れます。もちろん、あたしも参加します」
ジェイドは、彼女の表情に、昔の真剣な表情と声を思い出す。
『イオン様やフローリアンやシンクを苦しめた総長を絶対許さない!!』
その言葉は、あの時心の奥に深く突き刺さった。死んだ後も、彼女は彼を想っていた。そして、その彼を彼女は今でも想っているのかもしれない。
もし、そうなのだとしたら、彼の為に戦ったあの戦いが終わった今ならば彼女を奪えるなんて思っていた自分は、愚かなのだろうか。
急に、緑の髪の少年に謝りたくなった。
ピオニーは、立ち上がるとアニスの方へ歩き、頭をそっと撫でた。
「最近のレプリカ差別には目に余る物がある。こちらも何かしら対策を講じねばならんと思っていた。良かろう。議会を召集し決定する。…それでいいか?アニス」
「はい、よろしくお願いします」
「では、俺は議会へ行く。アニス、後はこちらから連絡を入れるまで休んでいろ」
「はい。…あの、大佐。執務室にお邪魔しちゃっていいですか?」
「えぇ。構いませんよ。では、行きましょうか、アニス」
出口へ向かおうと二、三歩前進すれば、ついて行こうと隣にアニスが来る。それを確認したジェイドは、アニスの歩調に合わせるようにゆっくりと再び歩き出した。
「どうぞ」
昨日のように執務室に備え付けのソファーに座れば、ジェイドはお茶を出す。それを受け取ってお礼を告げれば、ジェイドは微笑んで、書類の積み上がった自分の机へ向かった。
「すみませんね。せっかく来て頂いたのですが、まだ書類がまだ片付いていないもので…お茶でもしながらゆっくりしてて下さい。本棚にある本は、戻して頂けるなら好きに読んで下さって構いませんから」
「大丈夫ですよぅ。あたしが大佐と一緒にいたかっただけですから。寧ろ、仕事中だったのにお邪魔しちゃってすみません」
「いえ。私も貴女といるのは楽しいですからね。では、待っていて下さい。今日はこれだけ終わらせればいいので、すぐに終わらせますよ」
そう告げると、執務室にはペンが紙を引っ掻く音だけが響き始めた。一方のアニスは、立ち上がって本棚を覗き、その中から一冊興味のある本を見つけて、手に取るとソファーへ戻り読み始めた。その姿をペンを持つ手は休めずにチラリと見て、再び書類に視線を戻した。
仕事を始めてから約二時間が経った頃、大量にあった書類も残すところ数枚となり、仕事の終わりが見えていた。
その事を確認すると、アニスは読んでいた本を閉じ、本棚に戻した。ソファーへと戻る途中で、おそらくピオニーが片付けずに帰ったのであろう本の山を見つけると、それを広い本棚へ戻し始める。手際良く本棚にしまい、最後の一冊をしまった時、後ろから声をかけられた。
「陛下が散らかした物まで片付けなくても良かったんですよ?」
「だって、部屋が散らかってるのは嫌じゃないですか。それに、ついでですから」
「後で本人に片付けさせるつもりだったのですよ。ですがありがとうございます。もう仕事は片付きましたから、行きましょうか」
「え、どこへ…」
「食事ですよ。私の元へ来た時はご馳走すると言ったでしょう?…それとも、嫌でしたか?」
…嫌なんかじゃない。嬉しい。素直にそう言いたかった。首を横に振って否定したかった。だが突然、自分の影の存在に気付いてしまった。
幸せになってはいけない。深入りしてはいけない、と警告をする。確かに、このままでは想うだけでは済まされない。幸せを求めるようになってしまう。それでは自分はいけないのだ。今すぐ引き返さなければ、影に従わなければと考えた。
しかし、もう遅かった。既に引き返す事すら出来ない程、自分はジェイドを好きになってしまった。想うだけで留まっているつもりが、いつしか幸福を求めるようになってしまった。
今思えば、警告は五年前から鳴り響いていたのだ。自分がまだ大丈夫だと過信していたせいで、自ら止めてしまっていただけなのだ。
それに気付いてしまえば、もう気持ちを抑える事など出来はしなかった。影が囁く言葉でさえ、耳には何も入らなかった。
「そんな事ありませんよ」
そう一言告げると笑みを浮かべてジェイドを見た。彼はそんなアニスにつられたかのように笑みを見せると、手を握り返した。
「では、行きましょうか」
今度は躊躇う事なく頷くと、二人は執務室を後にした。