Decsion
運命の歯車が回り始めた。
Decision
二日目の謁見の間。昨日も来たというのに、今までにない緊張をアニスは感じていた。それは当然の事だ。
今日、皇帝陛下の決定により、今までの自分の努力が報われるかどうか決まる。
昨日は、マルクト帝国が自分の案を受け入れるかどうか不安だった。食事の席でジェイドにその不安を打ち明ければ、そっと手を握り、
『大丈夫ですよ』
と不安が消えるまで囁いてくれた。
それが自分に対して与えられる彼の優しさなのだと思うと嬉しくなった。そして、そんな彼に益々惹かれた。彼が自分といたいと思ってくれるだけでも満足だった。
「アニス、待たせたな」
「おはようございます、陛下」
昨日の出来事を思い出しているうちに、後ろからピオニーが入って来ていたようだ。不意に肩を叩かれた。
挨拶を交わすと、アニスの横を通り抜けて王座に座る。そして、後ろから来るはずの従者が来ない事に、アニスには聞こえない程度の舌打ちをする。
「まったく…おいジェイド、早く入って来い。お前がいなきゃ話が始まらんだろうが!」
ピオニーが発した彼の名前に、アニスは胸が高鳴った。また、彼に会える。そう思うと自然と頬が緩みそうになるのを感じていた。
それを必死に堪えていると、扉が開く音がして、ブーツが地面と触れ合う音が聞こえる。次第にそれは近づいて来て、自分の横で止まった。
「おはようございます、アニス。遅くなってしまいましたね」
それはよく知った、心地良いハスキーボイス。アニスはジェイドを見上げると、今まで堪えていた分を取り戻すかのように笑う。
それに合わせてジェイドも笑みを浮かべると、再び歩き出し、王座への階段の手前に立つ。それに満足したようにピオニーは笑うと、再び口を開いた。
「ジェイドが漸く来たところで、話を始めようか。
昨日の議会の結果、キムラスカに続いてこちらもレプリカに対する学問所を開く事で決定した。それでだな、人手は足りてるんだが、キムラスカに遅れを取っている以上、時間も惜しい。そこでアニス、お前はグランコクマで学問所設立と運営、教育の手助けをして欲しい」
「はい。もちろんそのつもりでいましたしね」
「それでだな…グランコクマにいる間、アニスはジェイドの世話になれ」
「陛下、そんな話聞いていませんよ。宮殿の客間で宜しいでしょう?」
「おいおい、他にも客は来るんだぞ。アニスばかりにずっと客間を使わせる訳にはいかん。それに、ジェイドに任せた方がアニスも安心出来ると思ったんだがな。どうだ、アニス?」
「確かに、大佐のところなら安心できますけど…」
「ほら見ろ。アニスもそう言ってるだろ。ジェイド、それともガイラルディアにでも頼むか?」
冗談ではない、と表情には出さずに考えた。いくらガイがナタリアに想いを寄せているとわかっているにしても、自分以外の男とアニスが二人きりで住むなんて、気になって仕事に手をつける事すらままならないという事は、実際に起こらずともわかる事である。
自分の事を一番知っているのは自分自身なのだから。
ピオニーがアニスのグランコクマでの生活の世話係として自分を指名するのではないかという事は、薄々感じていた。それは、ピオニーなりに自分とアニスをくっつけようとしているのであって、悪気がない事もわかっている。
しかし、アニスと一緒の生活で、自分の自制心がどこまで保たれるかわからない。もし、自分の自制心が抑えきれず、アニスを傷つける結果になってしまえば今まで築いてきた関係を一気に崩す事になる。
それだけは、避けなければならない。だからこそ、ピオニーの厚意を断るつもりだったのだが、状況が変わった。自分以外の男の所へアニスを住ませるくらいなら、自分が引き受けようと判断した。
「陛下、わかりました。私が引き受けますから」
「お、何だ。気が変わったのか。まぁ頼むぞジェイド。お前、もう仕事はしなくていいから、アニスの為にいろいろと買い物したらどうだ?どうせお前の家には女性に必要な物も揃ってないだろう」
「え?あたしダアトに荷物を取りに…」
「大丈夫だ。ジェイドが用意する。全部だ。そうだろ?ジェイド」
「ええ。そうさせて頂きますので、失礼しますよ。アニス、行きましょうか」
「へ?…もう!待って下さいってばぁ!」
アニスの意見は受け入れられずに、ジェイドに手を引かれ出て行った。外に出たところで手を離し、アニスが後ろから自分について来る事を確かめながら、ジェイドは再び思考を巡らせる。
旅をしていた頃だって、アニスが同室でも何もなかった。一つ屋根の下で暮らすと言っても、今までは大丈夫だったのだ。今度だって、きっと大丈夫だ。それに、恋人でもない女性に手を出してしまう程、落ちぶれてはいない。
「……さ、大佐?」
「っ……!!」
「もう、何度も呼んだのに気づかないんですから。どうしたんですかぁ?」
突然目の前に現れた彼女に驚き、立ち止まる。心なしか、顔が熱い。気づかれたくなくて、顔をすぐに背けたのだが、気づかれていないだろうか。
「何でもありませんよ。アニスこそ、何か言う事があったのでしょう?」
「え?あ、先に宿屋に荷物を取りに行きたいんです。いいですか?」
「おや、もう何も言わないのですか?勝手に決めたのでてっきり文句でも言われるかと思っていたのですが」
「もう何言っても無駄ですよね?なら諦めた方が早いかなって……」
「ふむ、賢明ですね。では、荷物を取ったら一度家に置きに行きましょう。持ったままでは、買い物の邪魔ですしね」
どうやら、気づいてはないようだ。落ち着いてからアニスに向かって微笑んでみれば、それにつられるようにアニスも微笑む。
これから二人での生活が始まる。それはピオニーの言葉を借りるならチャンスなのだ。この機会に想いを伝えなければ、二度と機会はなくなってしまうかもしれない。ジェイドは止めていた思考を再び動かし始めた。
これからどう接していこうか?
今度は、先程と違い容易に結論は出ないようだ。