Morning
翌日の朝、幸せな一時。
Morning
小鳥の囀りと、水の流れる音が混じり合い、一つのメロディーのようにさえ思える。その音でアニスは目を覚ました。
そして、見慣れない部屋をぼんやりと見ていたが、いつもの癖が出てしまい、慌てて跳び起きた。
それから覚醒した意識でもう一度部屋を見渡し、ここがジェイドの家である事を思い出した。
「…今日、仕事ないんだっけ｣
記憶を掘り起こして、ジェイドが学校を始めるまでの間は休んでていいと言っていた事を思い出し、それを確認するように呟いてから、再び寝転び枕に顔を埋めた。
昨日、休みの連絡を受けてから、ジェイドは自分に向かって『好きなだけ休んでて構いませんよ』と言っていた。なら、この際たっぷりと休んでおくのも悪くはない。そう考えて再び眠りに就こうと目を閉じたが、寝ようと思っても眠気はやって来なかった。
暫くして、眠る事を諦めてゆっくりと起き、いつもの軍服に袖を通した。それから窓の方へと歩いて行き、白いカーテンを静かに退かして窓を開けた。
一瞬、眩しさに目を細めたが、慣れてきた視界に入ってきた物は、グランコクマ特有の水の流れに朝日が反射して七色に輝いている景色だった。
「綺麗…｣
「でしょう。ここは一番景色の良い部屋ですからね｣
ぽつりと呟いた独り言に返ってきた返事に驚いて振り返ると、入口にジェイドが立っていた。
立っていただけのジェイドは微笑むと、部屋の中へ入って来る。
「おはようございます。アニス｣
「おはようございます。それより大佐、勝手に開けないで下さいよぉ。着替えてたらどうするんですか？｣
「これは失礼。休んでいていいと言ったのに隣の部屋から朝早くに音がするものですから、気になってしまって｣
「すみません。いつもの仕事の癖が抜けなくて、つい起きちゃいました。大佐、これから仕事ですよね｣
「えぇ。自分の仕事ももちろんですが、陛下がまた書類を溜めていますからね。尻を叩かなければ｣
「あの、もしよかったら、朝食を作りましょうか？｣
一瞬、驚いた表情を見せたジェイドだったが、すぐに首を横に振る。
「いえ、客人にそんな事をさせる訳には…｣
「いいんです。私が作りたいんだから。泊めてくれるお礼も兼ねてですから…いいでしょ？大佐｣
ジェイドの方へと寄り、首を傾げながら見上げると、ジェイドは困ったような笑顔を浮かべていた。
結局、アニスにだけはジェイドも弱い。
「わかりました。ではお願いしましょうか｣
「はい。キッチン借りますね｣
キッチンの場所をアニスが知らない為、そこまで案内するとアニスは中に入って扉を閉めた。それから、隣の部屋へと移動して、椅子へ腰を下ろした。
そしてアニスが来る前に確認しようと思い、今日一日のスケジュールを思い出す。
まず、必要最低限の書類を片付けて、フォミクリーの研究所にも顔を出さなければならない。アニスが住む為に必要な物を揃えるからと買い物へ行く為に、研究所へ行く時間を削ってしまった。
だから今日は行かなければならない。後は帰って来てからも出来る仕事なので、持ち帰ってから済ませようと考えていた。
あまりの忙しさに思わず溜息を吐くと、部屋のドアが開き、アニスが顔を覗かせた。
「大佐、朝食出来ましたよ。飲み物はコーヒーでいいですか？｣
「ええ、お願いします｣
返答すると、アニスはコーヒーカップにコーヒーを注いで、机の上に置いた。それから、出来上がった料理の皿を次々と並べていく。
「大佐、いつも何を食べてたんですか？食材があまりにもないから、何を作ろうか迷っちゃった｣
「朝は休暇でもなければ食べませんし、昼も夜も外で済ませていますからね。食材を買い置きするという事はあまりしません｣
そこまで言うと、アニスの顔が怒りを含んだ表情へと変わっていく。
「ちゃんと食べなきゃダメですよ。どれだけ若く見えてももう四十歳なんですから、身体に気を遣って下さい。今日からダアトに帰るまではあたしが作りますから｣
アニスの怒りとは裏腹に、すこぶる機嫌が良くなった。心配をされた上に、毎日食事を作ると言うのだ。これではまるで――
「まるで奥様みたいですね｣
「なっ…何、言ってるんですか！？は、早く食べて下さい。仕事に遅れちゃいますよ｣
「はいはい｣
アニスに促されて、スクランブルエッグへとフォークをつけた。
「美味しいですか？｣
「美味しいですよ｣
ある程度時間が経ったところで、時計を見る。時刻はもう家を出なければならない時間となっていた。冷めたコーヒーを飲み干して席を立つ。
「時間です。行って来ますよ、アニス｣
「行ってらっしゃい｣
「早く帰って来ますから待ってて下さい｣
家を出るジェイドを見送り、姿が見えなくなるとアニスは笑みを浮かべた。
「奥様みたい、か…｣
その言葉が本当なら嬉しいのに。そう考えながら朝食の後片付けを済ませようと、もう一度家の中へと入って行った。