例え幸せになれなくても、貴方に会いたい。
グランコクマへと向かう定期船の上でアニスは空を仰いだ。そしてふと、二年前の彼の姿を思い出した。
二年前の彼は、以前旅をしていた頃の姿と全く変わっていなかった。ルークの誕生日、再会した彼に別れ際「お互い頑張りましょう」と言われ、「はい。頑張りましょうね、大佐」なんて答えた。
震えていた声に彼は気づいただろうか。声をかけられた時の胸の高鳴りは、喜びというのだろう。それだけで別れていたのなら、この気持ちはほんの一瞬で、すぐに鎮まるものであったのかもしれない。
だが、彼は去ろうとした自分を引き止めた。振り向いて彼の顔を見てみれば、紅い瞳がこちらを見つめている。それだけで彼が自分を見ていると自覚してしまい、顔が熱くなった。彼は綺麗な笑みを浮かべて、
「たまには手紙でも送ります」
そう言った。誰に?自分にだ。もはや、言葉は発する事が出来ない。発してしまえば、自分の心の内に気づかれてしまう。いや、もう既に気づかれているのかもしれないけど。その時は、何も言わずゆっくり頷き、笑ってその場を去る事しか出来なかった。
彼と会わなくなってから二週間程が過ぎてから、手紙が届いた。丁寧な字で書かれているその手紙を何度も何度も読み返し、自分は何を書こうかと毎回のように悩んだ。そのせいか返事が遅くなってしまう。その事を何度も謝ったが、彼は一度も怒ったりはしなかった。
彼は遠くにいる筈なのに、手紙によって繋がっているからだろうか。ずっと傍にいるような感じさえしていた。だからこそ、一年前に自ら手紙を止めてしまう結果になった事には酷く落ち込んだ。傍にいると思っていた人が急に消えてしまう喪失感に、仕事すら出来なくなりそうだった。その度に、彼が言った言葉を思い出して、乗り越えて来た。
「お互い、頑張りましょう…」
そう呟くと、大きな汽笛の音が響き、グランコクマの港が見えてきた。あれから、更に一年。手紙を止めている間に、アニスは凄まじい成長を遂げた。少女の頃の面影はあるものの、女性と呼ぶに相応しい姿へと変わっていた。
彼は、どうなのだろう。とふと考える。更に老けたのかもしれないと思ってみたが、想像がつかずにすぐに考えるのをやめた。これから再会するのだから直接会って確認すれば良い事だ。
不思議と胸が高鳴る。しかし、彼と会う事に嬉しさを覚える度、自分の影の存在に気づく。幸せになる事なんて許されないと、囁く声が聞こえる。
「わかってるよ」
その声に応えるようにアニスは呟いた。更に続けて言おうとしたが言葉は続かず、ゆっくりと船内へ戻る為に歩き出した。
――でも、想うだけなら良いでしょう?――