一人酒
家に着くと、真っ先に酒の入った瓶に手を伸ばした。いつもならばグラス注ぐのだが、今日は余裕がない。そのまま飲み干した。
普段ならば襲ってくる眠気も、今日はやって来なかった。
目を閉じれば思い出すのは彼女の笑顔だけだ。無理に寝る事を諦めたジェイドは、ベッドから起き上がり、溜息を吐いた。もう一杯飲めば寝れるのではないかと思い、酒瓶に手を伸ばすが、先程全て飲み干してしまった事を思い出し、伸ばした手を再び戻した。
とりあえず横になればそのうち寝れるだろうという結論に達し、横になって目を閉じる。そして、今日の事を思い出した。
今日は久しぶりにアニスと夕食を取った。昔話をしながら昔アニスが言っていた言葉を耳元で囁けば、アニスは顔を真っ赤にして。
昔と違って色気の含んだ顔でそんな風にしたらもう思わずキスを一つ……違う、何を考えているんだ。自分は。
その後に慰めようとして、自分の欲望に負けて抱きしめてみれば、今までと違って胸が当たって……じゃない。何を考えているんだ。
別れ際だって、そう。彼女が恋人なら、宿の前だろうが関係ない。引き寄せて、キスをして――いや、宿屋になんて帰さずに迷わず自分の家まで連れて行って、そのまま…。
「…何を考えてるんだ、全く」
心の中で叱咤するだけでは足りないと思い、呟いてみた。どうやら落ち着く事は出来たらしいが、心臓の高鳴りは治まらない。
これではまるで思春期の――初恋ではないか。いや、本気で人を愛そうと思った自分にとってはこれが本当の初恋なのかもしれないが。
今まで『少女』として扱っていたアニスを『女性』として扱うようになる事は、旅をしていた頃の好意が恋であった事を自分に自覚させた。女性特有の身体つきに変化した彼女の成長は、自分の恋心を更に成長させた。
だが、彼女が未だに裏切ってしまった少年の亡霊に縛られている事を知っている。あの旅の途中、彼女が夢の中で呟いていた言葉は今でも記憶として残っている。
どんなに呼び掛けても、自分の声は何一つ届きはしなかった事も。
その時は、縛られてしまっている彼女から、自分が手を引く事で全てが解決した。自分は彼女が幸せになるのを見守っていればいいのだと思っていた。彼女が自分を想っていないと知っているのなら、想いを寄せて傷つくよりは、余程良い案だと思っていた。
だからこそ、好きだという気持ちを知らずのうちに認めずにいたのかもしれない。彼女と再会するまでは。
彼女と再会し、自分の想いは本当に恋だったのだと知った時、今までの自分の考えは全て消えてしまって。彼から彼女を奪いたいとさえ感じた。
「つくづく人間というのは、欲の深い生き物ですね」
明日はアニスが陛下と謁見する。それには当然、自分も付き合う事になる。明日もアニスに会えると考えれば、今夜は寝るなんて出来なそうだ。そう考えたジェイドは立ち上がり、遠くの棚にしまっておいた新しい酒の封を開けた。