「見つけたよ、クロウ」
暗い牢に響く男の声。
僅かな明かりに、白い軍服が照らされる。
人間と魔族の間では、争いが絶えない。
人の世界では、魔族と戦うものを総称して、退魔師と呼ばれていた。
レイスは、退魔師団総括の一人だった。
敵を生け捕りにして、秘密裏に連れ帰るには、相応の地位がいる。
若くして、この地位まで昇りつめたのも、全てはこの異母弟が目的だった。
人間の母が雄の魔物に犯され、産まれた子供…
母と父はそれがショックで、精神を病み、果ては心中してしまった。
だから、仇。復讐したい。
そして、残された唯一の家族。会いたかった。
何も知らなかった幼い頃はよく遊んだ。
今までの人生で唯一の楽しかった思い出……
最後に別れた時から、長い時間がかかったが、ようやく再会することができた。
二度と逃げることのないように、首と四肢に枷をつけて鎖で繋ぐ。
じっと眺める。
幼い頃の姿が重なる。
立派になったものだ。
憎い、殺してやりたい。そう思っていた。
でも、幼い日々の思い出が忘れられない。
初めての弟、今では唯一の家族。
二つの思いが混ざりあって、どうしたらいいか、わからない…
わからない…
「…レイス……」
クロウという名を久しぶりに聞いた。
その名で自分を呼んだのは、ただ一人の人間だけ。
名付け親。
昔、生き別れた腹違いの兄。
その後は、叔父にあたる魔物つけられた冥という名で呼ばれていた。
自分と戦った目の前の男に、クロウと言われるまで、成長した異母兄だと分からなかった。
輝くような金髪とエメラルドの瞳の色は、確かに記憶の中の兄と同じだったが。
精悍な顔立ち、逞しい体つき、誰が見ても立派な青年に育っていた。
退魔師の制服。胸には師団長の階級章。
裾の当たりが所々、魔物の血で染まっている。
魔族達の間で噂になっていた。
ある一人の退魔師が、自分を探しているらしいと。
ただでさえ、この身には半分人間の血が流れているというのに、その上人間に探されているなんて。
ただ、心当たりはあった。
半分同じ血が流れている異母兄。
昔、自分を逃がしてくれた兄。
幼い頃はよく二人きりで遊んだ、面倒を見てくれた。
でも、それはきっと二人とも幼かったからだ。
善悪も禁忌も知らずに。
大人になってそれがわかって…
「……復讐か?」
それ以外、ありえない。
こんな暗い部屋に閉じ込められている。
首や足、尾と翼にも枷を嵌められて、後ろ手に縛れて、鎖で壁にまで繋がれている。
しかも魔力を封じる類のものだ。
それに、闇の中に色々な器具が置いてあるのが見える。
「違うさ、ただ、会いたかっただけだ」
復讐のための方が良かったかもしれない。
会いたいとは思っていなかった。
「いっしょにいよう」
「……?!」
全く予想していなかった答えだった。
その意図がよくわからないが、仲間になれということか。
世界が違う。
恩は感じていないわけではないが、人間の味方をする理由にはならない。
魔物達から同族と認められるのに、長い時間をかかった。
今でもまだ、人間とのハーフである自分を、よく思わない魔物もいるけど。
得た信頼を失いたくない。
「…俺はあんたの仲間にはならない…」
体の自由は利かないが、弱味を見せないよう鋭く叫ぶ。
「…兄さんって、呼んではくれないんだな」
突然声が低くなる。
笑ってはいるが、鋭く貫くような視線。
それと共に、剣の切っ先が胸に当たった。
「ぐ…ッ」
不意に痛みを感じて、少しうめく。
「ああ、悪い。威かすつもりはないんだ」
レイスは向けていた剣を降ろした。
「別に、仲間になってくれとは言わない。でも、今日からお前の家はここ」
「何を言っている…人と魔物は絶対に相容れない…」
先ほどから、レイスの言葉の意図が読めない。
「…お前は俺と再会できて、嬉しくないのか」
再び刃が喉をかする。
しかし、嵌められた枷のせいで、力が出せない。
「ああ、そうだ」
彼が先ほどから、驚くほど怒る原因を見ていると、どうやら本当に復讐ではないようだ。
どうせ同じ道は歩めない。
「そうか…」
レイスが俯いた。
剣はまだ喉元に当てられたまま。
きっとこのまま、貫かれるだろう。
そう思ったのに、切っ先が、肌からそっと離れていく。
そして、向けられる笑顔。
なのに、恨まれる恐ろしさよりもぞっとする恐ろしさを感じた。
何を考えているのか、真意が読めない。
「なら、お前の気が変わるまで待つさ」
レイスは一旦引いた剣で、クロウの着衣を切り裂いた。
顕わになった体は、無駄のない完成された肉体だった。
その背に生えるきれいな黒の羽、蛇の尾。長い髪も同じ色。
「な…ッ何をする!」
さすがに不安そうにする彼の後ろに周って口枷を噛ませた。
「んぐ……っ!?」
「舌を噛んだら困るからな」
翼を眺める。美しかった。
よく見ると、根本の漆黒色から、先端に向けて濃青色に色合いが変わっていく。
そっと触れてみると、身を強張らせた。
艶やかな手触り、柔らかな感触。
「少し我慢して」
ブチリと、羽根を抜く。
風切羽。
鳥はそれを失えば、飛べなくなる。
見栄えを損なわないように注意しながら、何枚か風切羽を抜く。
「んん……ッ!」
身じろいで翼が揺れた。
鎖がしゃらしゃらと鳴る。
「綺麗な羽だ」
血に濡れ、ぬばたま色に輝く羽根を、眺めた。
その羽根を抜いた付け根には、焼きごてをあてがった。
もう生えてくることはないように。
ジュッと羽が焼ける音がした。
「ん…ぅ…ッ!」
痛みに束縛された身をよじる。
猫の耳を伏せる彼の頭をそっとなでた。
「魔物用の焼きごてさ。抜いた羽根が再生しないように、焼いておく。これで、もう二度と生えてこないな」
「ん……」
もう空を飛ぶことはできないと悟ると、今まで堪えていたクロウも、さすがに顔を歪ませる。
機会をうかがって、必ず逃げようと思っていたのに。
飛べなくなったと知られたら…
「悲しいのか?ずっと俺の側にいられるのに!」
激昂したレイスは、焼きごてをクロウの背に押しつけた。
「んく……ッ!」
ジュッと、今度は皮膚が焼ける。
「ああ、悪い。痛かったな。痛いことはしないって、約束したのにな」
傷痕の痛みに震える肌にそっと触れた。
「きれいな肌……母さんに似た…?」
背中から腰のラインをなぞる。
しなやかな肉体。そのまま、下肢に手をやる。
「……?!」
局部に手をあてがうと、びくっと身をよじった。
「痛みを忘れさせてあげる」
そのまま陰茎を軽くしごく。
「んんー……ッ!」
拘束されていなければ、きっと暴れているであろう体を優しく抱く。
硬くなり始めた彼のそこ。
先端からぷつりと滴が見え始めた頃には、呼吸音が変わっていた。
「…ん……ッふ……っ…」
「気持ちいいか?」
陰茎への刺激にあわせてぴくぴくと動く猫の耳。
その元で囁くと、一段と先走る液があふれ出した。
「……ぁ……ッや……」
口枷の間から、涎と共に漏れるかすれた息。
蛇の尾は震える足に巻きつけて耐えている。
「…ん…ッ!」
びくんと、彼の体が大きく震えた。
体液が勢いよく手の中に吐き出される。受け切れなかった分が床に飛んだ。
憎いから辱しめている?
特別だから、全てを独占したい?
怨みか情念なのか、もう自分でも、どっちかわからないところまで来ている。
どちらでも良かった。
二人でいることに変わりはない。
「これから、もっと気持ちよくなれるさ」
ひざをついて息をつく弟の頭をなでた。