暗黒神の下、この暗い世界を支配する暗黒神官。
その座を奪おうとする野心多き者達はいくらでもいる。
オレもその一人だった。
だが、オレ達は失敗した。暗黒神は自分より、暗黒神官に味方したようだ。
今日は反逆に失敗したオレ達の公開処刑の日。
全員囚人服を着せられ、体を拘束され、処刑室に引き立てられた。
暗黒神官が、裏切ればこうなるという事を見せしめるために、その場には彼の部下達も幾人か見物に来ていた。
部屋には絞首台や、ギロチンが置いてある。
どちらの器具を使われるかは、神官の気分次第。
「まずはお前からだ」
死の宣告が低く響き渡る。
首謀者である自分の前に、暗黒神官が立った。
堂々とした体躯に、肩の上ぐらいで切った髪と同じ色の、黒い法衣を羽織っている。
底のない真っ黒な瞳が、こちらをじっと見下ろしている。
処刑時は、彼の隣に、いつも死刑執行人を務める暗黒騎士がいるのに、その日は違っていた。
代わりに側にいるのは、漆黒のローブを着た魔術師だった。
陶器のような白い肌…冷たい青い目、薄暗い部屋の中にそっと揺らぐ長い水色の髪…
端整な顔立ちに、一瞬女かと思った。
確か、最近、暗黒神官が護衛に抜擢したやつだ。
「そんなやつが、死刑執行人?」
オレは鼻で笑った。
自分は元暗黒騎士で、鍛えぬいた屈強な体は、まだ騎士団にいた頃も、団長のお墨付きだ。
離反した後も鍛錬を欠かした事はない。
「凡庸な人間を連れてくるわけないだろう?彼は時期四天王の候補だからな」
それは暗黒魔法を使いこなせるという事…生き物そのものを自由に操作する事のできる恐ろしい魔術を。
それ故、先天的な才能を持つ極僅かの者しか使えない。
だが、どんなに優れた魔術師だろうと、力で自分に適うはずはない。
魔術師の割りに背は高いが、細身だ。
絞首台行きであれ、ギロチン行きであれ、こいつが死刑執行人を務めるというなら、オレの首を括ろうと近づいた時に、頭突きでも蹴りでも入れてやる。
そういう事にならないように、執行人は今まで暗黒騎士が務めてきたのに。
「言い忘れていたが、本日からは、処刑の方法を変える。より見せしめらしくするためにな」
「………」
少しだけ、ぞくっとした。
魔法、まして暗黒の魔術なら、普通に首を斬られるより、もっと恐ろしい殺し方ができる…。
「では、処刑開始だ。シャーレン、お前の好きにしていいぞ」
低い暗黒神官の声。
だが、微笑してこっちを見たあの魔術師と目があった次の瞬間、部屋が真っ暗になった。

何故、部屋を暗くする?
公開処刑のはずなのに。
ただ、何か小さく呟く声が聞こえた。
魔術の詠唱?
だが、それが何の呪文かはわからない。
この暗闇の中、変化があったとしても、何も見えない。
「何をしたか分かりますか?」
聞いてくる淡々とした声。
暗黒神官の声より高い。話しかけてきたのは魔術師の方だ。
「分かるわけないだろ、こんなに部屋を暗くしておいて…!」
「部屋が暗い…。そうですね」
そこで、ふっとあいつが笑みを洩らした。
「私もまだ、同時に複数の呪文を使うのは上手くいかないのでね、成功したかどうか確認させて頂いたのです」
小さな笑い。
神官のものも?
いや、それだけではない。
何だろう、この空気は。雰囲気は。
悲鳴をあげているような。
その時、一瞬部屋が再び明るくなった。
目に入って来たものは…
指……?
暗闇の中に人間の指だけが浮かんでいるように見えた。
誰の指?
あいつの?
だがその指は大きく、たくましく、あんな生白いやつの指ではない。
よく思い出してみれば、自分の指にそっくりである事に気付いたが、その位置に見えるはずはない…
そんな謎めいた不気味な感触を胸に抱いていると、真っ暗に戻った。
今度はどこかでうぇ…っと、嗚咽を洩らすような声がした。
聞いていて気持ちの良い類の音ではない。
でも誰の…?
落ち着かない胸の中、そう思っていると再び呪文を唱える声がした。
またあいつが聞いてくる。
「捕らえられてからは、何日も食事をとっていないのでしょう?どうぞ召し上がってください」
「何をふざけた事を…」
暗い部屋の中で、得体の知れないという事は確かだが、何故これから公開処刑というのに、食事なんか取らせるんだ。
怒鳴った口に無理矢理何かが突っ込まれる。
そう、何か、としか言い様がない。
ぐちゃぐちゃとした硬い感触なのに…
この味は…
「何の味がしますか?」
不思議に思う自分を知ったかのように、尋ねる声。
「…苺…?」
そう、ほんのりと甘酸っぱい味。
肉の感触のように思えるのに。
「はは、では少し失敗しましたよ。林檎のつもりだった」
あの男は軽く笑ったが、その言葉の意味はまるで分からない。
ただ、あの噛んだ時のぐにぐにとした感触と、くちゃくちゃという行儀の悪いような音だけが不気味だった。
どう考えても苺でも林檎でもない。
「ねえ、これは何の味がしますか?舐めて下さいますか?」
すかさず口の中に再び何かが入れられる。
その噛み心地も、ぐにぐにとしていて硬かったが、先程入れられたものよりも、薄いような気がする。
舐めると表面に皺があるのを感じた。
だがこれも味は…
「チョコレート…?」
何だろう、また異様な空気が広がる。
小さくてよくわからないけど確かに嗚咽のような音。
「そうですか。では今度は成功です」
一体何が?
またよく分からない言葉。
チョコレートなら、噛んだ時にあんな弾力はないし、まず、口の中で溶けるはずだ。
それにしても、こんなに何も見えない部屋なのに、何故こいつは的確にこちらの口に食べ物を入れられるのだろう?
それも魔術なのか?
「何を…何を企んでいる!見せしめのための公開処刑なんだろう、何故、食事なんか持って来る!」
たまらなくなって叫んだ。
何も見えない、それ以外にも何かがおかしいのに、それが何故なのかわからない。
焦燥と不安だけが積もっていく。
「ふ、その内分かりますよ。分かっていないのはあなただけですから、気になさらないで下さい」
分かっていないのは自分だけ…
また不気味な響きだ。
他の者は分かっている?
どうして自分だけ?
胸の隅の小さかった不安が、じわじわと大きく広がっていく。
「では、もう少し、あなたにも分かる事をして差し上げましょう」
今度は尻に何か当てられる。
「最初は誰でも痛いですけれど、慣れてしまえば気持ち良くなりますから」
これは分かった。
犯す気だ…!
だが、あいつが犯すのか?
あんな女みたいなやつにこの自分が?
それは確かに、この上ない屈辱。見せしめ。
「あまり時間もない事ですし、今日は特別です」
また何か、呪文を唱える。
すると、体が熱くなるのを感じた。
「あぁ…ん…っ?」
「随分可愛い声が出ましたね。媚薬と同じような効果をもたらす呪文です」
そのまま、尻の孔の中に何かを突っ込まれる。
一本一本が別々の動きをしている事から、性器ではない事は分かった。
指で慣らされているんだ…
「はあ…ぁ…やめ…っ!」
「本当にやめていいのですか?」
さっと抜かれる指。
だが呪文のせいで、一向に収まらない体中の疼きと昂ぶり。
「いや…やっぱり……!」
尻の奥が、痒くてたまらない。
ひっかいて、突いて欲しい…!
「きちんと言えたら続きをしてあげる」
先程までの丁寧な調子とは違う冷たい声。
「中に入れて欲しい…!」
全身を走る快感に、呂律がまわらなくなりそうだ。
再び指を入れられた時は、脳まで突かれたようだった。
だが、これは誰の指?
大きくてごつごつしている。
魔術師の指とは思えない。
何がこんなにおかしいんだろう、何も見えない。
「ん…あ…ッ!」
それでも思わず漏れる甘い声。聞いた事もないような自分の声。
「…ぃ…あ……ッ……っ」
指だけでなく、今度は拳が入ってくる。
自分は今、女のように喘いでいるのか?
腰を振って、乱れて。
びくびくと、肌を震わせて…
そこで、やっと気付いた。
自分の体が動いているという感覚が何もない。
立っていたはずなのに、本当に今、そうなのかどうかもわからない。
地に足をついているという感覚がない。
一体何故?
最初から、終始襲っていた気味の悪さの正体は…
「…アぁ……ッく…っ……ッ!」
だがそこで、オレの思考は射精の快感の中に埋もれた。
「……はあ…はぁ………っ」
「イってしまったようですね、あはは」
面白がるような笑みが聞こえる。
「では、そろそろ教えてあげましょうか」
そう言って、あいつが呪文を唱えた。
「あ……っ!」
明るくなっていく部屋。
あいつの冷たい微笑が目に入る。
次にこちらを見て嘲笑する暗黒神官と、面白がる表情や青ざめた表情の彼の部下達がいるのが見えた。
その隣に一緒に反逆した仲間達が見える。
ひどくひきつった表情…
軽蔑?失望?
そんな視線を向けられるのが耐えられない。
男にいじくられて射精したというだけで、こんなにも冷たい目を向けられるものなのか?


いや、違う…
もっと別の何かがおかしかった…
自分はどうやら床に仰向けに寝かされていたようだ。
明るさに慣れてきた視界に、周りの景色が入って来る。
赤い滴り。
指の何本か欠落した左手。
それはがっしりとした筋肉がついていた。
だが…
どうして…
左手には指が無い?
指はどこに?
右手はどこに?
そしてそれは一体誰のもの?
次に目に入ったものを見て、頭に振ってきた恐ろしい推論、恐ろしい思考。
左手の横に、腕の無い身体。
真っ赤な肉の中心に白い骨を覗かせる鮮やかな切り口。
それは屈強で逞しい体躯。
でも腹は裂かれていた。
中身が見える。
ぬっとりと上下する薄い皮膚の表面を、赤い糸が絡む様に無数の血管が覆っていた。
膜の下に透けて、筋肉繊維の塊が覗く。
桃色の腸の連なりが粘液に包まれて緩慢に蠢いていた。
そんな胴から繋がっているのは…
「いい顔をしますね。その表情が、何よりも見せしめに相応しい」
声さえ出せず、ただただ恐れるだけのオレに、あいつが冷たく笑って声をかける。
もしも、全てが見えていたら自分はきっと正気ではいられなかった。
犯されるだけの方がまだずっと良かった。
「あなたにかけたのは感覚を操る呪文だった。視覚と嗅覚と、そして聴覚を奪った。
だから、私の声以外、ほとんど何も聞こえなかったでしょう?」
部屋の灯りが消されたのではなかった。
自分の方が、魔法で視力を一時的に奪われていたのだ。
「次はあなたの痛覚を無くした。
そのまま別の呪文で手足を胴から分離させ、腹を開かせて頂きました」
穏やかな微笑とはかけ離れた説明が続いていく。
「失血死の心配は要りませんよ…出血量も操作しましたからね」
四肢の切断面からも、開かれた腹からも、ほとんど血液は流れていない。
あいつは、まだ同時に複数の呪文を使うのは上手くいかないと言っていた。
だから一瞬視力が戻って、切断されたオレの腕が見えたり、たまに、見物人の中の誰かが、
あまりの気持ち悪さに嗚咽を洩らした声が聞こえたのだ。
「味覚も操って、あなたに食べさせたのは、苺でもチョコレートでもない。
同様に呪文で分離させた指と腸の一部ですよ」
顔色一つ変えずに説明していく冷たい声。
自分が食べて来たのは自分の体の一部…
今は、眼下に一部見える胃の中に収まっている。
「最後の呪文は、あなたの性感を高めて、切り離した腕を操って、尻を犯したのです。あなたは自慰をしていた事になりますね」
自分の後孔を犯していたのは自分の腕…
「分かりましたか?」
冷酷な微笑。
後ろで、顔を背けられないように縛られている同胞達がこちらをじっと見ていた。
慄然とした瞳。
こちらからは何も見えなかったけれど、彼らは全て見ていただろう。
四肢を切られても、指を切られても、腹を裂かれても何も感じない自分を。
自分の指を、内臓を食べる自分を。
自分の腕に犯されて喘いでいた自分を。
「あ…ァ……!嫌だ、いや…だ…!殺してくれ、殺して………!」
気が狂わんばかりだった。
腕も足もない。内臓が曝け出されている。
異形の体のまま、恐慌との視線を向けられるまま、生き続けるなんて耐えられない。
こんなのは自分じゃない。
「命を無駄にしてはいけませんよ。あなたの他の仲間はこれから死んでいくのですから」
そう言いながら、あの男は変わらない冷たい笑顔を見せた。
死の世界へ導くには似合わない美しい微笑み。
その言葉通り、他の仲間達はオレの目の前で、また別の呪文で殺されていった。
ある者は、生きたまま全身を切り刻まれ、ある者は、生きたまま体が腐っていく。
長い時間をかけて、じわじわと殺されていく中、部屋中に響きわたる悲鳴。
今思えば、それすらも羨ましく思う。
自分だけは四肢を失った体を開かれたまま、見世物のように、暗黒神の祭壇の前でガラスケースに、神への捧げものとして飾られている。
誰でも見る事のできる、自分の心臓、肺、腸の動き。
呼吸に合わせてつぶさな肺胞の群と横隔膜の筋目が揺らぐ。体液にまみれた胃袋が収縮する。
体内をびっしりはびこる血管を巡る、さらさらとした流れが、ガラスケースの表面にぼんやりと映って、自分にも見える。
見せしめ。
前を通る者達のこちらを見てしかめていく表情が耐えられない。
醜悪なものを見て、歪められていく表情。
ある者は罰への恐れと憐れみを、ある者は反逆した事への見下しの視線を向けていく。

あれから…
感覚を操る呪文だけは解かれた。
絶え間無く襲い続ける破滅的な痛みに、潰された喉から音にならない悲鳴をあげつづけている。
せめて気が狂う事が出来れば良いのに、彼の呪文で脳を操作されたせいでできない。
苦悶の表情を見せ続ける自分を、気の済むまで眺めていく。
実験動物を見るような淡々とした目。
餌を与えるように、口に入れられる自分の手足の欠片。
それなのに、その手つきは硝子に触れるように優しい。
憎くて憎くてたまらないはずなのに、あの人が立ち去って行った後は、どうしてか、次に再び戻ってくるのかどうか不安でたまらない。
他にはもう、誰も側に来ないから。
寂しいと感じられるのはきっと、まだ人間でいられている証。
この気持ちを悟られたら、きっともう来なくなる。苦しめるために。
もしも、飽きられたら?
ちゃんと殺してくれるだろうか。
縋る手はないけれど、いつか、行かないでなんて、出せない声で叫んでしまうのか。
こうして想い続けなければならないことがおそろしい。
今日も扉の向こうに消える後ろ姿を見送りながら…


楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル