かつて、強力な古代の力を宿した一冊の魔道書があった。 その恐ろしき力は一人の闇魔道士によって解放され、一部の者の脳裏に色濃く刻み付けられたという… そしてまた一人、その力を手にした者が居た――― 「さぁて、どうするかね…」 その『力』を手にした山の隠者・ニイメは、この上なく楽しそうな顔で立っていた。 この魔道書、実は彼女の息子である闇魔道士・カナスの遺品で、それを彼女が息子の書斎から見つけ出したものだ。何の因果か、フェレ公爵エリウッドの息子が指揮するこの軍に、共に戦ったカナスの母親がこの書を手に現れたのである。 …この魔道書によって二十年前に引き起こされた事件を考えると、何かが起こりそうなのは想像に難くない。 「あの子はコレで大変な事になったと言っていたが…」 ニイメはニヤリと笑った。 「絶対に使うなと釘をさされちゃ、使いたくてウズウズしちまうよ…」 そう言って手にした書の埃を払い、静かに開いた。 黄ばんだページに難解な古代文字が並んでいる。並の闇魔道士なら解読は不可能かと思われるが、彼女は山の隠者という称号を持つ闇魔法の大家である。その魔道書の解読は既に終えていた。 「問題は実験体…いや、被験者だがねぇ…」 言い直しても同じである。 そこに闇魔道士特有の濃紺のマントがチラリと映った。ニイメの視線は自然とそちらに向く。 「…おや、可愛い坊やが。遊んでやろうかねぇ♪」 またニヤリと笑った。 「…!?」 突如として言い様の無い悪寒に襲われた。それは自分も使用する、闇系統の魔法にも思われた。だが敵の影もダメージも無い。何より此処は軍のキャンプ地のど真ん中である。そうそう入って来れる場所でもない。 「…やっぱり寝不足か…?」 呻く様に呟き、明るい緑の髪をクシャッとかき上げた。それによって日の光が目に直にかかり、眩しそうに緑の瞳を細める。そして大きな欠伸を一つ。 「レイ、どうしたの? 欠伸なんかして」 振り返ると、彼と――レイと同じ顔をした少年が立っていた。 「ルゥか。いや、別に何でも…」 「あ〜、また魔道書読み耽ってたんだ」 「………!」 図星を突かれて、レイは思わず黙り込んだ。驚いた様に自分を見るレイを見て、ルゥはやっぱり、とクスクス笑う。 「…何で分かったんだ?」 「大事な弟の事だもん。少しの間離れてたけど、ちゃんと分かるよ」 そう言ってルゥはレイの顔を覗き込んだ。レイは悔しそうに兄を見る。すると、突然ルゥが吹き出した。 「なんちゃって! 目、充血して赤くなってるよ」 「!?」 ルゥは黙りこくった弟にデコピンを食らわせ、コロコロと笑った。考え耽っていた所に不意打ちを食らって足元がふらつく。不覚だ。 「―――ッ。 …!?」 ふらつく足を力いっぱい支えた地面に、小さな石ころがあった。思わずバランスを崩し、ルゥの方に倒れ込む。「え、レイ!?」と驚きつつも慌てて支えようとする兄もろとも、ドサッという音と共に砂埃を巻き上げ、盛大にスッ転んだ。 「…ってて…ルゥ、大丈夫か…?」 転んだ拍子に下敷きにしてしまったルゥを慌てて見る。彼は苦笑しながらムクリと起き上がった。 「大丈夫。ちゃんと寝なきゃ駄目だよ」 「…悪ぃ…」 流石に申し訳なくて、レイは素直に謝った。 「…ふむ…落ちねば発動せんのか、違う兵種では効果が無いのか…」 丘の上で、ニイメは難しい顔で考え込んでいた。 やはりレイに向かって魔法をかけたのだが、ルゥに衝突したにも関わらず、効果が発動していないのだ。 ちなみに、先程レイが感じた悪寒はニイメが放った魔法である。 「おかしいねぇ…コレには衝突して中身が入れ替わったと…やはり突き落とさないと駄目かい」 魔道書とは別の本をパラパラと読みつつ恐ろしい事を言いながら、小さな双子を見比べていた。どうやら日記帳のようだ。 「…おや? あれは…」 そこに背よりも長い紫の髪をした少女が、沢山の荷物を持って通りかかった。 彼女は、輸送隊に魔道書を運んでいた。しかも前が見えないほどの量の魔道書を。視界が悪くなってしまう上に、その重さで彼女の足元はふらついていた。 普段は周りの気配に気を配っている彼女だったが、視界が悪い上に重い荷物を運んでいては足元にまで気が回らなかった。足元に倒れていた双子の兄弟など見えていなかったのだ。そこに、レイがムクリと立ち上がる。 「!? …キャッ!」 「「わぁっ!?」」 ドサドサドサ―――ッ。 大量の魔道書と共に、彼女もまた地面に倒れ込んだ。その下に訳も分からず混乱するレイを、突然魔道書が降ってきて目を白黒させているルゥを、しっかりと巻き込んで。 「…いたたた…魔道書が降ってくるなんて…レイ、大丈夫?」 濛々と立ち昇る砂埃の中、最初に体を起こしたのはルゥだった。自分よりも魔道書の直撃を数多く受けたであろう弟を探す。だがレイの代わりに視界に入ったのは、先程大量の魔道書をぶちまけた彼女の方だった。 その事を知らないルゥは不思議そうに首を傾げる。 「…あれ、ソフィーヤさん?」 咳込みながら起き上がった紫髪の少女を見て、ルゥは少し驚いた。だが魔道書の嵐の理由をすぐに理解する。恐らく彼女が運んでいたのだろう、と。 しかし驚くべきはその次だった。 「ってて…誰だよ思いっきりぶつかりやがったのは〜」 「…ぇ」 ルゥは我が耳を疑った。ソフィーヤは普段から大人しくて、何故かあまり人とは話さない。だが何度かロイ将軍と話をしている所は見たことがある。その時の彼女はこんな言葉遣いをしてはいなかったのだが… 聞き間違い…だよね…? そう考えて、ルゥは心配そうに彼女を覗き込む。 「あの、大丈夫ですか…?」 だが彼女から帰ってきたのは予想外の返答だった。 「あ? 何畏まってんだよルゥ」 「………」 しばしの間絶句。見た目と声はソフィーヤのままで、彼女からは想像できない口調で話しかけてくる。どことなく、聞いたことがある話し方の様な…? 唖然と彼女を見ていると、すぐ近くから小さな声がした。 「う…」 「! あ、レイ!」 「はぁ? ルゥ、お前頭打ったんじゃ…」 ルゥは慌てて弟に手を貸す。だが、ソフィーヤは相変わらずだ。だがルゥの助力を受けて起き上がった人物を見て、彼女の表情が凍りつく。 「ぇ…?」 まじまじと起き上がった人物の顔を改めて覗き込んだ。緑の髪、緑の目。しばらく沈黙が落ちたが、ポツリとソフィーヤが漏らした言葉がそれを晴らす。 「…俺?」 紫の長い髪、紫の目。不思議そうな顔で彼女を見つめていたレイも、小さな声で恐る恐る言葉を漏らす。 「あ…私…?」 「…えぇ―――!?」 それに驚いたのはルゥだ。だがどこかで納得している彼も居たりする。ルゥの考える通りなら、大いに合点がいくのだ。その考えとは。 レイと、ソフィーヤが入れ替わっていると言う事。 それを証明したのがソフィーヤの絶叫。 「何で俺が居るんだよ――――ッ!?」 これを聞いたら、彼の考えがほぼ的中な事は容易に想像がつく。だが、一応本人たちに確認を取ってみた。 「えっと…こっちがレイ?」 不機嫌そうなソフィーヤに訪ねる。彼女(もとい、彼)は「そうだ」と頷いた。 「それじゃ、こっちがソフィーヤさん?」 事情がよく飲み込めていないらしく、どこか呆けてボーっとしているレイに訪ねる。彼(もとい、彼女)も恐る恐る頷いた。それからお互い呆然と顔を見合わせる。 どうしよう…どうすればいいのかな… ルゥは対処に困った。何故、イキナリ彼らが入れ替わったのか。どうすれば元に戻るのか。どれだけ考えても解決の糸口は一向に見えてこない。 「と、とりあえず…ロイ様に相談してくる。二人とも、此処を動かないでね」 今一番最善と思われる対応策。それがこの軍の将に相談する事だった。 とても親しいとは言い難いが、そんな事に構っている場合ではない。このまま二人が軍のキャンプ地内をウロウロすれば、あっという間に『危ない奴』のレッテルを張られてしまう。普段余り話さないソフィーヤなら兎も角、レイが彼女になりきってやり過ごす、というのは、兄であるルゥから考えても無理だと思われる。 なら、最高責任者に直訴しに行くしかない。 「此処を動かないでね! 絶対だよ!!」 そう言って、ルゥは疾風の様に走り去っていった。 兄を待っている間、レイはどうしようかと考えていた。傍ではソフィーヤが魔道書をガサガサと集め始める。 しばらくそうしていたが、彼女は魔道書を持って再び立ち上がった。レイの顔色が変わる。 「おい、何するつもりだよ」 ソフィーヤはゆっくりと振り向いた。自分のものである緑の瞳が彼を真っ直ぐに見る。 「魔道書…輸送隊に持って行かないと…」 「馬鹿言え。こんな状態でウロウロすんなよ」 「でも…急ぐって…マリナスさんが言っていました…」 口籠もりながらも反論してくる彼女を見て、レイはハァッ、と溜め息を吐いた。つかつかと山ほどの魔道書を抱えるソフィーヤに近付き、半分ほどの魔道書をひったくる様にして持つ。 「…だったら半分持ってやる。また転んで誰かと話すことになったらヤバイからな」 周りに気を配りながらレイは言う。彼女はポカンとしながらも小さく言葉を漏らした。 「…ありがとう…」 「とっとと行くぞ」 そう短く言い放ってスタスタと歩き始めた。その後をソフィーヤがついて行く。傍から見ればソフィーヤにレイがついて行くという構図なのだが。 それを見ていた人影が一つ。勿論ニイメである。 「ふむふむ…同じ兵種同士で効果が発動する…と」 彼女はサラサラと走らせていたペンを止め、魔道書を持ちながら歩く二人を見た。日記らしき本をパタンと閉じる。その口元はニヤリという表現がピッタリくるような形に結ばれていた。瞳が好奇心で満ちている。 「さぁて、見つからないように尾行しなきゃぁねぇ…」 ニイメは長いマントや服の裾にも関わらず、スルスルと、静かに彼らを追い始めた。 レイがルゥやチャド以外の人物と居る事、レイがソフィーヤについて歩いている構図、そしてソフィーヤの手に彼同様魔道書が盛ってある事から、周りの視線はおのずと彼らに向いた。そんな視線を受けつつ、レイは心の中で舌打ちをしながら歩いていた。 思わず小声で呟いてしまう。 「何でこんな事に…」 「…ごめんなさい、私が…」 彼の言葉を受けて、ソフィーヤが申し訳無さそうに言う。それを見たレイは体中から冷や汗が湧くのを感じた。 「馬鹿! こんな所で話すなッ!」 「…声…レイの方が…大きいです…」 気がついた頃には遅かった。既に周りの視線が彼らに集まっている。 穴があったら入りたい、というのはこの事だろうか。周りの戸惑った様な奇異の視線を受けて、レイは改めてそう思う。 「あ――! 見つけたぞ、レイ!!」 聞き覚えのある声が遠くから放たれた。 「…チッ…こんな時に厄介な奴が…」 レイは走って近付いてくる人物を認め、今度は本当に舌打ちをした。今はソフィーヤのものでは無い顔が一気に歪む。その表情を見て、ソフィーヤ本人は目を丸くした。 自分はこんな表情ができるのか、と。 「今日こそはリザイアの魔道書返して貰うぞ!」 ヒュウが駆けつけて開口一番に飛び出したのがこの台詞。 ホント代わり映えしない台詞だな… 心の中でそう思いつつも、今はソフィーヤの姿だと言い聞かせて飲み込んだ。妙な関わり合いは避けたい。とっとと輸送隊に魔道書を渡して、元のの場所に帰らなければ。 そこでルゥの帰りを待つべきだろう。 「おい、何とか言いやがれ!」 何も言わないレイ。だが彼が見ているのは見た目こそレイだが、中身はソフィーヤだ。何か言えと要求しても無駄である。 そんな事を知る由も無いヒュウは、ますます彼に詰め寄った。急に近付いたヒュウに驚き、ソフィーヤの肩がビクッと反応した。 「……ぃ」 堪りかねた様にソフィーヤが口を開く。レイは嫌な予感がした。 「あぁ?」 レイのものである緑の瞳でキッとヒュウを見上げ、細い声で、だがしっかりとソフィーヤは言った。 「私に…近寄らないで下さい…!」 最初にレイがそう言われた時に感じた静電気の様なものは無かったが、ヒュウには違う意味で衝撃だったようだ。先程までの怒りは遠のき、ポカンと口が開いたまま目の前の子供を見ている。 やべぇ…だが、逃げるなら…今がチャンスか…!? 「こ、コレ、輸送隊にッ!」 レイはソフィーヤの分の魔道書を強引に引ったくり、唖然としているヒュウに全部押し付けた。そしてそのまま彼を睨みつけるソフィーヤを引っ張り、一目散に走り出す。逃げるが勝ちだ。 「…な、何なんだよ、今の…」 未だ状況を飲み込めないヒュウは、周りで同じ様に突っ立っている兵士たちに、同意を求めるように言った。だが彼らも呆然とした表情で首を傾げたり、横に振ったりするばかりだった。 しばらく走って立ち止まったのは、先程の場所まであと少しいうくらいの場所だった。レイは肩を上下させながら周囲を見渡し、誰も居ない事を確認して口を開く。 「…はぁっ…はぁっ…やべぇやべぇ…」 「ご、ごめんなさい…私…つい…」 同じように息を切らしていたソフィーヤは、少しずつ呼吸を整えながらレイを見る。彼は長いローブやマントの裾、地面を這う紫の髪を引っ張りながら、ポツリと言った。 「…お前さ、コレで動きにくいと思ったことないか…?」 長いローブやマントだけならまだいい。だが地を這うほどの長さの髪は少し問題だろう。レイは走る間、時々前につんのめりながら、ずっとそう思っていた。歩く時ならともかく、走ったり敵の攻撃を避けると時どうすればいいのやら。 元々不思議に思う事が多い彼女だったが、また一つ疑問が増えてしまった。 「…私は…ずっと、その姿で居ましたから…不便だと思った事はありません…」 「ま、別にいいけどな」 大分呼吸が整ったレイは、ゆっくりと歩き始めた。もと居た所に戻って、ルゥの帰りを待たなければ。話はそれからである。 「行くぞ」 「はい…」 さっさと歩いていく彼を追って、ソフィーヤも歩き出した。 「くくく…ヒュウのあの間抜け顔ときたら…」 彼らの後を追いながら、ニイメは思い出し笑いを堪えるのに必死だった。だがやはり気配を感じさせずにスルスルと歩いていく―――はずだった。 「あれ、貴方は…ニイメ殿ですか?」 気がつくと、練習用の弓を持った目の前に少年が立っていた。ニイメの顔が引き攣る。そんな彼女の変化に疑問符を浮かべつつ、彼は少し考える仕草をした。不意に、あっ、と思い出したように言った。 「そういえば、ロイ様がお探しになられていましたよ」 それを聞いて、ますますニイメの顔が引き攣った。 「あ、レイ! 何処行ってたの!?」 先程の所で立っていたルゥは、レイを見るなり怒った様な声を上げた。両手を腰に当て、少し屈みがちになりながら顔を顰めている。普段温厚なルゥにしては珍しい表情だった。 「まあまあ。ルゥ、そう苛々せずに」 隣に立っていたのは苦笑する赤髪の少年。年頃はレイと同じか、少し上くらいだろう。何を隠そう、彼こそがこのリキア同盟軍のロイ将軍である。 相談って…連れて来たのかよ!? 我が兄ながら、大胆な事をするものだ。仮にも一軍の将を連れ出してしまうのだから。天然(レイ曰く)パワー爆発だろうか。 「えっと、ルゥの話からすると…こっちがレイで、こっちがソフィーヤなのかな?」 確認する様に言いながら、レイとソフィーヤを順に指す。二人はそれぞれ頷く。 「へぇ…本当に入れ替わってるんだね…」 そう言いながら、彼は興味深そうに二人を見比べている。コイツこんな奴だったのか、とレイが呆れた時、ロイの口から驚くべき言葉が発せられた。 「父上の話の通りだ…」 「!?」 我が耳を疑った。だがフリーズするレイをよそに、ロイはキョロキョロと周りを見渡す。 「さて、後はアノ魔道書の持ち主だけど…あ、来た来た」 彼の視線の向こうに見えたのは、いつも彼の傍に控えている少年だった。 手に練習用の弓を持って、何かを探す様に周りを見ている。そして、そんな彼の少し後ろには、何故か見た事のある老婆が居た。 レイは勿論、ソフィーヤとルゥも、はて?と首を傾げた。彼女が此処にやって来る理由が全く分からない。だがロイは少年に向かって、手を振りつつ大声をかけた。 「ウォルト――! こっちだ!」 声に気付いた少年がロイ達の方に歩いて来る。そして彼の後ろに居る老婆も歩いて来る。 「…何なんだ、一体…」 三人は訳が分からず困惑していた。 …ロイ様って、よく分からない… ルゥですらもそう思った。 少し前、弟のレイに起こった事を相談しに行った。すると彼は笑顔で「分かった。心当たりもあるし、何とかしてみるよ」と言ってのけたのだ。そして傍らに控えていたウォルトに何か言いつけ、彼はルゥと一緒にレイを見に行った。 元の場所に戻ってレイが居なかった時は流石に冷や汗モノだったが。だが彼はまだ準備は出来ていないし、待っていよう、と余裕しゃくしゃくで言った。 これらの言動が示す意味が、全くと言っていいほど分からない。少し不安でもある。 「さて、ニイメ殿。アノ魔道書をお持ちですね?」 ロイはこれでもかと言うほどの笑顔で、穏やかに、目の前の老婆に言った。 ニイメを除く一同が、アノ魔道書?と一斉に疑問符を浮かべる。 「さぁて…何の事だろうね…?」 ニイメは僅かに眉を持ち上げ、おどけた様に言った。だが少年は笑顔を崩す事無く、余裕の笑みともいえる様な表情をしている。 「嘘をついても無駄ですよ」 彼女の顔から、笑顔が消えた。 「アノ魔道書は相当高位の闇魔法ですし、この軍に居る闇魔道士は…」 レイ、ソフィーヤ、そしてニイメを見る。 老婆の顔が、今度は引き攣った。 「あの、一体どういう事なんですか…?」 話について行けず、堪りかねた様に口を挟む。 数瞬二人の動きが止まって視線がウォルトに集まった。悪い事をした訳ではないが、思わずたじろいでしまう。 「え、あ、あの…す、すみませんッ!余計な事を…」 「いや、いいよ。訳が分からなくなるのは当然だからね」 オロオロしながら謝るウォルトに、ロイは苦笑した。そして訳が分からず呆けている三人を見て、更に苦笑した。余りにも同じような表情をしていたため、同時に吹き出しかけたのはヒミツである。 「レイとソフィーヤが入れ替わったのは、恐らくニイメ殿の放った闇魔法が原因だよ」 「は? 闇魔法? …このババアの?」 信じられないと言う様な表情で、レイはロイとニイメを交互に見た。ニイメは苦虫を噛み潰したような顔をしている。ひょっとしなくても、ロイの言った事は事実なのだろう。だが。 なんでコイツがそんな事知ってるんだ…? 「父上から聞いたんだ」 まるでレイの心の声を読み取った様なタイミングで、付け足した。だがそれでも疑問は解決しない。今度はルゥが不思議そうに首を傾げる。 「どうしてロイ様のお父さんが知ってるんですか?」 「それがね、父上が戦っていた時にも同じような事があったらしいんだ」 ロイは悪戯っ子のように微笑み、笑いを抑えるようにして言った。ここしばらくは戦いなど起きていないはずなのだが、まあ、貴族様の間では何かあったのかな、とルゥは気にしない事にする。 「えっと…どうすれば元に戻るんですか?」 「確か…もう一回魔法をかけて、崖から…」 「「「が、崖ぇ!?」」」 驚いたレイとルゥ、そして何故かウォルトまで一緒になって叫んでいる。ソフィーヤは無言で卒倒寸前。地面に立っているのがやっと、といったところだ。 「別に落とさんでもええが…」 ボソリと呟いたニイメに、バッと視線が彼女に集まる。レイにルゥ、ウォルト、そしてソフィーヤでさえ、非難の視線を浴びせかける。 「ほほ。まさかこの魔道書の事を知っている者が居ったとはねぇ…」 ニイメは勘弁した様に、苦笑しながら言った。懐から古めかしい魔道書を取り出し、愛おしそうに眺めると、静かに本を開く。 何事かと思って見ていると、ニイメはブツブツと何やら唱え始めた。腕がゆっくりと上がり、レイを指す。ギョッとなったレイは、無意識に半歩下がった。 だが。 「逃げんじゃないよ。元に戻りたくないのかい?」 というニイメの言葉に体を硬くした。 逃げたい。味方の魔法を無抵抗に食らうなんて冗談じゃない。何より… 意味無く恐ぇんだよニイメのババア!! どす黒い気配を放ちながら魔法を放とうとするニイメを見て、レイは思わず心の中で悪態をついた。同時に自分達はああいう風に映っているのかと思うと、少し複雑にもなったのだが…それは次の瞬間、キレイサッパリ削除された。 「覚悟しなよ、坊や!」 何故かトドメの台詞らしきものを言い放ち、闇魔法を解き放った。 『力』がスルスルとレイを包み込み、体中に浸透する。言いようの無い気持ち悪さが全身を駆け巡ったが、歯を食いしばって耐える。 「さて…と。受身の態勢とってね、ソフィーヤ」 「…え…?」 何をですか?と聞き返す間もなく、ロイはソフィーヤを突き飛ばした。グラリと彼女の視界が傾き、呆気に取られるレイを巻き込んでまたしても倒れ込んだ。 「ろ、ロイ様…!?」 「何をなさるんですか!?女性を突き倒すなんて、ロイ様らしくないですよ!」 ルゥは目を丸くしてロイを身、ウォルトは可哀想なくらい狼狽しながら詰め寄った。 「…う」 「ってて…な、何なんだよイキナリ…っ!」 二度も下敷きになったレイは、不機嫌そうな声を漏らしながら起き上がった。だがふっと後ろ髪が軽くなった事に違和感を覚え、頭に手をやる。 短い髪。そして服も、日頃自分が身につけているのと同じ物。 「あ…レイ…」 同じく起き上がったソフィーヤはレイを見て目を丸くした。その瞳にあるのは驚きと喜びの光。 「その通りだよ。お疲れ様、レイ、ソフィーヤ」 その言葉を聞いたレイは、深い安堵の溜め息を吐いた。ヨロヨロと立ち上がり、フラフラと歩いていく。 ルゥが慌てて弟に呼びかけた。 「れ、レイ! 何処行くの?」 彼は力なく振り返った。 「…テントで寝る。もう…疲れた…」 心労と夜更かしがたたって、レイはもう眠たくて堪らなかった。 「あ、レイ。君が体験した事は他言無用だよ」 早くテントに戻って眠りたいレイは、少し頷いただけで返事は返さなかった。 ルゥが咎めようとするが、「いいよ、気にしなくて。ルゥも見た事は他言無用だよ」と彼を制した。 ちょっと『他言無用』という節に威圧感を感じたルゥはコクコクと頷く。更にチラリとウォルトとソフィーヤを見、「君達もね?」とニッコリ笑顔で言う。勿論、二人も頷いた。 「やれやれ、それじゃ私もこれで…」 「…ニイメ殿」 さり気なくこの場を離れようとするニイメを、すかさずロイが呼び止めた。恐る恐る振り向くと、其処には穏やかな微笑を浮かべる少年の姿が。 「これから、たっぷりとお説教を聴いていただきますよ」 ニイメの顔が、これまでに無いほど引き攣った。 歩きかけたロイがクルリと振り向いた。彼の顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。 「…どうして僕の父上がアノ魔法の事知っているか、知りたかったらテントにおいで。話してあげるから。あ、でも何も知らない人を呼んじゃ駄目だよ? 大騒ぎになるからね」 極めつけに、ウォルトにはたっぷり聞かせてあげるよ、と一言付け加え、ロイはニイメを連れて歩いて行った。 呆然と立ち尽くすウォルトを視界の端に見ながら、取り残されたルゥとソフィーヤはどうしようかと顔を見合わせた。 事件から数日が経った。入れ替わった二人を見てしまった者達が、その後二人をどう見ていたのか。ルゥとソフィーヤ、最大の被害者レイが、ロイから話を聞いたのか。それらの真相は本人達以外分からないまま。そして多くの者は事件の事すら知らないままだ。 同じように事件を起こした二人の闇魔道士が、人は違えど、同じように説教に遭ったという事実は、ロイのみが知る事実であった。 アノ魔道書の行方は、誰も知らない… |
やはりアノ魔道書を持つべきはカナスさんの御母上でしょう! そして被害者はお気に入りのレイ&ソフィーヤで。 なのにルゥが出張ってます。管理人のお気に入りNo.1だから。(苦笑) ちょっと長くなってしまった…昔の様な思い切りが無い… |