その姿を見た時、思わず俺は我が目を疑った。 まさか、こんな展開が待っているとは思ってもみなかった。 まさか、ルゥが賢者になっていたなんて…! 心の中で、俺はそう叫んでいた――― 事の始まりはエトルリア王国西方三島のジュトー総監府でした。新リキア同盟軍がエトルリア王国に反旗を翻し此処に迫っていると、総監府を警備する兵士たちは囁き合っていたそうな… 「…此処がジュトー総監府か」 そこに一人の少年が現れました。彼は明るい緑の髪と濃紺のマントを風にはためかせて、総監府のすぐ近くに立っておりました。 その手には闇色の本を持っており、マントと合わせてこの世界に存在する古代魔法の使い手『闇魔道士』なのだと全身で語っておりました。しかしあくまでも彼は少年であり、これから戦争が始まる場所に居るような存在ではないのです。 しかし彼はその場所に入って行きました。少しも臆する事も無く、スタスタと入って行きました。それに驚いたのは見張りの兵士でした。 「おい、ガキが何の用だ。此処はアルカルド様のいらっしゃる総監府だぞ」 威厳一杯に言う兵士。しかし少年は怯む事などありませんでした。むしろフン、と鼻で目の前の大人を笑い飛ばし、唇の端を持ち上げて声を立てずに皮肉っぽく笑いました。 「俺は闇魔道士だ。何なら…手伝ってやろうか?」 余りにも少年が生意気に映ったので、兵士はカチンと来ました。思わず目の前の子供の襟元をガッと掴みました。 しかし、少年は少しも動揺する様子はありません。手に持った魔道書を広げて、低いトーンで難しい古代語を読み上げて行きます。すると驚いたのはまたしても兵士の方でした。 「!!!」 兵士は思わず手を離しました。少年を掴んでいるその手から、ゾッとする様な冷たい感覚が襲ってきたのです。それは紛れも無く、『死』という名の恐怖でした。兵士は目を白黒させながら少年を見ました。彼は先程の笑みを少しも崩していませんでした。 「―――ッ。 …な、中に部隊長が居るから、話を聞くといい…」 「分かった」 少年がスタスタと歩き出すと、兵士は慌てて道を開けました。 しかし思い直して、兵士は少年の前に再び立ち塞がって恐々口を開きます。そんな彼の喉から出た言葉は小さくて、少し掠れていました。 「な、名前は聞かせて貰うぞ…」 再び目の前を遮った男に内心ウンザリしながらも、少年は余裕の笑みを崩す事無く答えてやりました。 「俺か?俺は―――」 ―――彼は闇魔道士のレイ。たった一人の兄を守るため、竜の秘密を探るため、彼は一人で世界を旅し、この総監府にやって来たのです…――― レイは兵士の言う通りにするつもりなど全くありませんでした。色々と好きに動いて色々と探るつもりでした。入り口が騒がしくなって来ても、全く意に介しませんでした。 ですから、彼は調べ物をする内に玉座の間の近くへとやって来ていました。 「此処は…玉座の間か。特に何も無さそうな…―――!?」 扉の隙間からこっそりと中を覗いたレイの目に、信じられないものが映りました。目に痛いほどの赤いフード、その中に覗く驚くほどに血色の悪い顔。それは普通の兵士であってもおかしいと思うほどでした。そしてそんな異質な雰囲気を持つ者です。人一倍異質なものに敏感な魔道士、それも異質な力を扱う闇魔道であるレイには、アレの正体がすぐに分かりました。 「あれは…竜…!」 緑色の瞳にその竜の姿がハッキリと刻み込まれました。途中エトルリア領内に居るベルンの武人、スレーターに見つかりそうになったので、レイは気配を潜ませて玉座の間を離れました。 「さて、どうするか…」 レイは腕を組んで考え込みました。まさかこんな所で死ぬ気は毛頭ありません。色々思案した結果、このまま何もせずにこの嵐をやり過ごす事にしました。 しばらく何もせずにボーっと突っ立っていると、その嵐がやって来ました。勇んで彼らの前に立ち塞がる兵士たちはドンドン倒されています。 その中を、レイと同じくらいか少し上かという年頃の少年が指揮を執りながら進軍してきました。燃えるような紅い髪と、それとは対照的な空の様に青い瞳が印象的でした。 …あいつがロイ将軍、かな。 レイは兵士たちの会話をふと思い出しました。若くして新リキア同盟軍の将となった貴族の少年が居て、彼の指揮する軍は立ち向かう軍を悉く撃破しているのだと、兵士たちはボソボソと話していました。 少年たちは端で静観しているレイには気付かず――いえ、気付いていたのですが、戦いを仕掛けてこないのであえて攻撃はしませんでした。ここに至っても無用な戦闘は避けたい、それがこの紅い髪の少年の気持ちでした。 「ふぅん。本当に子供なんだな」 そう言う彼も子供なのですが、それはあえて引き合いに出さない事とします。 「…お前…ひょっとして…レイか?」 不意に入り口に近い側から声がかかりました。それはレイの記憶にもしっかりと残っている、幼馴染の声でした。 レイはゆっくりと振り向きました。 「………チャド」 「やっぱりレイだったか! お前今まで何してたんだよ。ルゥが心配してたんだぞ」 チャドは何処か安堵の表情を滲ませながら、しかし何処か怒った様な顔で歩み寄って来ました。しかしレイはそんな彼の表情より、彼の服装に疑問を抱きました。赤いマントはあちこち汚れてどろどろです。そしてリキア同盟軍の出現と共に現れたという事は… 「お前、一体此処で何してる」 何となく答えは分かっていますが、あえてそう聞きました。そしてチャドが返して来た答え、それはやはり予想通りのものでした。 「リキア同盟軍に参戦してるんだ。ルゥも居る」 やっぱりな、とレイは心の中で溜め息を吐いていました。しかし納得がいきません。目の前に居るチャドも兄のルゥも、孤児院を放り出してこんな所に出てくるような、そんな無責任な二人ではないのに。考えれば考えるほど謎は深まりました。 「孤児院はベルンの兵に焼かれちまったよ。子供たちはエリミーヌ教に預けてる」 しばらく会話をしていると、チャドの口からそんな言葉が飛び出しました。ショックではないと言えば嘘になりますが、レイはさほど表情を変える事も無く、落ち着いてその話を聞いていました。 フッと会話が途切れました。するとレイはスタスタと玉座に向かって歩き出します。その様子を見たチャドはビックリして慌てて声をかけます。 「お、おい。何処行くんだよ」 「ロイって将軍のトコさ。俺も手伝ってやる。色々回るには丁度いいしな…」 「…レイ…」 ぶっきらぼうにそれだけ言って、レイは止めた足を再び進め始めました。 そして玉座。彼らは床に倒れている巨大な竜の傍に居ました。レイはその竜の姿に一瞬目を見張りましたが、すぐに先程の紅い髪の少年を見つけてそちらへ歩いて行きました。彼と話していた数人の兵士たちが不思議そうにレイを見ます。しかしそんな事はどうでもいいのです。元々彼はあまり他人の目は気にしません。 ですから、相手が貴族だろうと将軍だろうと口調は全く変わりません。 「あんたがロイ将軍か?」 「なっ…子供がロイ様になんて口を!!」 やはり彼はロイ将軍でした。彼は青い瞳を丸くして、驚いた様にレイを見ます。 いきなりやって来て自分たちの主にそんな言葉を言ったレイに、隣で話していた頭の天辺が見事に禿げ上がった老人は、怒りを露にしてレイに怒鳴ります。しかし将軍は怒る事無く、優しい微笑を浮かべて「そうだよ」と頷きました。 「やっぱりそうか」 「この…話し方を改めんかッ!」 「まあまあ、マリナス抑えて。 …確かにロイは僕だけど、君は?」 今にも飛び掛りそうな老人を腕で制し、将軍は静かに言いました。 「俺はレイ。闇魔道士だ。修行がてら旅をしてたんだが…何なら手伝ってやってもいい」 レイは兵士に話したのと同じ様に言いました。その言葉を聞いたマリナスという老人は顔を真っ赤にしましたが、ロイ将軍はちょっと驚いた様な顔をしただけでした。レイの言葉遣いや態度を責めるという事は全くしません。貴族にしては変な奴だな、と思いました。 そしてレイの言った内容を理解したらしいロイ将軍は、元々微笑んでいた表情を更に緩ませます。やがてハッキリと微笑み、手を差し出しました。 「今は少しでも戦力が欲しいんだ。一緒に戦ってくれると助かるよ」 そんな彼の笑顔に、レイはちょっと戸惑いました。普段のレイの発言には冷たい視線を送る人間は多いのですが、ロイ将軍の様な反応を見せる人間は全くと言っていいほど居ませんでした。ですから冷たい視線には慣れていても、暖かい視線には慣れていないのです。 ちょっと照れくさくなりましたが、ちゃんと手を握り返します。 「それじゃ、よろしくね、レイ」 「…ああ」 「ところで、レイ」 ロイ将軍は瞳に悪戯っぽい光を宿らせて、親しげに話しかけてきました。レイは頭に『?』を浮かべて、返事にならない言葉を返しました。 「君、この軍に兄弟は居ないかい?」 「………!」 図星だったので、レイは言葉を失いました。どうやらロイ将軍は、軍のメンバーの大半を覚えているようでした。兄ルゥは輸送隊の手伝いでもしているのだろうと思っていたレイは、まさか軍の最上部にいる彼が一輸送隊員を覚えているという事にとても驚きました。 まぁ…それはレイのとんでもない勘違いなのですが――― 「あ、レイ? レ―――イ!?」 総監府の中を粗方調べて回り、一息吐きながら廊下を歩いていたレイ。そんな彼に聞き覚えのある声がかけられました。ゆっくりと振り向くと、其処には彼と同じ顔をした少年が立っていました。 「ルゥ…!」 目の前の少年はレイの双子の兄、ルゥでした。彼は軽く息を弾ませてこちらを見ています。そんなルゥの瞳には喜びが満ち溢れていました。 「やっぱりレイだ! チャドから聞いて探してたんだよ〜? なのに全然居ないんだもん!」 「それは色々この建物を調べて回ってて…」 ルゥの異様なテンションの高さに圧されつつ、しどろもどろになりながら答えるレイ。しかし兄の微妙な服装の変化に気付きました。 普段彼が纏っていた黄色いマントは、チャドのそれと同じ様にあちこち汚れています。おまけに彼の服装は多少立派なものに変わっていました。それを見つけたレイは、少し顔を顰めました。 「…ルゥ、この軍で何してるんだ?」 「え? あ、魔道書と杖で援護してるんだよ」 魔道書と杖、援護。 この単語にレイは更に顔を顰めました。この二つの単語の示す事。それは、ルゥが前線に出ていると、戦闘に参加しているという事です。 顔から血の気が引いていくのが、ハッキリと分かりました。 「それは…戦闘に出てるって事か…?」 「うん」 眩暈を押し殺して立つレイに、ルゥはいともあっさりと答えます。 更にレイの眩暈が酷くなりました。 「ルゥってば凄いんだよ〜こんなちっゃいのに賢者の称号だって持ってるんだもんね」 背後から不意に声がしました。突然の気配に眩暈を忘れて振り向くと、其処には一人の少女が立っていました。明るい青の髪と同じ色合いのくりっとした瞳。軽装の鎧を身に着けていて、どうやら戦闘員のようです。 「あ、シャニーさん」 ルゥは知り合いらしく、ニッコリ笑顔を浮かべながら少女を呼びます。シャニーの方も笑顔で近付いて来ます。彼女はレイの顔をまじまじと見ると、誰に言うでもなくポツリと感想を漏らしました。 「…何か、性格きつそう」 「………」 ちょっとムッとして、シャニーを睨みつけました。しかし彼女は堪える事無く口を開きます。 「あたしはシャニー。天馬騎士してるの(見習いだけど)、よろしく」 そう言って手を差し出してきますが、レイは不機嫌な顔のままでうんともすんとも言いません。ルゥは少し焦りましたが、彼女は全く気にしていない様子。「でも顔はそっくり〜」とレイの顔をあちこち見ながら、ちょっと突いたり髪を引っ張ってみたりしていました。 その行動がますますレイの機嫌を悪くしているのですが、彼女はそんな事お構いなしです。ひとしきりいじくり回した後、シャニーは先程見たマリナスという老人に呼ばれ、そちらの方に慌てて走って行きました。 「ルゥ、賢者の称号持ってるって…」 ずっと引っ掛かっていた事をやっと口にしました。するとルゥはニッコリと笑い、やはり「そうだよ?」とアッサリ言いました。 そして兄の口から出たのはレイにとって衝撃の発言でした。 「これからは、僕が守ってあげるね!」 兄を守るためにと旅をしていたレイにとって、それがどれだけの威力を持つものか、本人以外に想像もつきません。ただ言える事は、恐らく彼にとって相当の衝撃があったようです。そのためか、リキア同盟軍のキャンプ地には夜な夜な魔道書を読み耽っているレイの姿があったそうな… |
魔法ユニット優遇の管理人セーブデータでは、彼が参加する時、兄上は必ず賢者になっております。 従ってこんな事になってしまいました。(笑) もうちょっとギャグ入れたらよかったかなぁ…でもコレで入れてしまうと、脱線して何処までも行ってしまいそうなので止めておきます… ギャグともシリアスとも取れない文章ですが、おつきあいありがとうございました。 |