これは、もしもベルンの動乱がなかったら…というお話。 現実にありそうでありえない、似ているようで似ていない、パラレルな世界のお話。 このお話は、彼の夢が変わった事から始まります。 これは夢だ。何故なら、若い頃に見た記憶があるからだ。 娘が居る。ニコニコと可愛らしい笑顔で俺を見つめている。 仲のよい親子のひととき。だが、その『ひととき』をブチ壊してくれるヤツがもうすぐ現れるのだ。 …ほら来た。 炎の様に紅い髪の子供が、俺の元から可愛い娘を連れ去っていく。楽しそうに微笑み合いながら走り去っていく。 お、おいこら! 手なんか繋ぐな!! ―――と、以前ならそこで覚めたはずなんだ。暗闇の中に二人が消えると、すぐに目が覚める。だが今日は違う。まだ暗闇が続いている。 不思議に思っていると、向こうから誰かが歩いて来た。 「お父様…」 「ッな!?」 現れた人影が誰か確認するや否や、俺は思わず目を見張った。現れたのは可愛い愛娘。だが娘の年齢は明らかに子供ではなく、10代後半〜20代といったところだ。しかも、何とウエディングドレスを着ている。青い目には薄っすらと涙が。 当然、俺の頭は混乱している。 「お父様、今までありがとうございました…」 ちょっと待て! そ、それはまさかまさかまさか…嫁入り前に言う台詞か!? 涙を浮かべながらも幸せそうに微笑む娘。俺は何も言えずにパクパクと口を動かす。 「私、幸せになります!」 そう言って極上の笑顔で言うと、いつのまにか後ろに立っていた人物の許へ駆け寄った。すると否が応でもその相手の顔が目に入る。嫌な予感はしていたのだが… 微笑む娘の隣に立つ『野郎』は炎の様に紅い髪。顔立ちは無二の親友に、エリウッドにそっくりで…間違いなく、フェレ家の顔立ちだ。 俺は頭を抱えたくなった。 するとその『野郎』は、満面の笑顔で言った。 「彼女は僕が幸せにします、義父さん!」 ***** 「義父さん言うなあああぁぁぁぁぁ―――――ッ!!!!!」 「は?」 突然、自分でも娘でもあの『野郎』でもない声が聞こえた。ハッと我に返ると、そこには渋い顔で立っている重騎士が居た。 「…お、オズイン…? 何でお前が此処に…」 オズインは眉間に皺を寄せ、重々しく、盛大に溜め息を吐いた。 「ヘクトル様がなかなか起きていらっしゃらないからですよ。 …今日は何の日か覚えていらっしゃいますか」 「あぁ? 何かあったか?」 頭をポリポリ掻きながらヘクトルが言うと、オズインはがっくりと肩を落とした。ただでさえ老け顔なのに、これでは爺さんに見えなくも無い。 「エリウッド様とロイ様が来られる日ですよ…歳も歳なのですから、いい加減しっかりして頂きたいですな」 「わぁってるよ。とっとと用意すればいいんだろ」 「その通りです」 起き抜けの説教から逃げるべく、ヘクトルは慌ててベッドから這い出た。まだ説教をしようとするオズインを部屋から追い出し、溜め息を一つ。 溜め息の理由は逃げ切ったという安堵感もあるが、何より夢のお陰で目覚めが最悪なせいであった。事もあろうに娘の花嫁姿を…それも婿の姿まで見てしまうとは。娘の誕生を正夢にしてしまっただけに、あの夢も正夢になってしまうのではないかと気が気でない。 まぁ、エリウッドはもう若くない訳だし…まさか婿にはならないだろうけどな… そこが唯一の心の救いだった。 しかし、ヘクトルは大事な事を忘れていたのだ。 「お久しぶりです、ヘクトル様!」 「……う、うむ。久しぶりだな、ロイ」 少しばかり緊張した様子で、しかし元気な声で挨拶する少年を目前に、ヘクトルは心の中で頭を抱えていた。 ちきしょ〜、すっかり忘れてたッ! エリウッドにもガキが居るんだった―――!! よくよく考えてみれば、年代もリリーナと同じくらいだ。可能性が一番あるのはロイではないか。顔立ちも夢の中の子供とよく似ている。 おまけにリリーナはロイと遊ぶのだと既に隣を陣取っている。 その事で更に頭を抱えた。 「では、よろしく頼むよヘクトル」 「あ、ああ…」 そこで、ハッと気がついた。 そうだ…なら俺がロイに付きっきりならいいんじゃねーか!そうすればリリーナから引き離せる!! ニヤリと笑うヘクトルの表情を素早く捉え、エリウッドは訝しげに親友の顔を覗き込んだ。 「…どうかしたのか?」 「い、いや…お前の息子、俺が責任を取って鍛えてやるぜ!」 「? …あぁ、頼む」 何だか妙な親友の様子に首を捻りながらも、エリウッドは城を後にした。 「ロイ、あのねあのねっ! 花壇に綺麗なお花が…」 父親が話し込んでいるため、早速リリーナが目をキラキラさせてロイの手を取る、が。 「さてと…訓練を始めるか、ロイ!」 小さなロイの肩を、ヘクトルの大きな手がガッシと掴んだ。言葉を遮られたリリーナが驚いた顔で見上げる。少しばかり彼女の視線に、非難めいたものを感じなくもないのだが。そんな事を言っている時ではない。ロイに恨みは無いが、大事な愛娘に虫がつかない様にするためだ。 「お父様。私、ロイとお花を…」 「ロイは勉強しに来てるんだぞ。それに、武術の実力も見ておかねば」 すまないと思いつつも、ヘクトルはわざと厳しい表情をして見せた。するとリリーナは剥れたような表情になったが、渋々頷いた。 さすが俺の娘、物分りがいい!! と親馬鹿な事を思いつつ、ロイを訓練場に連れて(連行して?)行った。 それからというもの、ヘクトルは本腰を入れてロイを鍛えにかかった。そして兵法や帝王学を叩き込むため、部屋で猛勉強させる(監禁する?)日々も続いた。 …本当は、リリーナと関わる時間を持たせない様にするためなのだが。 こんな特訓ではすぐに音を上げるだろうと、誰もが思っていた。だがエリウッドに似て芯が強く、どれだけ厳しい訓練でも必ず立ち上がってきた。加えて、息子は両親に比べて体が丈夫だった。若いせいもあってか、いつしか体が厳しい訓練に慣れ、逆にヘクトルが息を荒げる事が多くなっていた。 そんな日々の昼夜を問わない訓練や学習の甲斐あって、ロイは沢山の事を驚くべきスピードで飲み込んでいった。 そして、次期領主として申し分ないと謳われるほどにまで成長したロイは、笑顔でフェレに帰って行った。 ヘクトルとしては、不安の種が去ったのである。 しかし、数年後――――― その日は突然やって来た。 「ヘクトル様、リリーナを僕に下さい!」 「………あ?」 緊張で顔を真っ赤にしながら、青年のロイは真顔でそう言った。ヘクトルの時が一瞬にして凍りつく。思わず、長年隠していた素が出てしまった。 「い、今…何…と言った?」 顔面のありとあらゆる筋肉が引き攣る。血の気も引いて、頭がくらくらしている。今にも倒れ込みそうだ。だが、それを持ち前の精神力で何とか堪えながら、ヘクトルは聞き返した。 今のは聞き間違いであってくれ、と願いながら。 「え…っと…」 ヘクトルの怒りを買ったと勘違いしたのか、ロイは困った顔で口籠もった。だがそれも数瞬で、すぐに顔を上げる。 「ヘクトル様、僕は…」 ロイの言葉を遮るように、リリーナが前に進み出た。 「お父様。私、ロイと結婚したいの」 ズガ――――ン。 途轍もなく重いモノが脳天を直撃した様な気がした。目の前が暗転する。だがそれすらも持ち前の精神力で何とか耐え切った。 しかし、隣の重騎士の言葉が、更にヘクトルへ追い討ちをかける。 「それはめでたい事ですな! 自ら鍛え上げた若者なら、ヘクトル様も願ったり叶ったりでしょう」 …そう、そうだった。数年前、留学して来たロイに武術なり帝王学なりを昼夜問わず叩き込んだのは他ならぬ自分…何年もかけ、立派な墓穴を掘ってしまったのだ。 当然、反対出来るはずも無い。 「いいわよね、お父様?」 リリーナの有無を言わせぬ満面の笑顔。この笑顔を何処で学んで来たのだろう、と時々思う。だがこうなっては、頷くしかなかった。 数ヵ月後、フェレ侯爵の一人息子とオスティア侯爵の一人娘の結婚式が行われた。 大勢の人々の祝福を受け、二人は幸せそうに微笑んでいたという。だが、その影で一人嘆くオスティア侯爵の姿を知るのは、親友のフェレ侯爵だけだったそうな… 「ヘクトル、会えなくなる訳じゃないんだ。大人げないぞ」 「うるせ―――!」 |
でもロイとリリーナがサブメインなので、封印のお話になりますかね。 あの夢が事実になるんだから、こういうのもアリかなと。 しかし、正月でもないのに夢に振り回される彼って一体…?(苦笑) |