「マリナスさん、魔道書の整頓が終わりました」
 ルゥは魔道書が並べられたテントから出た。隣のテントに入ると、剣の仕分けをしていたマリナスが顔を上げる。
「うむ、ご苦労じゃったな。今日の手伝いは終わりじゃ」
 手にしていた銀の剣を置くと、マリナスはいつも手伝いをしてくれる魔道士の少年に小さな袋を渡した。ルゥはキョトンと彼を見つめている。
「コレを持って行きなさい」
 そっと包みを開くと、甘い香りが漂って来る。中に入っているのは焼き菓子だった。
「いいんですか…?」
 ルゥ戸惑った様にマリナスを見上げる。彼は微笑みながら、ゆっくりと頷いた。
「ありがとうございます!」
 焼き菓子の入った袋を手に、頭をペコリと下げ、嬉しそうな表情で走っていった。
 そんなルゥの様子を見て満足そうに頷くと、マリナスは剣の仕分けに戻る。その手つきは、いつもより軽やかだった。


お菓子を食べよう。


 マリナスから焼き菓子を貰ったルゥは、恐らくテントで魔道書を読み耽っているであろう弟の許へ向かっていた。せっかく貰った焼き菓子だ。一人で食べるより、誰かと食べる方が楽しいし、美味しい。
 そこで、いつも魔道書を読み耽っている弟と一緒に食べようと思ったのである。
 だが探し人はテントに居なかった。それどころか人っ子一人居ない。
「あれぇ…? 居ないや…」
 テントを後にし、うーんと首を捻って考え込む。レイの行きそうな場所を色々想像してみたが、軍のキャンプ内で行そうな所など思いつきそうもなかった。
 広場の方からは訓練をしているらしく、練習用の武器がぶつかり合う音が響いている。そんな音を聞くともなく聞きながら、ぼんやり考えていた。ふと、視線の端に小高い丘が見える。
「もしかして…あそこ、かな」
 少し考えた後、丘の方に向かって歩を進めた。

 探し人はやはり丘の上に居た。木に寄りかかりながら、魔道書を食い入るように読んでいた。ルゥはそっと木の背後に回り込み…
「わっっ!」
「うわぁッ!?」
 思いっきり大声を出すと、レイは驚いて叫び、手に持った魔道書を取り落とした。だがすぐにそれを拾い、その場から飛び退いた。思わず構える。そんな彼の目に映ったのは、自分と同じ顔をした双子の兄だった。
 思わずほっと胸を撫で下ろす。
「なんだルゥか…イキナリ大声出すなよな…」
 レイは力なく顔を顰め、軽くルゥを睨んだ。
「あはは、ごめんごめん」
「で、何の用だ?」
 予想外に大きい反応に、ルゥは苦笑した。レイは魔道書についた土を払ってもとの場所に座り直し、再び魔道書を開く。そんな弟を見ながら、ルゥは手に持った袋を彼の前に出した。
「…? 何だ、ソレ」
「焼き菓子だよ。一緒に食べよう」
「甘いモンは貴重品なんだから、一人で食えよ」
 レイは書面に視線を戻すと、そう言った。
「やだよ、一人で食べたって美味しくないもん。それに疲れた時には甘い物が一番だし」
 そう言いながら、袋を彼と魔道書の間でチラチラと移動させる。レイは初めこそ気にしない様子で魔道書に集中していたが、段々それを持つ手が震えだした。
 あ、苛々してる。かかったかかった♪
 予想通りの反応に、ルゥは心の中でほくそ笑んだ。
「ね、ね、一緒に食べようよ。ずっと魔道書読んでて疲れてるだろ?」
 猫撫で声でレイに話しかける。だが彼から帰って来るのは、「別に」という素っ気ない返事だった。それでもルゥは辛抱強く「一緒に食べよう」を言い続ける。勿論手の動きも続けたままで。

 しばらくすると、知らん振りを決め込んでいた弟が動いた。パタンと魔道書を閉じ、小さく溜め息を吐く。そして観念した様に呟いた。
「…分かった。食えばいいんだろ」
「そういう事☆」
 観念した様子の弟を見て、ルゥは満足そうに微笑んだ。
 ゴソゴソと取り出した焼き菓子は、ほのかな甘い香りを纏っている。
「ん〜っ…美味しそう〜♪」
 ルゥは焼き菓子を手に取り、ニッコリと更なる微笑みを浮かべる。そのまま口を開けて焼き菓子を一口かじった。サクッとした食感と共に、強く甘い香りが味覚を覆う。
 手渡された物体を割りはするも手をつけず、ボーっと見つめていたレイだったが、兄に「レイも食べなよ! 美味しいよっ」と急かされて口に放り込んだ。しばらく無言で食べていたが、不意にポツリと呟く。
「…美味い」
 そう言って、弟が少し微笑んだのをルゥは見た。そんな彼の表情を見ながら楽しそうに焼き菓子をもう一口かじる。久しぶりに見た、弟の無邪気な笑顔。甘い香りを放つこの菓子が、魔法の食べ物に見えた。
 …チャドにも食べさせてみようかな。
 袋を少し揺すり、中身が残っている事を確認する。いつも厳しい顔をしている幼馴染の顔を思い出し、ルゥはこっそり微笑んだ。

―――この戦争が終わったら…いつか皆で食べたいな。みんなで、笑顔で―――


あとがき
久しぶりの二次創作です。元ネタはルゥとレイの支援会話からです。
…実は大分前に半分ほど書き上げていた物だったり。
どういう結びにするか忘れてしまっていたので、無理矢理繋げてみました。
時間が空いた割にはいい感じで行ったかな〜、なんて自画自賛。(笑)
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