フライング若゛バースデー2014
(1)
「は────ぁ」
坊主が駆けずり回る年の瀬。十二月に入って急に本格的な冬の気温となり、ついていけないデリケー
トな体の持ち主がこぞって風邪をひく今日この頃。
「あ゛────、ユーウツだ」
年末の慌ただしい雑踏の中、ヒカルは何度目ともつかない溜息をついた。
「サスガにさぁ、もうネタも尽きるって」
今年も忘年会の幹事の依頼からは全て逃げ切った。そういうのは得意な人間にやらせればいいのだ。
これまで逃げてきたからと言って、関係各所から「若手でやってないのはおまえだけだ」と責められ
る謂れはない。第一、普段は自分から若手などと言うと「四捨五入して三十が若手だとかいけ図々し
い」と一蹴されるのに、こんな時だけ若手扱いとは釈然としない。
いや、そうではない。ヒカルの溜息の理由はそんな事ではない。
忘年会と全く無関係ではないが、微妙にズレている。と言うか、クリスマスにまで絡んでくる。
「なんでこう、ドンピシャな時期かなあ……今年も大当たりじゃんよー」
顔を出さぬわけにいかない忘年会が複数あるし、対局スケジュールもある。遠出と言う選択肢がどう
しても最初に消える。
「そのくせ、年初に延期つったらヘソ曲げやがるし」
プレゼントにも、場を盛り上げようとする演出にも、いちいち細かく文句をつけるくせに。
無難にしたらしたで「つまらない」と不満を垂れるのだ。
「だからどうしてクリスマスまでごっちゃにしようって結論になるんだ、第一早すぎる」
仏頂面をした恋人が、座敷机を挟んで向かいから案の定クレームをつける。
「オレがチキン食いてーから」
殊更ヒカルに聞かせるように、アキラが長々と嘆息する。
「太るぞ、もういいトシなのに……それ、キミが殆どひとりで食べるんだろうに」
ヒカルが買ってきたのは、どう見ても家族用のパーティバーレル。三十路手前のふたりには明らかに
多い。それにアキラはこの手のジャンクフードは得意ではない。家に残して行かれても困るのだ。
「うん?食後の運動するから大丈夫でしょ」
あっけらかんと返すヒカルに、アキラは額に手を当てて「処置なし」と頭を振った。
「キミの辞書からは、いつから『デリカシー』とか『恥じらい』という単語が削除されたんだ?」
「えー?アラサーが恥じらってもなあ……需要どこにあんだよ」
「ボクの需要は無視なのか」
「えらいニッチだな、おい。おまえのモノ好きには感心するぜ」
今年は、芹澤研究会の忘年会が十四日にジャストミートした。囲碁界やその周辺の色々な交流を蔑ろ
にはできず、毎年どこかしらの忘年会とアキラの誕生日がかち合うのは避けられぬ宿命だった。
「ぶっちゃけさ、アイデアが枯渇したんだよ……おまえ何あげてもどこ連れてっても文句ばっかで」
(2)
「そんなことは」
「ほー、記憶にございませんと。まだらボケでも始まったか?あ?」
こんな日に喧嘩をしたいわけじゃない。けれど、ヒカルにも長年降り積もった鬱憤があったせいで、
簡単に着火してしまう。
「趣味嗜好の違いってさ、年数重ねるほど深刻になってくよな。最初のうちはお互い新鮮に思えても
段々そーゆーゴマカシきかなくなってくんの」
「じゃあ進藤、キミは自分の誕生日にもそういう不満を持ってたのか」
「う」
返答に詰まってしまった。そういえば。
「…………ない、です」
「正直に言え。嘘はよくないぞ」
「だからないって、ホントだって」
アキラの心遣いが素直に嬉しかったから、どこかズレたプレゼントも捨てられずに取ってある。
自分には合わない店に連れて行かれても、文句を言いつつ楽しんだ。
困惑してしどろもどろになっているヒカルを見る剣呑な眼光が、ふと和らいだ。
つい、とアキラが立ち上がり、広い座敷机をまわってヒカルの傍に歩み寄る。背中から抱きしめられ
て、ヒカルの体がほんのり熱を持つ。
「性格の不一致を理由にして、別れるかい?お互い、周囲が身を固めろと五月蝿いし。潮時かな?」
「あ、ぇ、ぁう、その」
いつの間にか形勢逆転されて、上手く言い返せない。
「冗談だよ……まったく、おろおろするキミは可愛いね」
「アラサーに可愛いとかゆーな」
「可愛いよ、進藤」
「だから、っ、ぁ」
敏感な耳孔に息を吹き込まれ、思わず声が漏れてしまう。
「……性格はともかく、カラダは、不一致じゃねーもん」
口調が少しぶっきらぼうになってしまったが、伝わるだろうか。
「でも、太ったら別れるからね」
耳元のくすくす笑いまでが愛撫になる。急激に感度の跳ね上がった肌がその先を欲しがる。
もう準備は完了してしまった。
「プレゼント、開けてもいいかな」
セーターの襟元から手を忍び込ませ、アキラが問う。
「もう……開けてんじゃん……ぁ」
今年も結局、代わり映えしなくてごめんよ。まだ早いけど、とりあえずハッピーバースデー。
口にするのは気恥ずかしくて、ヒカルは胸の中で唱えた。