ギフト 3・14

(1)
 日曜のデパートなんて、人ごみに酔いに行くようなものだ。幼児が風船片手に奇声
を発して走りまわり上品そうな母親の口からは驚くほど下品な怒声が飛び出す。
ビールを缶のまま飲みながらスポーツ紙を読む何しに来たのか解らない中年男性。
会員カードの案内。処分品の売り込み。一際うるさい。
クッキー売り場に人だかり。通行の邪魔。

用が無ければ絶対来たくない、だが用があるので来るしかなかった苦手な場所で
塔矢アキラは溜息一つ。
しかたない、今日しか休みが無かったのだ。彼のためだ、しかたない。

先月のバレンタイン、彼にとびきりの贈り物を貰った。とても嬉しかった。
些か興奮しすぎたアキラの些か常軌を逸しすぎた行為(彼にはプレイと言われたが
そんな言葉は使いたくない)のせいでお腹を壊した彼につきっきりの15日は、実は
なかなか楽しかった。とても丈夫な彼は冬でも風邪一つ引かず、逆に寒さに弱いアキラ
をいつも気遣ってくれる。それだって相当幸せなのだが、アキラとしてはやはり弱った
彼に色々尽くしてみたいのだ。
そんなこと口にすればわざと体調崩すように仕向けたんだろうと怒られるので、アキラ
は上機嫌を顔に出さないように注意しながらかいがいしく看病をした。

そんなわけでアキラのバレンタインは幸せ満開だったのだ、是非ともお礼はしなくては。
苦手な人ごみの中彼への贈り物を模索する。
ちらと覗いたバッグ売り場では若い男性が一人幸せそうに店員と相談していた。
真剣な彼はきっと彼女の喜ぶものを見つけられるだろう。
いいなあ、と思う。
女性へのお返しなら、アクセサリーやスカーフや洋服など定番がいくらでもある。
堂々と人に相談も出来る。

(2)
同性にお返しをする自分は、ぼんやりしたビジョンさえ見えずに広いデパートを
さまよう。17の男の子なんですけど何がおすすめですかなんて聞けるわけも無い。

彼の好きなものを買えばいい、簡単じゃないかと言われるかもしれないが全く全然
これっぽっちも簡単じゃない。
なにせその全てがこういったシチュエーションに向いてない代物だ。
それだけでなくアキラ自身それを買うのに気が進まない。
彼の好きなもの、それはアキラの嫌いなもの。

ファーストフードは嫌いだ、身体に悪い。スナック菓子も同じ理由で好きじゃない。
ラーメンだって塩分の塊だ。炭酸飲料は毒としか思えない。流血と暴力と女性の下着
だらけの漫画雑誌は何が面白いのかわからなかった。派手なリュックもどうかと思う。

それに…。

それに。アキラの一番嫌なもの。ヒカルが大好きなもの。
いつも彼が一人で眩しそうに並べるあの棋譜の―――…

彼の好きなものは嫌いだ。彼を連れていってしまうから大嫌いだ。

(3)
何時の間にか黒い気持ちが胸を侵食し始めるのに気付いたアキラが2つ目の溜息。
もう少し大人になりたいんだけど、どうしても何時でも子どものまま。
3つ目の溜息は寸前で飲み込みエスカレーターを上がる。

前に立つカップルはべたべたする訳ではなくよそよそしくもなく、さり気なく繋いだ
手が爽やかな二人だ。
長い髪が綺麗な彼女の薬指に、売約済みの証の銀が馴染んでいる。
いいなあと、また思ってしまった。
あれは他の男を遮断するバリアー。首輪よりも強い魔法をかけてくれる。
自分たちが同じことをすれば、彼女が出来たのか、どこの誰だと周囲が放っておかない
だろう。忍ぶ恋に、目に見える証は障害でしかない。
女性からも男性からも好意を持たれやすい彼に集まる視線をいつも苦い思いで耐え、
他の誰かと話をされる度に不安で堪らない自分のような思いは、しなくて済んでいる
だろう目前の彼氏が羨ましい。
だからヒカルの好きな外出がアキラはとても好きじゃない。
本当は部屋に閉じ込めて、誰にも見せたくない。自分だけのヒカルでいて欲しい。
ヒカルが言うにはアキラにも熱い視線はしょっ中向けられているらしいが、自分では
どうもわからないし大体何の慰めにもならない。
支配したいわけじゃない、独占も叶わないと知っている。ただ、ほんの少し恋人という
重さで彼を縛りたいのだ。

(4)
いけない。どうしてこうも暗いほうへと向かってしまうのだろう。
男女の普遍的な恋に満ちたこの巨大な箱の中では、自分たちの特殊な愛が置いてきぼりになる。
なんでもいいから早く選んで外に出てしまおう。…ああ、やっぱりだめだ。
何でも良くなんてない。心を込めて選ぶのだ。


結局アキラが外の空気を吸えたのは、それから3時間37分後だった。



 
「うわ――、ありがとー。すっげ嬉しー。」
上質な包装紙にくるまれた軽い箱を両手で大事に持つ彼のきらきらした笑顔が疲れを
遥か彼方に吹き飛ばしてくれる。心から、彼が好きなのだと改めて確認する瞬間だ。
「お前がこんなとこまで買いに行ってくれたのかよ。がんばったなあ。」
「ううん、大したことじゃないよ。」
何時間かかったかなんて絶対秘密だ。
「開けちゃうよ?いいな?」
「はい、どうぞ。」
いつも何でもビリビリに破いてしまう彼が、セロテープの1つ1つまで丹念に剥がして
くれるのが嬉しい。
「うはー、ブレスレットだー」

1階から最上階まで何度も往復して、結局アクセサリーにしたのはあの銀色が頭から
離れなかったからかもしれない。
それに、いいことを思いついた。

(5)
アキラが贈りたかった物は、指輪でもなくペンダントでもなく銀のブレスレット。
だってほら、指輪よりずっと大きい。
袖に隠れる、ボクとキミだけの秘密の束縛。それにペンダントにない楽しみがある。
「わーい、綺麗だ。ありがとう塔矢。 あのさ、付けてくれる?」
「もちろん。」
ちょっぴり照れて差し出す左手首に、ひそやかな重さをあげる。
片手では難しいから、付けたいときはボクを呼ぶのが当たり前になるだろう。
そしていつでも、この幸せな儀式を二人でするのだ。

光る手首を嬉しそうに撫でて、愛しい人がほおずりしてくれた。
「大事にするよ。塔矢、大好き。」
やわらかいほっぺの感触を楽しみながら、ほんの少し自己嫌悪になる。

ヒカルの大好きな、塔矢アキラは嫌いだ。
ヒカルはこんなにも混じりっけのない愛情をくれるのに、自分ときたら秀麗だとか
言われる表情を貼り付けた裏でいつも醜い嫉妬を抱えてる。 
溜息を吐けば彼に気付かれてしまうから、唇を引き結んで温かい身体に縋った。
こんなボクでごめんなさい。

(6)
腕の中の彼が少しためらいながらあのさあと言った時、アキラは自分の心を見られて
しまったのかと緊張した。

だが彼が紡ぐ言葉は想像とは随分違っていた。
「変なこと聞いていい?…オレの他にも、お返しあげた?」
「え?そんなことしてないけど?」
全く心当たりもない。どうしてそんなことを言い出すのかな。
「…そっか。ごめん、ほんとごめん。忘れて。」
急に焦り出す彼の考えてることがわからない。はあと出された溜息は、彼らしくなかった。
「ごめんな…。オレ、やな奴だな。お前こんなに大事にしてくれるのに…どうして
疑っちまうのかな。…やっぱり不安なんだ。」
「進藤…」

 ものすごく嬉しい、と言ったら怒られてしまうかな。
キミも同じ気持ちに苦しんでくれていた、その言葉で天に昇れるほど心が軽くなる。
「謝らなくていいよ。嬉しいから。」
ああ、言ってしまった。
抱きしめるだけでは足りなくて、唇を繋げる。それでも足りなくて服に手をかける。


ヒカルの嫌いな、進藤ヒカルは大好きだ。
この世でたった一人、命を懸けても守り抜きたい人。


裸身に銀を1つ身につけただけの彼の隣で、アキラはまた幸せな15日を迎えた。



―おしまい―

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