平安幻想秘聞録・第四章
(12)
今頃、お母さんもお父さんも、じーちゃんも、それにアイツも心配し
てるだろうな。
もし、二つの時代の時間の流れ方が同じだとしたら、ヒカルは2週間
以上も行方不明になっている計算になる。いくらヒカルが脳天気と紙一
重の性格だとしても、そろそろ楽観的に考えられなくなって来ていた。
ふぅっとヒカルは小さくため息をついて、傍らで奈瀬と意気投合中の
佐為を見やった。
ずっと佐為に逢いたかった。もう一度、その声を聞きたかった。消滅
することへの不安に気がついてやれなかったこと。囲碁だけじゃなく、
自分にいろんなものを与え、慈しんでくれたことに、ありがとうと言え
ないままだったこと。確かに棋聖としての佐為は自分の碁の中に生き続
けているが、一番の親友、家族としての佐為とはもう思い出や夢の中で
しか逢えない。それが寂しくて寂しくて堪らないことがある。
水の中に落ちる前にも、佐為のことを考えていた。泊まりがけの指導
碁というのが、二人で行った観光ホテルでの囲碁ゼミナールの夜を連想
させたせいかも知れなかった。
だから、ここへ来てしまったんだろうか・・・。
「光、どうしたの?」
「えっ?」
「さっきから、ぼんやりしてるよ。どこか具合でも悪いの?」
いつの間にかもの思いに耽っていたらしい。あかりに声をかけられて
現実に戻された。
(13)
心配するあかりに何でもないと笑って見せ、東宮の予定の変わらない
うちにヒカルと佐為は退出をした。あまり宮中をうろうろしていると、
他の近衛の知り合いにも会ってしまいそうだったからだ。
「でも、あかりの君たち女房の間で光のことが話に上っているのなら、
噂が広まるのは早いかも知れませんね」
電話やメールのないこの時代でも、女性の連絡網を侮ってはいけない
だろう。特に宮中に仕える女房ともなれば、朝晩の文のやり取りは当た
り前、それとなく時間を作っての井戸端会議などお手の物だ。
「早く岸本さん・・・じゃねぇや、東宮がオレのこともんて諦めてくれ
るといいんだけどなぁ」
そうすればもっと本腰入れて、元の世界に戻る算段もできそうなもの
なのに。
もう一度ため息をついて、ヒカルは揺れる牛車の中で目を閉じた。
第四章・終