冬の猫の夏の熱
(1)
碁会所が開いている時間内に検討が終わらないことが多くなって、塔矢んちで続きをするって流れに
なるのが普通になった。時間が遅くなれば泊まる。いいよな、あんな広い家で実質上一人暮らし。な
んか羨ましい。
とか呑気に思ってた、ある夏の夜。湿度が高くて寝苦しくて、眠りが浅かった。エアコンは夜かけな
い方針の家なんだそうで(親いないんだから別にいーじゃん)、窓は開いているけれどあんまイミな
いくらい暑くて。腹にくるといけないからそこだけにはタオルケットがあったけど、タンクトップに
短パンでも暑さには無力。布地が汗で張り付いて気持ち悪い。
(…………?)
ふと、気配を間近に感じる。隣で寝てた塔矢だ。なんだよ暑苦しい、用があるならさっさと声かけろ
よ。ちょっとイラッとして、そう言おうとした時。
口元にかすかな空気の流れを感じたと思ったら、唇に。柔らかいものが触れる。
頭が真っ白にフリーズして、何も考えられなくなる。
『それ』は何度も軽く触れては離れを繰り返す。体の芯が変に痺れて、ちょっとマズイ感じになる。
「……ん」
思わず漏らした声に、塔矢はビビったのか離れていった。
ほっとする気持ちと、残念な気持ちが入り混じって、なんかフクザツ。って何考えてんだオレ、残念
って何だよチクショー。
それからだ。オレがおかしくなっちゃったのは。
昼間は忘れてるのに、夜になったら思い出しちゃって。ベッドでもぞもぞして、手が下に伸びてしま
って。最悪だろもう、塔矢で抜くとかああもう。
「ぅく、……っ、ふ」
エアコン全開にした自分の部屋で、カラダだけ熱くして。何やってんだって泣きたくなる。
男と、ってアイツどうやるつもりでいるんだとか。小学校ん時遊びでやった擦りっこレベルで済むの
かとか。つか、それ以上とか無理だから。アナなんていっこしかないじゃん。口?いやいやいや。
そもそも、どっちがどっちにどうすんのさ。向こうはどうせオレにああいうコトするつもりでいるん
だろうけどヤダ。汚いし痛そうだし、屈辱でしょ第一。
そんなしょーもないコトぐるぐる考えてるうちに、限界超えて出しちゃう。
毎晩、この調子。夏が終わり、秋が過ぎても、おさまらない。
塔矢んちに泊まれば、意識すんなって方が無理で。いつまたキスされるか、うぅん、それ以上をされ
るか、神経が尖ってしまってどうしようもない。
だから、ちょっとした復讐みたいなことしようって思った。塔矢がひどいことしようとしたら、鬼の
首獲ったみたいにガンガン虐めてやろうって。なかなかその機会はめぐってこなくて、冬まで待たな
きゃいけなかった。アイツ、あれ一回きりでなんもしてこないんだもん。
(2)
あれは気まぐれだったのかよ?だとしたらずっとモヤモヤしてたオレがバカみてーじゃんハラ立つ!
そんで冬。いざ、爆睡中の塔矢の布団に潜ってみたら……くそ、悔しい、あったかい。
朝、塔矢が家庭内害虫に遭遇したみたいな悲鳴を上げたのに起こされて、ビックリさせんなって怒る
と同時にざまあ見ろって達成感もあった。
何度か同じイタズラを仕掛けてるうちに、だんだん手段と目的がごっちゃになってきてた。
他人があっためた布団は気持ちよくて、その中で密着する体があったかくて。一度入ったらもう出ら
れなくなっちゃう。
目を覚ました塔矢は「またか」って感じですっかり慣れちゃって、ノーリアクション。つまらん。
このままだとホント、オレがバカみたい。
その日は、先に寝た塔矢が珍しく途中で起きてトイレに行った。アイツ、一旦寝たら絶対起きないの
が特技だってくらいなのに。今日は特に寒いせいでションベン近くなったかな。
目を碁盤から離して横目で見れば、空っぽの布団。あのままだと、どんどん熱が逃げちゃう。
もったいない気がすごくしてきて、オレはその布団に潜る。あったかくて、石鹸とシャンプーの匂い
が残ってる。
戻ってきた塔矢が、オレをネコみたいだって言った。そんで、オレがいるのに布団に入ってきた。
ペット飼ったことねーからネコって言われてもぴんと来ない。塔矢が、文句言いながら抱きしめてく
る。その体の熱に、くらっとする。もしかしなくても、これピンチ?ヤバい?
体格差は絶望的ってほどじゃないけど、塔矢の方が大きい。力はどうだろう?比べたことないからわ
かんない。負けないとは思うけど、万が一ってあるよな。
苦し紛れにネタバレしてやったら、さすが瞬間湯沸器。顔を真っ赤にして怒りでプルプルしてるうち
に抱かれた腕から抜け出し、自分の冷たい布団に逃げ込む。追い打ちで頭に枕が飛んできた。
だって怖かったんだもん。あのままだと、その、取り返しのつかない方向へ行っちゃいそうで。
ずっと行かないままでいいのか、今回は逃げちゃったけど、もっと未来ならいいのか。
いやだから、どっちがどっちにどうする問題をほったらかしでそっち行っていいのか。
結論なんて出せないまま、オレは持て余した体の熱を冷たい布団でさます。
塔矢はたぶん怒ったままで、自分の布団に入りなおしたみたいだった。
はあ、マジでバカみたい、オレ。
<了>