Trick or Treat!

(1)
"ハロウィン囲碁まつり"
なるものが開かれた。ようは仮装をして、一般客と楽しく囲碁を打とうというイベントだ。
主に十代から二十代の若手棋士が選ばれた。
衣装は自前だ。ヒカルは和谷や伊角たちと選んで、カボチャのオバケにした。
「進藤のそれ、めちゃくちゃ目立つよなあ」
隣に座る海賊姿の和谷が呆れたように言う。
ヒカルは頭に綿の入った大きなカボチャのかぶりものをしていた。
店頭のショーウインドウに飾られていたそれを、ほとんどノリで買ってしまったのだ。
だが小さな子供たちには大人気だった。
オレンジ色のマントを引っ張ってきて、ヒカルと打ちたがった。
「とりっく、おあー、とりーと! バケモノめ! 囲碁で勝負だ!」
どこか勘違いしたように挑んでくるが、ヒカルは楽しんで相手をした。
相手に合わせて九路盤や十三路盤にしたりする。
勝っても負けてもお菓子を渡す。
子供だけでなくもちろん大人も参加してよい。ヒカルのもとに多くの男が押しかけてきた。
「進藤って人気あったんだなあ。さっきのヤツなんて、食事にまで誘ってたぜ!」
俺がおごってほしいくらいだ、と和谷はぶつぶつ言う。
先ほどから和谷がからんでくる。今月はピンチだと言っていたのに関係があるのだろう。
だがいいかげん小言につきあうのも疲れた。
「のど渇いたよな。オレ飲み物買ってくるけど、和谷なんかいる?」
「あー、ウーロン茶頼む」
ヒカルは小銭をポケットにつっこむと、異様な格好をした集団をかきわけていった。
頭が大きいせいか人によくぶつかってしまう。おまけに暑い。
もう肌寒いというのに、額には汗が浮かんでいた。
「あっ、とゴメン」
派手な衝撃に、ヒカルは慌てて振りかえった。
ぶつかった相手は魔女だった。

(2)
とんがり帽子に、黒くて長いマントをつけている。
黒いズボンもはいているが、その上にはスカートも着用している。
艶やかな黒い髪に、輝く瞳がそれらしく見せた。
「塔矢……」
アキラはヒカルを見ると、さっと顔をそむけた。
まるで見られたのが不本意だとでも言いたげな表情だった。
だがヒカルも好き好んで会いたいと思う相手ではなかったので、ぶすっとした。
「……ぶつかって悪かったな」
「いや、ボクもよそ見してたし……」
ほこりのついたところをアキラは払っている。帽子が少しずれていた。
「それ魔女?」
その言葉にアキラの頬が紅潮した。
「着たくて着たわけじゃない。これは緒方さんや芦原さんが……!」
「そんなこと聞いてねぇよ」
ヒカルがそっけなく言うと、アキラは初めて視線を向けてきた。
よく見ると上着もずいぶんと可愛いものだ。胸元は大きなリボンがついてる。
あの塔矢アキラが、と思うと胸が少しすいた。
背を向けると自動販売機にお金を入れ、ウーロン茶とジュースを買った。
アキラが立ち去る気配はない。
「なんだよ」
不機嫌さを込めた声で尋ねる。アキラのためらいが伝わってくるのに腹が立った。
「なんだよ! 言いたいことがあるならさっさと言えよ!」
そばを通りかかった人が何だろうと振り向いた。
アキラはうつむいて手を握りしめていた。

(3)
二人のあいだに緊張が流れる。
ヒカルは振り向けずに、冷たい缶を二本、胸に抱えていた。
「…………このあいだの、碁会所のことは、悪かった…………」
しぼりだすような声が聞こえてきた。アキラはどんな表情をしているのだろう。
振り向きたくなるのをヒカルはこらえた。
「あのときは、本当にどうかしていたんだ。キミに……」
ヒカルの頭のなかにそのときのことが生々しくよみがえる。
急に腕をつかまれ、引き寄せられた。
抵抗する間などなかった。あっても、しなかった気がする。
柔らかな感触と、身体をしびれさせる熱が一気にかけぬけた。
おどろきは一瞬で去り、後は抑えきれない感情がこみあげてきた。
ヒカルは泳いでいた手を、その背中にまわそうとした――――
「あんなことをするつもりはなかったんだ」
突然自分を引き離したアキラの驚愕の顔。
それを思い出すと怒りが湧いた。まるで自分の意志ではないと言いたげだった。
「進藤、あのことは忘れてほしい」
とうとうヒカルは振り向いた。
アキラは懇願のまなざしをヒカルに向けていた。
こんな塔矢アキラなど見たくなかった。
「おまえ勝手だな! あんなことしといて、何だよ!」
「本当にすまないと思ってる。だから……」
「しゃべんな! もうおまえの顔なんて見たくない!!」
そう叫ぶとヒカルは会場へと戻った。途中で壁にカボチャの頭が当たり、自分の不恰好さ
に悔しくて涙がにじんだ。

(4)
アキラのせいで楽しい気持ちなど失せてしまった。
今日のイベントにアキラが来ると聞いたとき、ヒカルはとてもドキドキした。
なにか言われるのではないかと、期待した。
そうだ、期待したのだ。
だがアキラが口にしたのは謝罪の言葉だけだった。
――――嫌じゃなかったのに。
ヒカルはぬるくなったジュースを飲み干すと、苛立たしげに息を吐いた。
とにかく今日は塔矢アキラの姿を見ないようにしよう。
だが隣に座っている和谷が笑い声をあげた。
「進藤! 見ろよ塔矢のカッコ!! 魔女だぜ!? ズボン脱いだら完璧だな! って、
おい、塔矢ナンパされてるんじゃねえ?」
その言葉にヒカルは慌てて和谷の指差すほうを見た。
アキラが男に何か話しかけられている。アキラは困ったように笑って首を振っているが、
男はなかなか引き下がらない。ナンパかどうかはわからないが、嫌な感じだ。
人がちらちらと振り返るようになった。会場の係りの人はなにをしているのだ。
「絶対に教えません!」
アキラの大声に、会場が一瞬静まりかえった。ヒカルは思わず椅子を蹴っていた。
「オマエなにやってんだよ!」
「来るな進藤!!」
走り出したヒカルをアキラが厳しい声で制した。男が振り返り、目を丸くした。
見覚えがある。さきほどヒカルを食事に誘った男だ。
「進藤くん、あの……」
気弱そうな声がヒカルに向けられる。太い手が自分をつかむかのように伸ばされた。
アキラを触られるくらいなら、自分にされたほうがマシだと思った。
ヒカルは自分からその手に向かって走った。
だがあと少しのところで男の身体がかたむいた。
アキラが突き飛ばしたのだ。

(5)
会場は一時、騒然となった。
立ち上がった男がヒカルを抱きしめてきて、それを塔矢アキラが殴ったのだ。
ようやく事態の異常さに気付いた係員が三人をひきはがした。
男はヒカルに向かってわけのわからない言葉を発してきた。
係員は問答無用で警備室に連れて行った。
アキラとヒカルは別の部屋に呼び出され、事情を聞かれた。
どうやら男がアキラにヒカルの住所や電話番号を聞いてきたらしい。
アキラは最初は慇懃に断わっていたが、あまりにもしつこかったのと、ヒカルが来たこと
で少し動転してしまったらしい。
男は熱烈なファンなのだろうと言われたが、こんなことをされたら迷惑だ。
二人は注意を受け、今日は帰るようにと言われてしまった。
控え室に戻ったヒカルは盛大なため息を吐いた。
「あーあ、散々なハロウィンだぜ」
「まったくだ」
アキラは三角帽子を紙袋のなかに放りこみながら同意した。
ヒカルもカボチャの帽子を取った。急に頭がすずしくなった。
目が合って、二人は同時に顔を横にむけた。気まずい雰囲気だ。
それでもヒカルはおそるおそるアキラに話しかけた。
「あの、さ……ゴメンな、オレのせいで……」
「キミもボクも悪くない。悪いのは全部あの男だ」
その言葉にヒカルは軽く笑った。
「なあ、時間あるし、碁会所で一局打たないか?」
「……碁会所で……?」
含みのある声音に、ヒカルは思わず口を閉じた。
「キミは、行きたくないんじゃないか?」
とても小さな声でアキラはつぶやいた。

(6)
「オマエこそ、イヤなんじゃないのか? 思い出したくないんだろ」
「ボクは……!!」
切羽詰った表情だった。ヒカルは引き寄せられるようにアキラに向かって一歩踏み出した。
「オマエは何だよ?」
アキラはためらうように口を開いたが、うつむいてしまった。
歯切れの悪いアキラに腹が立つような、しかたがないような、不思議な気持ちになる。
そう言えばあのときのアキラも、こんなふうに途方にくれた様子だった。
自分のしたことを思い返して、どうしていいかわからないでいる子供のようだった。
ヒカルはアキラの目のまえに立っていた。
「Trick or treat!」
「え?」
「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」
ヒカルは笑いながら言った。アキラは困惑したように自分を見つめている。
「進藤?」
「お菓子は?」
「持ってないよ」
その返事はヒカルを満足させるものだった。
「んじゃ、イタズラだな」
アキラの肩に手をおくと、ヒカルは顔を少しだけ上向けた。
心臓が激しく動いているのを感じた。目測を誤らないように、目を開けていた。
唇が重なった。
手にひらにアキラの緊張を感じた。だがヒカルは吸い付いたまま、軽くついばんだ。
離れたヒカルを、アキラは呆然と見つめている。
「しんどう……」
「おまえもオバケだろ? オレに聞かないの?」

(7)
目が真意を問うようにヒカルを見すえている。
ヒカルは悪戯っ子のような表情で、うながすようにアキラを見返した。
「……Trick or Treat……」
「残念。お菓子はないんだ。だから……んっ」
急に抱き寄せられ、唇をふさがれた。背中を強く抱きしめられた。
ヒカルもアキラの背に腕をまわして、きつくしがみついた。
お互いの唇の感触をあじわい、いつのまにか熱い口のなかも感じていた。
「ん、ふぅ……!」
鼻にかかった声が漏れる。アキラが唇をはなした。
「進藤、キミが好きなんだ」
真剣な声だった。ヒカルは笑顔になった。
「オレも好き」
ようやくアキラも笑みを浮かべた。そして急にその手が動き出した。
「と、塔矢!?」
「もっとイタズラしてもいいか」
答えを待たず、アキラの指先は服のなかに入り込んでくる。
あまりの大胆さに、ヒカルは呆れてしまう。だが何も言わずにアキラに寄りかかった。
だが心のなかでつぶやいた。
――――後でオレもイタズラし返してやる。




                  ――― おわり ―――

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