茶柱
(1)
今日はついている。
朝、食後の一服で茶柱が立った。遅刻かと思ったが、担任の方が遅れてきた。弁当に好物が入っていた。
一つ一つは些細なことだが、これらは全て最大の幸運の予兆だったのではないか―と。
幸せそうににんまり笑う彼の手の中には、携帯電話。そして、液晶に映るは一通のメール。
『社、今日暇?オレ、今大阪に来てんの。よかったら会わない?』
速攻返信。ぴろり〜ん。まぬけな音ともに『もちろん!!!超ヒマやで!!!どこで会う?!!!!!』と、
『!』だらけのメールが愛しい人の元へ送られた。
「どないしょ…いっぺん帰って着替えた方がええんかな?そやけど、帰ったら、待ち合わせに遅れるかもしれんし…」
悩みつつ、足早に校門を出る。と、その時、「おわ!?」足に違和感を感じ、危うく転びかける。「なんや〜?」足を見ると、
靴の紐が切れていた。
「今日おろしたばっかりやのに…」
なんとなく…何となくだが不吉な予感が胸を過ぎる。
…いやいや…そんなはずはない。なぜなら、進藤からのお誘いがあったこの日に悪いことなど起きるはずがない。
にゃ〜
黒猫が前を横切った。
………いやいやいや、気にしすぎや。黒猫が横切ったら不吉なことが起こるなど迷信だ。
「可愛い猫やん。真っ黒で。」
黒猫の鋭い目つきが、天敵を連想させた。
「もう帰る時間ないし、このまま行こ。」
気を取り直して歩き始めた社の鼻先を何かが掠め、と、ほぼ同時に破壊音。
足下には、壊れた植木鉢。額に一筋の汗。あと一歩前に進んでいればただでは済まなかった。
「すみませ〜ん。大丈夫ですか?」
頭上から降ってきた慌てた声に、社は引きつった笑みで答えた。
「…だ…だいじょ…ぶ…です…」
……………いやいやいやいやいや…大丈夫。オレはいける。大丈夫。オレはいける。
「どないなことがあっても、進藤に会いに行く!」
決意も新たに足を踏み出した。
「社」
でぇぇぇぇぇぇたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ――――――っっっっっっっ!!!!!!!!
かけられた声に背筋が凍った。
(2)
電柱の影から半身を出して、じっと社を見つめる黒い瞳。もしやさっきの猫はヤツの使い魔か?
「ひ…久しぶりやな…と、塔矢……」
「ああ、久しぶり。」
強ばった笑みを無理矢理頬に乗せ、何とか挨拶を交わす。
「こんなところで何しとん?」
ヒカルとのデートがばれたのでは?と、おどおどと尋ねた。
だが、アキラは社の問いかけには答えず、
「社、キミはロックに詳しいだろう!」
と、わけのわからないことを宣った。
えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ????
何で、いきなりロック???
しかも断定????
「だろう?」でも「だろう!?」でもなく、きっちりばっちり「だろう!」なのは何故?
「……え…と…な、に、突然…?」
困惑を隠し、努めて冷静に尋ねてみる。
アキラは社の目を見つめ、きっぱりと言い切った。
「忌○清○郎に名前が似ている。」(句点のあたりがきっぱり)
「『清』しかあってへんし――――――――――――――――!!!!」
堪えきれずつっこんでしまった。←命知らず
謝れ!!ロックの神様に土下座して謝れ!!!額がすり切れるほど、地面にめり込ませろ!
アキラの胸ぐらを掴んで揺さぶりたい衝動に駆られた。
(3)
ちょっと待ってぇやぁ…ロックかて嫌いやないけど…
社は見かけはパンクだが(先生!パンクとロックの違いがわかりません!)、福○雅○をこよなく愛する少年だった。
お気に入りは「ス○ール」
あのフレーズがええんや…
わ〜た〜し〜恋をしているフフフンフフフ(←ハミング)
恋する社にバッチリシンクロ。
敬愛する福○に逃げる社。しかし、アキラとロックというあり得ない組み合わせに対する好奇心から
つい聞いてしまった。これが間違いの元だった。
「ほんで、名前が似てるから何でロック?」
「知りたいか?キミごときに話すいわれはないのだが、」
「無理やったら、別にええし…(はよ、進藤のとこに行きたいし…)」
「そこまで言うなら、話してやろうじゃないか。」
脱力をする社を無視してアキラは語り始めた。オー○○ーの春○のように無駄に偉そうに。コイツ、ピンクのベスト絶対持ってる。
(4)
「社、キミもネット棋士saiを知っているだろう?」
「えぇ!?saiってあの!?」
もちろん知っている。塔矢名人でさえ勝てなかった最強のネット棋士。出来るものなら一度対局してみたかった。
「そうだ…そして進藤はおそらくsaiを知っている…」
さらりんと爆弾を投下したアキラの言葉に、社は言葉を継ぐことが出来なかった。
〜〜〜ここから、アキラの語り〜〜〜
いつかsaiのことを話す…ヒカルはそう言った…
アキラは待った。saiのことはヒカルの中でもいろいろと思うところが有るらしく、
saiを話題に出すと、彼は寂しそうに笑んだり、涙を堪えるように俯いたりする。
正直、そんなヒカルを見るのは、色んな意味で辛抱堪らんのでアキラは彼の方から話してくれるのを待った。
待って待って待ち続けた。しかし、アキラは元来オフェンスの男。
攻めて攻めて攻めてぬいて、とことんまで追いつめるのが彼のスタイル。
待つのは性に合わないのだ。
(5)
ある日アキラはとうとう我慢出来ず、ヒカルに襲いかかってしまった。
「ちょぉ待てや!何でsaiの話を聞くのに、進藤を襲わなあかんねん!」
「うるさい!これも一つのエッセンスだ!いつもと違うシチュエーションに人は興奮するんだ!」
NO.2はすっこんでろ!と、アキラは言外に滲ませた。
〜〜〜ここからは、音声のみでお楽しみください〜〜〜
「やぁ!なにす、」
「進藤、詳しい話は今は(・∀・)イイ!!でも、少しだけ…せめて外見ぐらいは教えてくれても(・∀・)イイ!!だろう?」
「や…あん…どこさわって…」
「saiって女?男?」
「…お…おと…」
「saiは太ってる?痩せてる?背は高い?低い?」
「ん…ぁ…背は…高…くて、アァん…すらっとして…や、ダメぇ…」
「頭はハゲ?フサフサ?」
「やぁ…ハゲてな…髪…腰まで…んんん…サラサラ…きれ…やめちゃ、や…」
「顔はイケメン?」
「(頷く)すご…くきれ…い…」
「声は?」
「いい…」
「(声が良い……Σ(゚Д゚;)マサカ!!)歌とかうまい?」
「(歌?そういやよく和歌とか作っていたような…)…うん…あ、もう焦らさないでぇ…!」
「し、ししし、しんどおぉぉ!!」
「ああぁぁ〜〜〜ん!!」
(6)
「…と、言うわけだ!」
「………」
一仕事終えたかのようにすがすがしいアキラとは裏腹に社は憔悴しきっていた。
聞くんやなかった…今すぐこの場から逃げたい。
髪が長い+綺麗系イケメン+歌が上手い=「saiはビジュアル系バンドのボーカルに違いない!!」
ああ…言ってしまった…社が考えないようにしていた言葉を…言っちゃったよこの人は…!
「社、心当たりはないか?」
澄んだ(?)黒い瞳でまっすぐに社を見据える。
「…………………………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………………………
……………………………………………………………ゴメン…ちょっとわからへんわ…」
「……………………………………………………………………………………そうか」
一瞬、罵倒されるかと身を竦ませたが、「それならいい」と、思考のかっ跳んだ男は社に背を向けた。
徐々に小さくなる後ろ姿を、社は魂が抜けたようにただ茫然と見送った。
それからどれくらいそこにいたのだろう。対悪魔用のアイテムかのように、
手の中に握りしめていた携帯が震えてようやく我に返った。
愛しい人からのメールには、東北で行われているイベントに参加していたはずのアキラが突然現れ、
ヒカルを拉致したことが告げられていた。
(7)
おまけ
ビジュアル系バンドのボーカルである最強のネット棋士…
「そんなん…いやや…」
傷心の社は、布団の中で呟いた。
あれからすぐに家に戻り、食事も取らずに布団に潜った。期待が大きかっただけに
哀しみも強かった。せっかくヒカルに会えると思っていたのに…
「塔矢本気でゆうとんかな…」
落ちついて考えてみると、アレはやはり自分に対する牽制ではないかとも思える。
「あの論法で言ったら、歌の上手いオカマの可能性だって有るやんか…」
もちろん、オカマでない可能性もある。
歌の上手いオカマが最強のネット棋士…
「こっちの方がおもろいんとちゃうやろか?」
こんなしょうもないことを考えて気を紛らわそうとする自分が可哀想だった。
おわり