闇の中の光

(1)

―闇の中の光―

・・・・・・この日が来るたびに、オレは切なくなって仕方がない。
本当は「彼」を恋しいと自分の奥底が追い求めているのに、それは決して叶えられる事がないのだ。
「彼」は、自分の中に居る―――そう考える事で、納得してきた・・・いや、きっと納得しようと思っていたんだ。


「佐為・・・」
知らないうちに、オレはそう言っていたらしい。
「・・・・・・進藤、今・・・・?」
訝しげに、隣に眠っていた筈のアキラが尋ねてきた。
しまった、コイツ寝てなかったのかよ。
「どうしたんだ進藤、何故泣いている!?」
ヒカルの顔を覗き込むなり、ぎょっとしたようにアキラが飛び起きた。
「何でもねぇ、何でも・・・・」
ダメだ、想いが止まらない。涙が止まらない。
・・・アイツ、神の一手を極めたわけじゃない筈だ。
なのに何で消えたんだよ・・・・
「彼」が消えてしまったことを受け容れても、ずっとその想いは消えなかった。
消してはいけない気がした。

(2)
『今、Saiと言ったのか?』

アキラはそうは言わなかった。
「何でもないのに、何故泣く?何かボクに不満でもあった?」
心配そうに訊いて来る塔矢に申し訳ない、そう思った。
「ホントに、なんでも・・・・」
ゆっくり首を振った。とめどなく、涙だけが流れ落ちる。

優しい瞳。長い流れるような髪。穏やかな暖かい声。全てが雅(みやび)な仕草。

こんなに傍に自分にとってかけがえのない存在がいるというのに、あの懐かしい暖かい存在を求めているのは罪のような気がした。
「・・・・・キミは、本当に子供のようによく泣くな」
そんなヒカルの姿でさえも、アキラには愛おしく映る。
アキラはヒカルをその腕(かいな)の中に引き寄せた。そして、耳朶をそっと噛んできた。
フゥッ、とヒカルが微かな声を上げた。
―――――アイツ、碁の事ばっかりだったんだよな。
必死でそのことだけ想って千年生き続けてきたんだ。
 千年・・・・・
その長さを考えるだけで、ヒカルは眩暈がしそうになる。
オレ、アイツのように千年、たった一つのことを想い続けられるんだろうか?
そう、例えば佐為の事、碁の事、塔矢の事・・・・・
 その間もアキラは容赦なく、それでも優しい愛撫を繰り返す。
細く、艶かしいヒカルの声が密やかに上がる。
「ダメだよ・・・・オレには絶対無理だ・・・ッ」
搾り出すようなヒカルの声が聞こえた。
「何がダメなんだ、進藤?今日のキミは、変だよ・・・」
「と、塔矢!」
がばっと、ヒカルがアキラを引き剥がした。
「ゴメン、今日がクリスマスだったから」
「クリスマスだったから?」
何もかもを見透かしていそうな、澄んだ突き刺すような目をヒカルに向けてくる。

(3)
「クリスマスの夜を、ボクと過ごすのはダメだった・・・・?」
それでも、決して責める風でもなく、なんだか切なそうな目だった。
「オマエが悪いんじゃない、オレが・・・・・・オレが」
ヒカルの中に見え隠れする、アキラの知らない秘密をアキラも感じ取っていた。
「・・・・いつか、ボクに話すと言った事、なのか?」
「・・・・・・・・・!!」
核心を突かれて、自分の心臓の音がアキラにも聞こえてしまったのではないかと思った。
「それでも、ボクはキミを愛してるんだ。そんな重い何かを抱えている、その想いごと全部」
「塔矢・・・・」
いつもオレは包まれているんだ、こんな風に。
暖かい想いに。
嗚咽を抑え切れずに、ヒカルはアキラの胸の中に顔を埋めた。
「進、藤?」
「ゴメン、塔矢。馬鹿なんだよオレ。」
先刻も、自分はアキラを引き剥がした。
また失ってもいいのか?目の前の塔矢を。
失うことの恐ろしさは、もう自分はよくわかっている筈なのに。
同じ過ちを繰り返すつもりだったのか。
追っていたものを、やっとつかまえたのに。
「何に怯えている?何を恐れている?」
アキラは、抱きしめたくなる衝動を堪えていた。
「そうやって怯えて縋ろうとしているキミを、ボクは抱けない・・・・」
その言葉に、ハッとヒカルが顔を上げた。

(4)
・・・・・塔矢は、オレが佐為のことで秘密を持っているのを知っていた筈だ。
だけど、いつか言うと言ったオレを待っていてくれている。
本当は、何もかも打ち明けて欲しいと思っている筈なのに。
オレのために、我慢してくれているのに。

「違うんだ、塔矢。オマエがあんまり優しいから・・・・思い出しちまったんだ・・・忘れたくても忘れられなかったことを」
部屋の中には、クリスマスツリーが置かれていた。
アキラは特に興味がなかったのだが、ヒカルが街中のイルミネーションを、何時までも名残惜しそうに眺めているのが気になって、アキラが帰宅途中で買い求めたものだった。
ヒカルの視線の先に、買ったばかりのクリスマスツリーがあるのを確認したアキラ。
「ツリーに、何かワケがあったのか?」
「・・・・・・」
正直に、コクリと頷いた。
――――佐為は、家にあった古ぼけたツリーを、どのツリーよりも好きだと言ってくれた。
それは、オレが幸せな気持ちで過ごしてきた歴史を、アイツがそのツリーの中にちゃんと見つけてくれていたからだ。
長い間、暗い物置の隅にしまわれていた輝くばかりの思い出を、アイツはちゃんと見ていたんだ。
 アキラとツリーを買った時には、トップにはリボンが付いていた。
それを、ヒカルは
「星じゃなきゃダメじゃん!」
と言い張って、わざわざ星のツリートップだけを買うために玩具屋に入っていったのだ。
アキラは妙な拘りがあるんだなとその時に思ったが、ヒカルがそれは絶対に譲れないという勢いだったので、その希望を叶える事にした。
そんなヒカルを、子供っぽくて可愛いなと思ったのだが。

「大事なものを、オレが馬鹿だから失くしたんだ。でも塔矢、オレはオマエのこと失いたくない。それは本当なんだ、だってオレにとって、オマエは一番大事な人・・・なんだし」
語尾が、少し照れていた。
・・・・・・佐為は、碁のことばっかり考えてた佐為は、こうやって男と抱き合ってるオレの事をどう思うんだろうか。
どこかでオレの事を見ていたとして、それでもオレのことを好きでいてくれるだろうか?
軽蔑したりしてないだろうか?

(5)
「ボクは逃げない。キミの前からも消えない」
はっきりと、アキラはそう言った。
「信じろ、進藤。ボクだって何もかもが真っ暗闇で、その中でボクが唯一つ頼りにするのは、たった一つの光だけなんだ。その光があるから、ボクは迷わずに進んでいけるんだから」
「塔矢・・・」
アキラを不安がらせていたのは、他ならぬ自分だ。
それなのに、自分だけが重いものを抱え込んでいるつもりで居た・・・・・
「・・・・だけ・・・」
「?」
躊躇いがちに、ヒカルの唇が動いた。
「一回だけでいいから。言って、塔矢。『ヒカル、ずっとここに居るから大丈夫、って』」
現実逃避だと思った。
だけど、それがなければ何時までも自分は終わりのない闇の中に居るままだと思えた。
「進藤・・・?」
「オマエを、何かの代わりにしようってんじゃなくて、オレが、オマエのことを何よりも大事だと思う自分になるように進みたいから、一回だけでいい・・・そう、言ってくれたらオレは進めるから」
――――不安がっているんじゃない。
アキラには、ちゃんとわかった。
堪えきれない何かを、乗り越えたいと思っているんだ、自分と一緒に。
そう確信できた。

(6)
「ヒカル」
まるで『彼』のように、優しい声だった。
そっと、アキラの腕がヒカルを包み込んだ。ゆっくりと抱きしめた。
「ずっとここに居るよ。居るから・・・大丈夫だよ。だから・・・」


――――だから、もう泣いちゃダメですよ、ヒカル――――


暖かい、金色の光に包まれた気がした。
「さ・・・・いぃぃ・・・」
アキラには聞こえないほどの小さな声で、その名を呼んだ。
「とう・・・やッ、塔矢、塔矢ぁぁぁ・・・!!」
抱きしめられた腕の中で、思いっきりヒカルが泣いた。
「オレっ・・・塔矢が居てくれてよかった」
あたかも『彼』はそこにいて、後を頼みましたよ、とアキラに言っているような気がした。

――――だからヒカル、あなたはこの者と一緒に居てよいのですよ。この者とあなたが神の一手を極めた時にこそ、
また私と相まみえましょう。子供のような弟のような可愛いヒカルが、私も大好きなのですよ。
今度は、泣き虫を治してから私の好敵手として会いましょう。その時まで、少しの間離れるだけですよ・・・・

夜明けの白んだ空に、そう『彼』が言ったような気がした。
―――オマエの言うちょっとは、百年とか千年とかじゃんよぉ・・・
拗ねた様なヒカルの心の声が届いたのか、『彼』はふふっと穏やかに笑ってみせて。


オレも見つけた。
真っ暗だった闇の中に、迷わずオレを導いてくれる星の光。

二人の肌が、また絡み合った。
体が感じる快感以上の幸福感を、一緒に噛みしめながら。

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