交際

(53)
 アキラは、キッと社を睨んだ。が、社はまるで意に介していないのか、ひょうひょうとした口調で
アキラに話しかけてきた。朝の態度とはまたずいぶんと違う。
「オレ、着替えたいんやけど、ええかな?」
「………どうぞ…」
アキラは努めて冷静に言った。
 社の視線は、部屋の隅のゴミ箱へ注がれ、それから自分の脇を通り過ぎるアキラの方を
ちらりと見た。
「ちょっと早いけど、オレも出るわ。」
「…………一緒に行けばいい。」
 社は怪訝そうにアキラを見た。
「あんた、オレと一緒はイヤとちゃうんか?」
「イヤだ。」
キッパリと言い放つアキラに、社は訳がわからないと眉を寄せた。
「………でも、別々に行くと進藤が気にする…」
「あ―――」
納得したような社の声が癇にさわる。会話はそこで途切れた。アキラはそのまま黙って部屋を出た。

(54)
 タクシーに家の前まで来てもらい、荷物をトランクに積み込むと、二人は車に乗り込んだ。
隣り合って座るのはゴメンだったが、前と後ろに分かれて座るのも妙な気がした。
 行き先を告げてしまうと、もう口を開く必要はない。狭い車内に沈黙が落ちた。
「オレは謝らへん。」
先に沈黙を破ったのは社だった。
「オレはアイツが好きや…ホンマにメチャメチャ可愛いと思てる…」
「逢うたんはオマエの方が先かもしれんけど…そんなん関係ない…オレかて本気や!」
「うるさい…!黙れ!」
アキラは低く恫喝した。自分にこれほど剣呑な声が出せるとは思わなかった。
 関係ない本気だと?何を言っているんだ…ふざけるな…!無神経さに腹が立つ。
「キミが本気かどうかなんて関係ない…ヒカルはボクのものだ…!」
アキラは殊更ヒカルの名前を強調した。ヒカルとは普段名前で呼び合ったりしない。アキラは
名前を呼ぶことでヒカルと自分の関係を主張したのである。本当は、こんな形で彼の名前を
口にはしたくなかった。

 彼と出会ってからの三年間、アキラがどんな思いでヒカルを待っていたか…。彼が自分と
同じところまで登って来ることを一日千秋の思いで待ち続けていたのだ。それを時間など
関係ないと社は簡単に切って捨てた。
 「絶対…絶対に渡さない…」
アキラは社の方を見ず、ただ前を見つめ続けた。ふと、バックミラー越しに運転手と目があった。
彼は一言も口をきいていないが、二人のもめ事に興味津々であることが見て取れる。
二人が取り合っている“ヒカル”とは、いったいどれ程の美少女なのか―――と…

あなたの想像通りヒカルはとても可愛いですよ…だから、誰にも渡したくないんです……
アキラはそれきり口を開かなかった。隣の社も視線を窓の外に向けたまま、むっつりと黙り込んだ。

(55)
 ホテルを目の前にして、ヒカルは少々怖じ気づいていた。自分が引き起こしたアキラと社の
もめ事もそうだし、こんな気持ちで碁に集中できるかどうかも不安だった。それでも、このまま
家に逃げ帰ることは許されない。それは、ここに来ることを望みながらも、それを果たすことが
できなかった者達に対する侮辱であった。
 「よし!」
ヒカルは自分に気合いを入れるため、両手で頬をパンと叩いた。
チェックインをすませて、カウンターを離れようとしたとき、聞き覚えのある外国語が
耳に入ってきた。
『あれって、韓国語かな?』
以前一度だけ打ったことのある洪秀英が、話していた言葉に似ているような気がする。
 そちらの方向に目を向けると、人目を惹く容貌の背の高い青年が立っていた。よくよく見ると
青年と呼ぶにはまだ若すぎる―その人物をヒカルは知っていた。ただし、一方的に、かなり制限
された情報の中だけではあったが…
『永夏…高永夏だ…!』
ヒカルの目はその人物に釘付けになった。さっきまでの弱気な考えも、アキラと社のことも
頭から消え去ってしまっていた。

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