パッチワーク 2033年 平太20歳(ヒカルとあかりの長男)

(1)
 「ただいま」といいながら母が仕事から帰ってきた。台所へ直行し買ってきたものを冷蔵庫などへしまう。久しぶりにみた変わらない母の習慣が懐かしい。

 「あら、来てたの」「飯は炊けてる。みそ汁も作った。ちびの食べられそうなもの適当に漁った。」娘は大人と同じものが食べられるようになったとはいえ味付けの濃いものは無理なので母が冷蔵庫の中に入れてある常備菜を味付けし直して一足早く食べさせて。風呂にも入れ、あとはさっさと眠らせるだけだったけど、ばあちゃんを見て父似の目をランランとさせてる。もうすこししておねえちゃん三人組がそろったら家中を走り回るだろう。

 「ありがと。礼ちゃんは」と妻のことを聞かれた。「王座戦一次予選 持ち時間五時間。十二時すぎそうなら会館行くからちび預かってほしいんだけど。」「お弁当作るから持って行きなさい。」さすが棋士と同居歴三十年よくわかってらっしゃる。「お義母さん遅くなるって言うから直ちゃんにも来るように言ってある。」「じゃあ雪彦と一緒に帰ってくるわね。金子さんが遅くなるなら直ちゃんこっちに泊まればいいわ。」「居間のモニター二台借りてる」「一番大きいのは父さんがアキラさんみてるでしょ。今日は十二時すぎるかもっていってたし。」「そんな感じ、相手緒方先生だし。お互い探り合ってる。お父さんさっきからああだこうだモニターに向かって話しかけてる。うるさいよ。」「いつものことでしょ。雪彦がいつもみてるのが七時からあるし、私たちは九時からニュースと ドラマみるから残った一台に予約って紙貼っておいて。」母と妹たちはいま香港のドラマに夢中だ。中国・韓国・トルコ・ブラジル・インド出身の歌って踊れる主人公五人組に夢中で誰が一番かっこいいかでいつもかしましい。
「でも何で二台いるの。」
「王座戦挑決も今日」
「そう、今日はゴーヤチャンプルよ。ゴーヤ洗って、綿とって、豆腐を水切りしておいてね。」
そういいながら母は着替えるために自室へ行ってしまった。息子への挑戦者が誰になるかは興味がないらしい。囲碁と将棋の違いはあれど対戦相手を気にしないというのはタイトルフォルダーの家族を二十年やってきた生活の知恵なのかもしれない。

(2)
 父たちが使っている離れにも母の部屋にもモニターはあるけれど子どもが使えるモニターは居間にしかない。宿題の調べ物でも使うから子ども四人でモニターが四台、一人一台に見えるけれど父とあーちゃんは自分たちの部屋で対局中継(含録画)をみることを母に禁止されている。理由は夢中になりすぎて食事を忘れるからだ。昔、離れで見ていて何回も食事だと母が声をかけたにも関わらず気づかなくて怒らせたらしい。母の方針で子ども部屋はあるけど荷物を置くためと眠るためだけの部屋で勉強も遊びも居間でしてた。だから中継されている対局をみながら父とあーちゃんの二人がああだこうだと検討(時々脱線して碁と関係ないことが争点になる。母はいつもの痴話げんかでしょと気にしてない。)しているのも、今日の父のようにモニターに向かって相方の対局についてああだこうだ言うのもいつもの見慣れた光景だ。そのせいかプロになった時に将棋の勉強用の部屋をもらったけれどここ一番というときに使うくらいで騒がしいところで集中力を養う訓練といいながら学校の勉強も将棋の勉強も居間でしてた。妹たちも今年は受験勉強大変と言いながら弟が騒ぎながらアニメをみ、父たちが騒がしく検討しているこの部屋で勉強している。母は子どもが一人でもいれば居間にいる。自分の仕事の勉強もここでしているし、疲れたときには居眠りもしている。そしてこの部屋を最後に出るのはたいてい母だ。

 あーちゃんは本名塔矢アキラ、囲碁の棋士でタイトルフォルダー三冠。表向き母の愛人その2(公表不可)、ちなみに表向き母の愛人その1(公表可)は父だ。この家の四人の子どものうち妹の片方と弟の生物学上の父親はあーちゃんで俺ともう片方の妹の生物学上の父親は父だ。でも四人とも戸籍上は認知されていなくて父親は空欄になっている。母が決めたことらしい。父もあーちゃんも碁バカの世間知らず(妻の母や加賀さん談)なのでこの家の碁以外のことは母が決めることになっている。だから生物学上の父親が誰であろうと俺たち兄弟姉妹は父を「おとうさん」と呼びあーちゃんのことは「あーちゃん」と呼んでいる。

(3)
 あーちゃんは実際は母の愛人その2(公表不可)ではなく。父の神の一手を目指す同道者(公表不可、囲碁・将棋界では口も聞かない犬猿の仲ということになっている。)兼ライバル兼愛人その1(公表不可)だ。母も含めたこの三人の関係はよくわからない。特に母とあーちゃんの関係は父を間に挟んだライバルなのか?じゃあなんで母はあーちゃんの子どもを産んだんだ。大人になればわかるかと思ったこともあったけれど社会人になり(学生兼業だけど)、結婚し、一児の父となり、二十歳になったけれど今でもわからない。妹と弟は父が望んだことなのだということ、誰もがほかの二人を大事に大切に思っているのはわかったけれど。

 父やあーちゃんは相方の対局の時、犬猿の仲のせいで棋院で行われている検討に参加できない。特に終局後の検討が白熱して相方の帰りが遅くなったときは家に残った方は対局相手に嫉妬するのか普段は一緒に六時には起きてラジオ体操と乾布摩擦をして一局打つのにそういった日の翌朝はたいてい昼過ぎまで仲良く布団の中だ。母は気にするだけ無駄とさっさと仕事に行ってしまう。見物(みもの)なのはどちらかがタイトル戦などで三泊だの四泊だの不在になったときだ。残された一人は二日目の昼くらいまでは我慢が効くらしいが母が仕事から帰ってきたあたりから迷子の子犬のように母に引っ付いている。夜も普段の離れではなくて母の部屋で休んでいる。これがもう一人が帰ってくると二人で母に引っ付いてて短くても二晩、長いときは長いときは一週間以上三人で一緒に寝てる。三人とももうなのか、まだなのか四十六歳。姪より年下の叔父さんとか叔母さんができる覚悟は必要なんだろうか。

 子どもの頃は友達の家には親は一人か二人しかいないと言うのが不思議でならなかった。そのせいで幼保園や小学校で家族について絵や作文を書いたとき物議を醸したこともあるけれどこの三人が親でよかったと自分が親になってそうおもっている。が親父さんうるさすぎ。夕飯食べたらさっさと将棋会館に行こう。最近、妻に色目を使っているヤツがいるから心配だ。

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