パッチワーク 2005.02 アキラ

(1)
 先月の終わりから彼はずっと僕の部屋に泊まっている。家に帰るのは三日に一度着替えを取りに行
くときぐらいだ。理由はあの女の受験だ。彼より下宿しているだけのあの女が優先されるのはおかし
いと思うが彼が泊まり続けてくれるのは嬉しいのであまりその話はしない。彼の言葉の端々から分か
るのは彼のお母さんがあの女の受験に神経質になっていて家の中のピリピリとした雰囲気を嫌がって
彼が僕の家に避難してきたらしいことだった。

 この季節は僕にとって憂鬱な季節だ。

 三年前の彼の復帰後はどちらかが手合いのある日は手合いが終わったあと二人で検討をするように
なった。最初は碁会所を使っていたけれど外野がうるさかったり、中途半端なところで市河さんが帰
る時間になって出なくてはいけなくなったりでいつのまにか検討は僕の部屋でするようになった。彼
を知るようになって驚いたのが彼が親の言いつけを守るタイプだったことだ。彼は仕事以外で外泊禁
止だった。二人とも手合いのあった日は検討が終わるのが三時・四時が当たり前で遅いときは朝八時
までかかったこともある。彼は二時間置きに親御さんの携帯にまだ終わらないとメールを入れ、終わ
るとメールを入れ始電が動き出す前だとタクシーで帰っていった。そんなことが何度かあったあげく
僕の部屋についてはいつでも泊まっても良いことになった。

 彼は泊まるようになる前は着替えなんて持ってきてはいなかったから夏など検討の前に一風呂と言
うときは着替えに僕の服を貸して検討のあいだに着ていた服を洗濯・乾燥させた。そのために洗濯機
は実家から持ってきた二槽式を最新型の乾燥まで自動的に出来るタイプに買い換えた。下着はまだ封
を開けていないさらの下着を渡していたけれど僕の不注意で切らしてしまったとき慌てて買いに行こ
うとしたら「いいよ、いいよ。お前病気なんか持ってないよな。使ったのでいいから貸して。」僕に
気を許している証に思えて内心はとても嬉しかったけれどそれを隠してきれいなのを選んで渡した。
手がかすかに震えていたのを彼は気づかなかったはずだ。

(2)
 彼が帰ったあと僕の手元には彼が湯上がりに着ていた服が残るようになった。最初のうちはそのま
まビニール袋に入れて取って置いたらかびが生えてしまった。仕方ないので洗濯をしてから取ってお
くようにした。今入れているチャックの付いたビニール袋の存在を教えてくれたのは芦原さんだった。
夏ばてした僕のために冷製トマトスープを作ってくれた。冷凍庫に入れるようにと渡されたそれには
日付やメモが表面に書けるようになっていた。チャックも付いていた。スーパーで売っていると聞い
て行ってみると大きいサイズがあった。他にも防虫剤や除湿剤もあったので買ってきた。今は冷凍用
のチャック式の袋に洗濯の終わった服と防虫剤・除湿剤を入れ表面に日付を入れて両親の服や僕の季
節外の服をしまっている部屋に専用の箱を置いて保管している。

 彼に浴衣を着てもらうようになったのは窮余の一策だった。彼の着た服を保管するようになって段
々僕の手持ちの服が少なくなってきた、そんなとき香港にいる母から浴衣を何着か送るように頼まれ
た。言われた箪笥を開けてみると家族全員の浴衣がそれぞれ数十着づつは入っていた。そういえば浴
衣の好きな両親は毎年何着も新しい浴衣を作っていた。僕は興味がなかったけれど僕の分も毎年増え
ていたようだ。見覚えのない浴衣がたくさんあった。

(3)
 彼も浴衣は気に入ったようで泊まるようになっても着替えを持ってこなかった。誤算だったのは僕
の気持ちだった。検討しているうちに興奮のためか動作が大きくなってはだけてしまう浴衣。彼の上
気した肌。一緒に寝ていて夜ふと気付くと躰に下着と帯しか残っていない彼。僕は徐々に僕が彼をど
のように好ましいと思っているかその種類に気付いてしまった。これまでだって女の子を可愛いと思
ったことは何回かある。でも触れたい、抱きしめたい。他の誰にも触らせたくない。自分だけを見て
いて欲しい。そんな風に思ったのは彼が初めてだった。でも、彼にはあの女がいた。彼は一緒に寝て
いるだけだと言うけれどsleepだけじゃないのは感じていた。この気持ちを彼に知られたら嫌がられ
るかもしれない、気味悪く思われるかもしれない、僕から離れて行くかもしれない。でも、もし、僕
の碁が彼の碁に必要であれば嫌われても、気味悪く思われても、僕と離れたいと思っても彼は僕のそ
ばにいてくれる。彼のそばにいつつけるために、彼に必要だと思ってもらうために僕はこれまで以上
に碁に打ち込まなくてはいけない。

 彼にキスマークをつけるようになったきっかけは録画の取り間違えだった。緒方さんと倉田さんの
対局を録画したはずだった。でも彼と二人見始めたらなぜか同じ時間帯の別の放送局の番組だった。
生活の知恵を実験する番組で僕は機械を止めようとしたけれど彼がおもしろそうだから見てみようと
言いだした。そこで紹介されていたのがキスマークの消し方だった。僕はキスマークも、キスマーク
の付け方も知らなかった。彼がそんな僕に呆れて自分の腕にして見せた。彼のきれいな白い肌にピン
クの小さな花が咲いた。「ほら、お前もやって見ろよ。」僕も自分の腕で試してみた。虫に喰われた
後のようだった。僕も彼の肌に花を咲かせたかった。その夜、布団の中で一つのアイデアが浮かんだ。
彼より先に目が覚めた僕はまだぐっすり寝ている彼の腕にキスマークを付けはじめた。とうとう彼が
目覚めてしまった。

(4)
「おい、なにしたんだよ」
「良いアイデアが浮かんだんだ。どっちが朝食の準備をするかこの前決められなかっただろう。」
「それで」
「二人のうち後からお起きた方がする。」
「お前の方が早起きじゃんか。俺に押しつけるなよ」
「だからゲームをしよう。」
「ゲーム?」
「先に起きた方が後から起きた方にキスマークをつける。後から起きた方がその数を当てられたら先
に起きた方が朝食の準備をする。」
「うーん」
「何か他にアイデアあるかい」
「うーん」
「代案がないならとりあえずこれでやってみて、何かアイデアが出たらまた考える。」
「うーん」
こうしてこのゲームは始まった。時々もしかしたら彼は僕の気持ちに気付いているのかもしれない。
言っても大丈夫なのかもしれない。そう思うことがある。でも臆病な僕は彼を失うことが怖くて言え
ない。

 バレンタインデー、女の子が好きな人に告白できる日。もう、そんなのは建前でしかないけれど好
きな人に好きだと告げることの出来ない僕にとって街でチョコレートとカップルばかり目に入るこの
季節は憂鬱な季節だ。

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