月下の二人
[ガンパレードマーチ]より
久の字作
冷たくも暖かい蒼い月の光が校舎に落ち、昼間の喧騒が消えた教室の中にも光を入り込ませて薄暗くも幻想的に二つの人影を照らし出していた。
月の光で作られた人影のちょうど顔の部分が繋がる。息遣いの色がくぐもり、水音が立つ。
「ぷふぁ・・・・・・。」
背の低い方の顔が離れ息を吐く。それにあわせるように腰を屈めていた長身の男が姿勢を戻す。どちらも、じっとお互いを見つめ合う。ただし、長身の男の方は目深に被った帽子のせいで目元も表情も分かりづらい。
「・・・・・・こういう時ぐらい、帽子取ってください。」
すねたように、背の低いバンダナの少女が言う。
「・・・・・・ああ。」
少女が男の背中に回していた腕を放し、男の帽子を取ると金髪がこぼれた。そして蒼い瞳。
彼の名は、来須銀河。5141部隊のスカウト。
「ん、どうしたの?不思議そうな顔して。」
バンダナの少女が来須の顔を覗き込む。屈託のない、しかしどこか戸惑う瞳を投げかける。媚びた感じはしない。
「いや、なんでもない。」
顔を逸らして、来須は答える。その態度に少女は戸惑いを深くする。
「言ってください。気に・・・・・・なります。」
来須に問う少女。
「気にするな、森。」
来須が少女の名を言う。森精華、小隊の整備兵の中では、1,2を争う整備の腕を持つ、来須の恋人である。三日前にはただの同僚であったのだが。
「精華。」
ポツリと恨めしそうに森が呟く。
「ん?」
「精華。二人きりの時はそう呼んでください。」
顔を赤くして、森は恋人に言う。
「・・・・・・・・・・・・」
来須は顔を逸らしたままで、表情を変えてはいない。しかし動揺で屈強な体がかすかに震えたのを森は感じていた。
「きゃっ!!」
背中に回されていた来須の腕がゆっくりと、森の腰へと下がっていく。伸長差が有るためにどうしても来須が圧し掛かるような格好になってしまう。
「・・・・・・・・・」
背中を通り、腰に辿りつく。やっぱり顔は森から背けたままである。
「ちょ、やだ。どこ触ってるん?」
口では嫌がる森だが、腰を抱かれたドサクサに紛れて今まで以上に体を密着させる。それを知ってか、ワサワサと腰に回された来須の手が動き、森のお尻へと今まで以上の遅さで下がっていく。
「や、ん、駄目・・・です・・・・・・。」
恥ずかしそうに俯き、来須の腕に自分の手を添えて外そうとするが、鍛えられた筋肉に鎧われた腕はビクともしなかった。森も本気で外そうとはしていなかったが。左腕で森の腰を抱いて、右手で彼女の履いているジーパンのベルトを外しに掛かる。が、しっかりと留め金がかかっているのと、来須から留め金が見えないこととが、ベルトを外すという簡単な行為を難解にしていた。
外れない焦りと苛立ちと恥ずかしさで手がもたつくのが分かる。
「自分で外します。」
いたたまれなくなったのか、来須から少し離れる森。金属が擦れる音とジッパーの開くジジジという音。
体を重ねるのはこれで二回目。たしかに初めての時は自分で服を脱ぎ、全裸になった。彼に脱がしてもらうのは初めて。
彼も女の子を脱がすのは初めてのはず。焦るのも分かる。しかし今日の、戦場から帰ってきてからの来須はどこかおかしかった。ウォードレスを脱ぎ捨て、フラリとどこかに行ったと思ったら、士魂号の応急処置を終えて一息ついた自分を、ハンガーから誰もいない教室に連れてきた。
月明かりの教室。逢い引きの場所としてはここの雰囲気はよいのだが、森は来須のことが気掛かりだった。
またキスしようと顔を近付ける来須を制するように、両手で来須の顔を包み込む。
「私は不器用な人間です。してほしい事があるなら言ってください。」
泣きそうな顔をしている。森は自分で気付いていた。
刹那と永遠の沈黙が流れた。
「お前は、」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「お前は生きて・・・・・・いるよな?」
来須が掠れるような声で呟く。静かな月夜にハッキリと聞こえた。
「・・・・・・・・・・・・」
森は何も言わずに来須の頬を持っていた手を来須の頭の後ろに持っていき、自分の胸に頭を埋めた。
「心臓の音、聞こえます?暖かいですよね?」
窮屈そうな格好になってしまった来須の頭を胸に抱え、森は金色の髪を空く。
「友軍のスカウトが目の前で死んだ。」
来須がつぶやく。戦争なのだ。友軍が、仲間が目の前で死ぬ。そんなことはザラにある。
この金髪の戦士は知っているはずだ。経験していても不思議ではない。
「目の前で、腹を突き破られて、死んだ」
来須は小さな震えとともに続ける。
「そいつの顔が見えた。・・・・・・・・・女…だった。」
月光に光る碧い来須の瞳が潤んでいるように見える。
硝煙と土煙の中、ウォ―ドレス「可憐」を纏った来須は疾走していた。どこかで生きているラジオからか流れている陽気なポップスが戦場という異常空間を演出していた。
「来須、前方500にミノタウロス3体!現在友軍が戦闘中、全力で援護に回ってくれ。」
ヘルメットのスピーカーから瀬戸口の声が聞こえる。その裏で委員長の大声と断続的な機関砲の音が同じくらいの大きさで響く。おそらく撃っているのは石津だ。ののみの声はそれらにかき消されてしまっている。
「了解。」
短く応答し、目の前に集中する。この辺りの地図と青い光点と黄色の光点。そしてそれを遥かに越える数の赤い光点が視界に現れる。指揮車からのデータか送られてきて、地図上の青い光点の一つから黄色の光点の固まっている一角に一本の線が引かれる。
「ココか。」
誰とも無く呟く。ガリッと砕けたアスファルトを踏みしめ、纏った可憐の人工筋肉に力を撓らせ、地面を蹴る。一気にトップスピードに達する。
400、375、300。
一気に周りの風景が後ろに流れていき、新しい景色が現れる。そして、また流れていく。目の前に崩れかけたビルが迫ってくる。地図上では大きく迂回した線が見える。このビル郡の向こうが交戦場所である。
「ままよ!!」
スピードを落とさずに、眼前のビルに突っ込む。そして力の限りに大地を蹴り、ビルを飛び越えようとする。しかし、飛距離が足らずに壁面にぶつかりそうになる。
「っちぃ!!」
咄嗟にカトラスを抜き、壁に突き刺し、それを支点に勢いを殆ど殺さず、ビルの上に飛び上がる。そしてまたスピードを上げていく。
「(見えた!)」
前方に爆音と銃声、叫び声が聞こえる。黄色の光点が一つ消える。友軍の兵士が死んだことを意味していた。
「・・・・・・・・・」
何も言わずに疾走する来須。
150、100、50。
ビルの上から、ミノタウロスが3体確認できた。そして、4人のウォードレスが確認できた。しかし、すぐに3人に減る。
「おおおぉぉぉ!!」
雄叫びを上げ、アサルトライフルをミノタウロスの頭に合わせて、フルオートで撃ちながらビルの上から飛び降りた。連続した発射音が響き、ミノタウロスの頭が吹っ飛ぶ。
「次!」
膝で衝撃を和らげて、地面に降り立つ。ミノタウロスの一体が気づき、身体を来須に向けるがそれより早く来須の回し蹴りがミノタウロスの腹に連続してヒットする。そのままの勢いを殺さずにカトラスの斬撃を食らわす。よろめくミノタウロスにトドメのカトラスを突き立てる。返り血が装甲を朱の染める。
「ラスト!」
叫ぶ来須。倒れたミノタウロスからカトラスを引き抜き、最後の一体に向かう。
こうしている間にも一つ、又一つと黄色の光点が消える。叫びとともに。
ミノタウロスが前足を払い、友軍のスカウトを薙ぎ倒す。避けられずにスカウトが吹っ飛び、瓦礫に突っ込む。苦痛に転げまわるスカウトを他の友軍が物陰まで引っ張り込もうとする。名前なのか必死で何かを叫び、ライフルで牽制しつつ、ジリジリと後退する。他の友軍も援護している。しかし、決定打にはなっていなかった。
「間にあうか?」
来須は焦っていた。このままでは友軍の全滅は免れない。
ブゥンと風が鳴り、ミノタウロスの2撃目が放たれる。目の前の二人が吹っ飛ぶ。一人はビルに壁に打ち付けられたが、ふらつきながらも立ち上がる。しかし、もう一人の、ウォードレス「久遠」を着たスカウトは絶命していた。瓦礫の中の露出した鉄骨に装甲ごと腹部を貫かれ、衝撃のためかヘルメットが割れて顔が見えていて。栗色の髪をした彼女は、目を見開いて絶命していた。
それを見た後の来須の記憶は曖昧だった。いつの間に幻獣を倒した?友軍は無事だったのか?戦闘が終ったのは何時?帰還したのは? 曖昧で虚ろで、現実感が希薄で、夢なのか現実なのか判らなかった。断片的に覚えているのは、幻獣の血に塗れた自分のウォードレス。若宮や滝川たちが何かを話し掛けるのを生返事で答える自分。校舎に帰ってきても、そんな感じだった。校舎に帰ってきて森の顔を見るまでは。
「ふう」
長いのか短いのか判らない時間が過ぎて、何かを吐き出すようにため息を尽き、来須は森から離れた。
「悪いな。変な所を見せて。」
来須は照れつつも、目を逸らさずに森の瞳を見つめる。
「いいですよ。」
また、来須の頬に触れる。さっきとは違う、優しいタッチで。
「また何かあったら、言ってください。少しは楽になります。」
森は嬉しかった。自分に弱さを見せてくれた来須。不謹慎かも知れないが恐らく自分にしか見せない部分をさらけ出してくれた来須をかわいいとさえ思った。
「二人だけの時だけです。」
ニッコリと笑い、森はオチを付ける。
「フフッ、分かった。」
来須は笑いながら、それに答えて、森の頬を撫で返す。肌のスベスベとした感触が心地よい。森もイヤではない様子でウットリとしていた。
「目を閉じてろ。」
そっぽを向いていた来須がやさしく言う。
森は素直に瞳を閉じる。
唇に優しい、暖かい感触。最初のキスはぎこちなかった。ファーストキスはぎこちなく、さっきのキスは一方的。やっと恋人のキスにたどり着いた。
「んん、んふぅ」
森の舌が、来須の歯茎をくすぐり、お返しとばかりに来須の舌が森の口を蹂躙する。
「んん、ぷはぁ」
どちらかともなく離れる。ボゥと来須を見つめる。
「うまいな、お前。」
「ばか。」
真っ赤になりながら森は呟く。
スッと来須の手が動き、太腿に移動する。
「や、ん。」
真っ赤になりながらも森は拒まずに、来須の自由にさせる。太腿からお尻に来須の手が滑る。森は来須の意図を理解し足を開く。森の腰を追おう薄い下着に来須の指が掛かると、ビクンと森が反応する。
「・・・・・・」
何も言わずに来須は、下着を一気に降ろす。真っ赤で来須の顔もマトモに見られない森は、顔を逸らしてしまう。その仕草が来須にはなんとも可愛く思えた。
「きゃん!」
森の腰を抱き、ヒョイと手近な机に降ろす。
「う"〜」
恨めしそうに森は来須を睨む。ごまかすように来須は森の耳を食み、舌を這わす。その感触に森はブルッと身体を震わす。
来須は森のお臍を撫で、森の茂みへと指を進ませる。森は拒まない。
ヌチャッと綻んだ秘裂が蜜を吐き出し、男を迎え入れる準備を整えていた。
「濡れてる。」
森の耳元で囁く。それに反応するように新たな蜜を吐き出す。
「なんでだろ。」
素直に答えたのは照れ隠しなのか、思考に霞が掛かり始めたからなのかは分からない。上目遣いで来須の青い瞳を見つめる。彼との行為、一人での行為でもここまで濡れることは無かった。
「ねぇ・・・・。」
潤んだ瞳で来須を見つめる森が甘えた声で呟き、
「きて・・・・・・ください・・・・・・・。」
腕を広げて、最愛の男に懇願する。
来須のペニスは当の昔にいきり立っていた。ズボンを押し上げていたそれを露わにする。来須の身体に見合った大きさのペニスは、初体験時には森にとって文字道理の凶器と化していた。それゆえに来須は、
「いくぞ。」
森がコクリと頷いたのを確認した来須はゆっくりと腰を進めた。
「んんん」
息を吐き、初めての交わりの時にあった痛みに絶えようとした。しかし、異常なほどに蜜を湛えた花弁は痛みを皆無にしていた。
「・・・・・くっ・・・・・・、」
来須もその異常さに戸惑った。初めての時は森が余りにも痛々しい為にただ早く終わらせようとするSEXだった。いまの森は違っていた。痛みでは無い、何かに耐えるような表情で。赤みを帯びた表情。そして、焼けるほどに熱い森の腟内。淫靡で可愛く、綺麗ではかなげ。何とも言えない感情が来須に駆け抜ける。
力の限り抱きしめたい。
優しく髪の感触を感じたい。
泣き顔を見たい。
感じる表情を見たい。
気持ちよくなりたい。
気持ちよくさせたい。
来須がゆるゆると腰を動かし、愛液に塗れた肉を刺激していく。そしてゆっくりと、しかし確実にスピードを速めていく。
「んんん、ふんん、んんんぅんん!」
来須の背をしっかり抱く森の腕に力が篭り、女の本能か足で来須の腰に絡ませる。
「くる………銀河ぁ……」
愛しい男の名前を呼ぶ。
「……精華。」
グッと森を、いや精華を抱きしめる銀河。けっして命を作り出さない子宮に熱い精液が流し込まれる。第四世代の子供、いやオリジナル以外は生命を宿さない、それがここでの普通なのである。
汗ばんだ手をからめる二人。腕に埋め込まれた結晶体を合わせる。赤い多目的結晶体がこすれて軽い音を
立てる。互いの意識が流れ込んでくるような感覚がある。暖かで優しい感情に包まれる二人。
碧い月光に静まり返る教室に、恋人たちの息づかいが静寂を止める音となっていた。ゆっくりと顔が近付く。
どちらともなくキスを求めていた。言葉はいらない。体のぬくもり心臓の音、存在を示す証しがあればよかった。ジッと愛しい者を見つめていた精華が瞼を閉じる。暗闇が支配する。しかし怖くはない。銀河の鼓動が、息遣いが聞こえる。それだけで安心できた。間を置いて、銀河が瞼を閉じる。薄目を開け、つねに周囲を警戒する騎士のキスのように。愛する者を守り通すための誓いのキス。
「あの〜」
時間が凍った。
「フフフ、忘れ物をしてしまって。」
白い顔の男、岩田は固まった二人にお構いなしに、森の後ろに回り、座っていた机の中を物色する。
「あぁ、ありました。私はこれを抱いてないと眠れないのです。」
そう言って机から布状の物体を「靴下」引っ張り出すと大事そうにポケットにしまい、いつもの可笑しな歩き方で教室の入り口に歩いていった。
「そうそう。」
クルリと一回転半して、岩田が振り替える。
「フフフ、もう遅いです。明日、いえ今日に疲れを残さないために早く寝たほうがよろしいでしょう。」
恐るべしは白い珍獣か、気配を微塵も感じさせずに、ここの雰囲気に潜入し、嵐のように去っていく。
残ったのは呆然とする、恋人たちであった。
後日、岩田に靴下を渡す来須と森の姿を目撃したとか、していないとか。