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「会長ー!」
夕暮れの教室でポッキーを食べてる私の前に、にーにー叫びながら赤福が飛び込んできた。
「なんだよ、あの貸してくれた漫画!」
「もう読み終わったの、宮下キツネ」
漫画を持ち込んで回し読み、は北高全体で立派な娯楽文化の一つだ。
あたしは生徒会長だし恐怖政治も敷いているけど、古典的自由主義は理解している。
黒い布を頭から被る忍者の装いも、自由の一つとして放任しているわけだけれど、
両目しか外に出ていないのがちょっと不都合だ。
表情の見えない布の上から、赤福は頭をがりがりひっかいた。
「俺は胸がキュンキュンするようなのが読みたいって言ったじゃないか」
「厳選したでしょ」
「読みたいのはBLじゃないんだよ。違うジャンルないの?」
「貸してやってるのに文句言うんじゃねえ」
あたしはスクールバックから読みかけてた本を引っ張り出す。
「田亀とヤマジュンどっちがいい?」
「ジャンルっていうのは絵のジャンルじゃなくて!」
「あーわかった。あさぎり夕と長野まゆみならどっち?」
「媒体じゃなくて!」
赤福は絶叫した。
しかし腐っても忍者。情報が漏れないようにこんなときまで徹底的に忍者語だ。
はたから見ると高三男子が「にーにー」言ってるようにしか思えない。
あたしが忍者語わかるのは……
こいつが自分で気付くまで、教えてなんかやるかって思ってるけど。
「腐ってない会長を期待したのに……」
「お前は今までに腐ってない納豆を食べたことがあるのか?」
「あれは腐敗じゃなくて発酵だから……」
「つうか、恋愛漫画読みたいなんて、いきなりじゃない。そういうの興味ないと思ってたのに」
「いや、息抜きにさ」
赤福の居る放送部は、もうすぐ大会がある。
今も本当なら練習中だ。
あたしは急に、目の前の忍者が、他の部員になんて言って抜け出してきたのかが気になった。
赤福は目の前の席の椅子を拝借して、対面に座った。
「少年誌ってバトル多いじゃんか。読んでるとこっちも忍者の血つうか、燃えてきて止まらないんだよね。
大会近いしさ、気合はいるのはいいんだけど、はいりすぎても変になっちゃうし、全然違うの読んで息抜きしたいんだ。
いやまあ、恋愛小説朗読とかの、参考になるかもしれないし」
手振りつきで説明される。
「ときめきたいなら目の前に、ほれ。女子がいるでしょ」
「会長冗談きついよ」
目の前の鈍感野郎は思いっきり殴った後、あたしは自分の椅子に体重を預けて、ゆりかごみたいに揺らした。
そのうち、教室の中はあたしポッキーを噛む音だけが響いていた。
そういえば、珍しいな。赤福と教室で二人っきりってのは。
「にー」
なんだ。
「もう三年だからさ」
知ってるよ。
お互いわかってたじゃないか。
一年のあとは二年、二年のあとは三年。
数えているのは増え方じゃなくて、残り時間のカウントダウンだ。
「なんか残したいんだけど、すっごい怖いんだ。大会のこと考えると。
のと君が来て、ボスも出るようになって、女の子も入ったのに。
部長がだらしなかったら駄目だなってわかってるんだけど
チャンスだってわかってるんだけどね。あー」
お菓子が思ったより大きい音を立てた。
乾いてて、あっけない。
折れちゃうのって、努力も要らない。
「三年なんだよな」
赤福は繰り返した。
最後なんだよな、って言ってるみたいだ。
まあ、最後だ。卒業したら色々変わってしまう。
「……なんか、決めちゃえば。優勝したらこうするとか、負けたら罰ゲームとか」
「あはは、罰かあ。会長の手下になるとか? 会長には廃部の話のときの、恩があるもんな」
「そうよ。せっかく猶予をやったんだから。あんたこれで入賞しなかったら、あたしの命令に絶対服従だからね」
「自腹でアンパン買いにいかされたり」
「後から「焼きそばパンだろ!」って言って、また買いなおしね。それもあんたの自腹だから」
「古いっ」
「その台詞は忍者頭巾しながら言うんじゃねーっ」
赤福は笑った。あたしからは細めた目だけが見える。
思い切り近づけば、その黒目に私がどんな顔しているのかも見えると思う。
でも、見たいのはそれじゃ無いんだよな。
「…めて見たけど、それ新しいの?」
「え、なに?」
「さっきから何食ってるんだろうと思って。その色、チョコじゃないよな」
「ああ、期間限定のポッキー」
「すごく……青いです……味なに? 青色四号?」
「食べてみる?」
あたしは残りの少ない子袋を差し出した。
赤福はうなずいて、頭巾をずらした。
唇が見えて、そこに笑顔の名残みたいなのを見つけて、あたしはほっとしてしまった。
大丈夫だ、こいつ、ちゃんとあたしと居ても楽しがってる。
布一枚の不安に過ぎないけど、ずっと最後の一歩には大きかった。
イタズラで脱がしたことはあったけど、自分から脱いでくれたのはこれが初めてだ。
最後のチャンスかも、と思えば体が勝手に動いた。。
机に身を乗り出して、思いっきりなんてレベルじゃなく、アタシは赤福の顔に近づいて、
舌を舐めた。
唇なんてのはよくわからなかった。
なにか言いかけて開いてた隙間に、舌を伸ばして熱を感じただけだ。
唾液の粘りが、名残惜しそうに糸を引く。
すぐに体を戻して赤福を見ると、ぽかんとしていた。
ぽりぽり、とあたしがポッキーを食いなおしている間、口をモゴモゴさせていただけだ。
まあそれを知っているということは、つまりあたし達はずっと見詰め合っていたんだけれど。
「何するの、大会優勝したら」
赤福は「なんで話が戻るんだ」とか、「いまそれどこじゃない」、なんて言いたそうな顔をして真っ赤になっていた。
ええい、変なとこで忍ぶな。
「だって敗退したらあたしの手下でしょ。だったら、勝った時の条件付けなきゃ不公平じゃない」
「……メロンパンを焼きたて五分以内に買いに行かせる」
「……ばかっ、ここまでしたんだから、あたしにここから先を言わせんじゃねーよ!」
「い、いいのかよ会長、今かなりエロいことしか考えてないんだけど、言っちゃってもいいんだな姉御!」
「誰が姉御だ!」
赤福は身を乗り出して、内容を耳打ちした。
うわっ。
そんなプレイあるわけ?
今のあたしの顔も、きっと見れたもんじゃないぞ、これ。
夕焼けの赤い光にまぎれてればいいけど。
「会長絶対な、優勝したら絶対な! うおー、なんかめちゃくちゃやる気出てきた!」
「うぐっ……買ったらだから、優勝したらだからね! あーもー、変態のせいで味わかんなくなった!」
「どれ」
忍者野郎は最後のポッキーをかっさらって食い尽くした。
ソムリエみたいな顔して、
「えっと」
赤くなって笑いながら言う。。
「会長の味がします」
「ばかっ、親父!」
// 終わり
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