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 恋の命日(前編)

【メインCP】イギリス→リヒテンシュタイン(→スイス)
【傾向】 陵辱、リヒの自慰描写あり
【その他】
 初投下です。イギリスがかなり孤独で酷い奴です。


ある夏の日のことだった。
リヒテンシュタインは、世界会議に出席するためにロンドンの古いホテルに宿泊していた。
今までは兄のスイスと同じホテルに泊まっていたのだが、今回は部屋の空きが1人分しか無かったために、彼女は兄と離れて1人でこのホテルに泊まることになったのだ。
(何だか、変な感じです)
普段は食事をする時も買い物に行く時も兄と一緒にいる。
だから、長時間兄と離れているということ自体が本当に久しぶりだった。
しかし、リヒテンシュタインは楽しみにしていることがあった。
それは兄が一緒にいる限り出来ないことだったので、彼女はいたずらをする前のような高揚感に包まれていた。
コン、コン。
(…いらっしゃいましたわ)
やや控えめなノックの音がした後、リヒテンシュタイン、と彼女の名前を呼ぶ声がした。
はい、とすぐ返事をしてドアを開ける。
明るい金髪と太い眉毛が印象的な青年――イギリスがそこに立っていた。
「すまない、遅くなったか?」
「いいえ、時間より早いくらいです。わざわざお出で下さり、本当にありがとうございます。」
そう言って深々と頭を下げると、相変わらず礼儀正しいな、と呟いてイギリスは優しく彼女の頭を撫でた。
「防寒具は持って来たか?この時期、俺の家は寒いからな」
「はい、持って参りました。それにしても、イギリス様のお家の美しい町並みには、いつ来ても感銘を受けますわ」
「…褒めても何もでねえよ」
イギリスを部屋に招き入れながら何の気なしにそう言うと、彼の白い顔がみるみる赤く染まり、ぶっきらぼうな答えが返ってきた。
 
実はリヒテンシュタインはこのイギリスに、2人の共通の趣味である刺繍の手ほどきを何回か受けていた。
会議で討論している兄を待っている間、自分のエプロンに刺繍をしながら時間を潰していたら、それを見た彼に話しかけられたのがきっかけだった。
最初は彼のような大国が自分に話しかけてきたこと自体に驚いたが、会話が進むにつれて、男性なのに刺繍が好きだという彼の可愛らしさにすぐ好感を持った。
それ以来、リヒテンシュタインはイギリスに会う度に刺繍を習っていた。
しかし兄は彼女がイギリス(というよりこの世の全男性)と親しくなることに露骨に眉をひそめたため、なかなか会う機会が無かった。
そこで、今回兄と違うホテルに泊まると知ってすぐ、イギリスの会う約束を取り付けたのだった。
「それでな、ここはこうやって糸を交差させて…おい、聞いてるか?」
「あ、すみません…」
リヒテンシュタインはイギリスの丁寧な指使いにすっかり見惚れてしまっていた。
あわてて針を動かしたら、自分の指を刺してしまった。
「痛っ…」
「おい、大丈夫か!?」
慌ててイギリスがポケットから絆創膏を取り出した。
「大丈夫です、お気遣い無く……あの、」
「良いから」
手際良くリヒテンシュタインの指に絆創膏を貼るイギリスを見て、彼女は気難しい兄のことを思い出した。
彼は、兄に似ているような気がした。
一見冷たくて、偉そうで、ぶっきらぼうなように見えて、本当はとても優しくて、どこか可愛い。
「…ありがとうございます」
「これからは気を付けろよ」
お礼を言って、見上げた彼の顔が本当に優しくて綺麗だったから――だからつい、彼女は思っていることを彼に言ってしまった。
「イギリス様は、お兄様に似ていらっしゃいます」
「え?」
「普段は素っ気無いのに、本当はとても優しい――お兄様にそっくりですわ。だから私、イギリス様が大好きです」
そう言って無邪気に笑うリヒテンシュタインを見下ろすイギリスの顔に、先程までの優しさは無かった。
怒っているような悲しいような苦しいような、微妙な表情。
彼はたまにこういう表情をする時があって、その度にリヒテンシュタインは何だか落ち着かない気分になるのだった。
「…イギリス様?」
「あ、悪い…じゃあ、さっきの続きに戻るぞ」
機嫌を損ねてしまったのかとリヒテンシュタインは心配したが、その後のイギリスはまるでいつもと変わらなかった。
しかし、彼女の好きな、あの優しい表情になることは最後までなかった。

刺繍針をリヒテンシュタインの部屋に忘れてきてしまった事に気付いたのは、彼女が宿泊しているホテルを出て、しばらく経った後だった。
おそらく彼女は明日にはロンドンを発ってしまうだろうから、イギリスはすぐに刺繍針を取りに戻ることを決めた。
正直、彼女の顔はしばらく見たくなかったが、あの針は実はかなり高価なものなので――リヒテンシュタインに刺繍を教える時だけ使っている――背に腹は代えられなかった。
(イギリス様は、お兄様に似ていらっしゃいます)
先程から何度も心の中で反芻している言葉。
あの健気な少女の想いはまっすぐ兄に向けられていることは何よりも承知していた。
けれど。
(だから私、イギリス様が大好きです)
彼女の純粋な言葉に、こんなにも傷付いた自分がいる。
 
イギリスは誰かを愛し、そして愛された経験がほとんど無かった。
生まれてすぐ兄達から疎まれ、隣国からは憎まれ、唯一愛した弟は彼に銃を向けた。
現在は彼らとの関係はかなり改善されたが、それでも好んでイギリスと交流を持とうとする者はいなかった。
それが当たり前だった。
そんな彼に笑いかけてきた少女がいた。
嘘偽りのない、心からの優しい言葉をかけてきた。
それは本当に初めてのことで、孤独な彼にとってどれ程の救いになったかわからなかった。
会議が始まる前、もしくは終わった後のわずかな時間に、数少ない特技である刺繍を彼女に教える。
真剣に自分の手元を見つめる彼女。
一生懸命自分の真似をする姿に、思わず笑みが零れる。
そのささやかな時間の間、イギリスは幸せだった。
それだけで、彼は幸せだった。

イギリスは、自分のような者が誰かに愛されることを望むのは傲慢だと思っていた。
なのに、今自分は、彼女が兄しか見ていないことに傷付いている。
――いつから、リヒテンシュタインに愛されたいなどと思ってしまったのだろう。
リヒテンシュタインの部屋の前まで来たイギリスは、部屋の中から小さな声が聞こえてくるのに気付いた。
(…何だ?)
「…ん、んっ、あ…お兄様…んうっ」
ドアに耳を近付けると、それは確かにリヒテンシュタインの声であった。
しかし、イギリスの知っている彼女の声とはどこか違った。
苦しそうな、それでいて甘い響きの声。大好きな、兄を呼ぶ声。
一瞬、イギリスの頭に下品で最低な想像が浮かんだ。
しかしすぐに打ち消す。あの清純を絵に描いたようなリヒテンシュタインが、こんな場所でそんなことをするわけが無い。
きっと何かの病で苦しんでいるに違いない。苦痛で錯乱して、兄と離れていることを忘れているのかもしれない。だとしたら医者を呼ばなければ。
自分にそう言い聞かせながら、そっとイギリスはドアノブに手を伸ばした。
鍵は無用心にもかかっていなかったので、すんなりとドアが開いた。
イギリスはそのまま部屋に入り、中の光景を見て――目を見開いた。
 
そこには、ベッドの上で真っ赤に上気した顔で自慰に耽るリヒテンシュタインの姿があった。
「イギリス様…」
信じられない、といった顔でこちらを見るリヒテンシュタイン。
良くないとわかっていても、彼女から目を逸らすことはどうしても出来なかった。
「あ…ああ……ごめんなさい、ごめんなさい…」
自慰をしていた。あの、リヒテンシュタインが。可憐な細い声で兄の名前を呼びながら。
「お前…」
「っ……」
俯いた真っ赤な顔に潤んだ瞳。はだけた胸元。お世辞にも大きいとは言えない、申し訳程度に膨らんだ乳房が露わになっている。
捲りあがったワンピースの裾からは、陶器のように白く滑らかな肌をした太股が覗いていた。
そして、ふくらはぎまで下ろされた白い下着。
あられもないリヒテンシュタインの姿に、イギリスは下半身が熱くなるのを感じた。
「お願いします…どうか、お兄様には言わないで…でないと、でないと私…」
自分の恥ずかしい姿を隠そうともせず、リヒテンシュタインはイギリスに懇願した。
兄に、自分がしたはしたない行為を言わないように。兄の前では清らかな淑女でいられるように。
乙女の最も秘められた姿を男に見られたというのに、こんな時までリヒテンシュタインの頭の中は兄でいっぱいのようだった。

その時、どす黒い感情が自分を襲うのをイギリスは感じた。
――どうしてこいつは、
「どうか、兄には黙っていて下さいまし…何でも、何でもしますから…」
涙をほろほろと零しながら、同じ言葉を繰り返すリヒテンシュタイン。
繰り返せば繰り返すほど、イギリスの心は急速に冷えていった。
この少女の瞳に自分が映ることはなかった。今まで、彼女は自分を通して兄を見ていた。今は眼中にすら入っていないようだ。
当たり前のことだ。彼女はいつだって、兄のことしか考えていないから。
唯一の共通の趣味である刺繍も、実は兄に喜んでもらいたくて始めたということも知っている。
抉られるように痛んでいた心が、壊れる音を聞いた気がした。

「…脱げ」
「…え?」
「何でもするんだろ?スイスには黙っててやるから、脱げよ」
――ああ、もう心は壊れてしまった。自分が自分でなくなっていく。卑劣で最低な、獣以下の生き物になっていく。




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