エリザベートは死んでしまったのに
【メインCP】オーストリア×ハンガリー
【傾向】史実要素を含みます。暗い。微エロです。
【その他】実在の人物(王妃エリザベート)について触れているので、
苦手な方、思い入れのある方はご注意ください。
二重帝国時代の二人です。ラブラブではないかな?
うすら青い夏の夜。高く引っかかっているような月の照る夜。わたしとオーストリアさんは
わたしの家にいた。結婚してからは、普段はオーストリアさんのお家にいることが
多いから、この家に二人で揃うことは珍しかった。それに、オーストリアさんはあまり
私の国が好きではないようなのだ。彼のかつての女主人と同じように。
せっかくだからと敷いた絹のシーツはくしゃくしゃに乱れて、
窓を閉め切っているので二人とも汗だくで、それでも私たちは抱き合っていた。
触れた肌の温度と自分の中にうずめられているものの熱さに、くらくらしてしまう。
オーストリアさんの肌からは、獣じみた、男の人のにおいがしている。
華美ではないにせよきちん身なりを整えているオーストリアさんは、いつもいい匂いがする。
なのに、今は。わたしは面白くなって、わざとその首やら胸やらに鼻を押し付けて
大きく呼吸した。
「ハンガリー」
たしなめるように、オーストリアさんが低くつぶやいた。わたしが上目遣いに顔色を伺うと、
オーストリアさんは何か言いたげな顔をしたけれども、すぐにわたしをゆすり始めた。
「あぁ、んっ!やっ、アっ、きもちいです…っ!オーストリアさっ、ァ、きもちいいですぅ……!!」
媚びるように声を上げ、わたしは両腕をオーストリアさんの首に絡めた。
だけど、オーストリアさんは何も言わなかった。何も言わずに、わたしの唇をふさいで
激しく体を打ち付けてきた。何やってるんだろう、とわたしは一瞬だけ我に返り、
でもすぐにその熱と快楽におぼれた。そうでもしていないと、気が触れてしまいそうだった。
だって、シシィが死んでしまったのだ。わたしの、きれいで優しいシシィが死んでしまった。
妥協という名の婚姻が執り行われ、わたしとわたしの国は新しい国王夫妻を迎えることになった。
とても現実のものとは思えないくらいに美しい女王様は、わたしの国をいたく気に入ってくれていた。
ハンガリーでの戴冠式の日、女王様はわたしに白いドレスを送ってくれた。
あなたにとっては結婚式も同然なんだから、そう囁いてエーデルワイスの花を髪に挿してくれた。
わたしはもう天にも昇る気持ちで、いそいそと広間に移動した。
私の夫となるオーストリアさんは、いつものように静かな佇まいで、女王様のそばに立っていた。
ドレスを褒めてほしくて駆け寄ると、オーストリアさんは苦虫を噛み潰したような顔になった。
純白のドレス姿の私は、明らかに浮いていた。当たり前だ。これから執り行われるのは
私の結婚式なんかじゃないし、オーストリアさんにとってわたしは長らく女中として
使ってきただけの女だ。それが花嫁みたいに振舞うだなんて、
彼にとってはありえないことなのだろう。案の定、オーストリアさんの国の人々は、
わたしの姿を見て笑ったり、あからさまにいやな顔をしたりしていた。
そして予期されていた通り、わたしたちの夫婦生活は滑稽としか言いようがなかった。
戴冠式のあった夜、用意しておいた二人のベッドに一緒に入ったものの、
わたしもオーストリアさんもひどく居心地の悪い思いをしてしまった。
初夜だからと気を利かせて敷いてくれたらしい絹のシーツの感触に、
わたしは余計にいたたまれなくなった。
「なんだか、いつもと変わりませんね」
沈黙に耐えかねてそういってみると、オーストリアさんはため息交じりに答えた。
「いつもとは違います。今日から、あなたは私の妻なのですから」
オーストリアさんの家に同居してすぐ、わたしはオーストリアさんに犯された。
あの頃、わたしは手の付けられないほどのじゃじゃ馬だったから、わたしを従わせるのに
それが一番だと思っていたのだろう。そしてそれはその通りで、初めての痛みやらなにやらで、
わたしはすっかりおとなしく、従順になった。言われたことは何でもしたし、
彼に気に入られるよう努めた。髪を伸ばし、女らしい服を着て、言葉遣いを直し、音楽を勉強した。
そこまでして、ようやく優しくしてもらえるようになった。
時折、閨の中で考えた。長らく暮らしたトルコの家を出る前の晩、トルコは眠っている
わたしの枕辺で泣いた。可愛そうに、オーストリアはお前に何をするのだろう。
わたしは眠ったふりをしながら、トルコの啜り泣きを聞いていた。あれはもしかして、
オーストリアさんに犯されたり意地悪されたり、あるいはそういったことに慣れて
自分から足を開いて喜んでいるわたしに対する哀れみだったのかしら。
妻になったわたしを、オーストリアさんは丁寧に扱った。白い絹の夜着を丁寧に脱がし、
壊れ物に触れるみたいなやり方でわたしを抱いた。
いつもみたいに、縛ったり、乱暴にしたりはしなかった。なんだか物足りなく思い、
そう思った自分に赤面した。もうわたしは召使なんかじゃないのに。
女王様はわたしにとても優しくしてくれた。何かと理由を付けては、わたしの国で過ごしていた。
ここにいると落ち着くの。そういって、お花みたいに綺麗に笑った。
戴冠式から程なくして、女王様はわたしにシシィと呼んでほしいと言ってくれた。
だから、彼女はシシィになった。
シシィとわたしが仲良くするのを、オーストリアさんはあまりよく思っていないようだった。
そもそも、オーストリアさんとシシィはあまり気が合わないように思えた。
倹約課のオーストリアさんに比べ、シシィはお金を使うのが大好きだったから。
しょっちゅう旅行に出かけ、ウィーンにはあまり寄り付かなかった。そういうところも、
オーストリアさんは気に食わなかったのかもしれない。
それでも、わたしはシシィが大好きだった。シシィが幸せなら、いくらでもハンガリーに
いればいいと思っていた。シシィが元気で、シシィが笑ってくれるなら、それでよかった。
シシィが最後の旅に出たのは、晩夏のことだった。もう十年も着続けている黒い喪服で、
やつれた顔で、それでも行って来るわねとわたしに抱きついて笑った。
だからわたしもいつものように、いってらっしゃいと告げた。
そして、それきりだった。
シシィの遺体は旅先からウィーンに戻ってきた。わたしとオーストリアさんは、
呆然とその姿を見つめた。棺の中のシシィは、依然として美しかった。
記憶の中の、優しい、きれいなシシィとなんら変わりなかった。
葬儀に出席した後、オーストリアさんがわたしの家に行きたいと言った。
ウィーンは混乱しているから、静かな場所に行きたいと。
わたしの家が静かだとは到底思えなかったけれど、わたしはうなずいた。
家に着いてから程なくして、乱暴に抱きすくめられて噛み付くようなキスをされた。
膝がふるえて腰が砕けたところをひょいと抱き上げられ、寝室に運ばれた。
オーストリアさんが来たからとお願いして敷いてもらった絹のシーツに、乱暴に投げ出された。
手荒い扱いは、結婚して以来、初めての事だった。痛いくらいの愛撫やきつい刺激に、
わたしは嫌がるどころか大喜びしてしまった。少なくとも、体は悦んでいた。
肌はあわ立ち腰はくねり、嬌声がひっきりなしに喉からこぼれた。
そうして快楽におぼれ、シシィの死を忘れようとした。一時的な逃げでしかないのは知っている。
でも、そうでもしていないと心が壊れてしまいそうだった。
「……確かに、あの子はわがままでした。いけないことも、間違ったこともたくさんしました。
でも、殺されていい理由なんて一つもなかった……」
激しいセックスの後で、わたしをきつく抱いたまま、オーストリアさんがつぶやいた。
声が濡れているように思えて彼の顔を覗き込むと、レンズを通さないすみれ色の瞳が潤んでいた。
あぁ、この人もわたしと同じようにシシィが好きだったんだ。
そう思った瞬間、わたしは壊れたように泣きはじめた。わぁわぁ声を上げて、激しく泣き叫んだ。
オーストリアさんは何も言わず、わたしをただぎゅうぎゅう抱きしめた。
ずいぶん長い時間がたって、窓からは白っぽい朝日が差し込み始めた。
私は泣きつかれ、眠ることも動くことも出来ずにオーストリアさんの腕の中にいた。
オーストリアさんも消耗しきった様子で、ぐったりとわたしの髪に顔をうずめていた。
互いの息遣いを聞きながら、私たちはただただぼんやりしていた。
それからさらに時間がたって、ようやくオーストリアさんがわたしの顔を見た。
暗く落ち窪んだ目が、それでもわたしをみて細められた。わたしはまぶたを閉じ、彼に口付けた。
欲を一切含まない、労りのキス。額にほほにと慰めるように触れると、オーストリアさんも
わたしの顔中にキスの雨を降らしてくれた。
「なんだか、ようやくあなたと夫婦になれた気がします……」
わたしの頬を綺麗な手で挟み込んで、オーストリアさんが微笑んだ。
私も微笑み返し、そしてキスを交わした。
幸福だと思う反面、言いようのない不安をわたしは感じて、再び泣き出したくなってしまった。
だって、もう、エリザベートは死んでしまったのだ。
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