拉列カケタヨー
「リヒ、大好きです!」
「ふふ、ありがとうございます」
「お世辞とかじゃないです、リヒは優しいし、可愛いし、裁縫も上手だし!
ライフル野郎も、パスタ野郎も、ジャガイモ野郎も、フライパンねーさんも、みんなリヒのことが好きなんですよ!」
「ええ、私もみんなが好きです」
「シーくんのことは?」
「もちろん、シーランドくんも好きです」
「好きじゃなくて大好きがいいです!」
世界会議が繰り広げられている会議室から少し離れた、大きなロビー。
テーブルを挟んで、向かい合ってソファに座るリヒテンシュタインとシーランド。
シーランドがどこかに引っ掛けて破いてしまった帽子を、リヒテンがかけはぎで修復している。
リヒテンはうっすら笑っているが、シーランドはややむくれていた。
ロビーの二人を覗くように、ラトビアが唇を噛んで佇んでいる。
世界会議の裏ではいつも、逃げ出したラトビアと、入れてもらえないシーランドと、騒ぎに巻き込まれないよう非難していろと兄に命じられたリヒテンシュタイン。
性格や出身地は違うものの、3人は世界会議のたび、話をしたり、美味しいお茶を飲んだりと、友好を深めていた。
友好? そう思っていたのはリヒテンだけだった。 シーランドもラトビアも、リヒテンに思いを寄せていたのだが───
ラトビアは昨日の自分を殴ってしまいたい気分だった。
いつしか、ラトビアは想像の中でリヒテンを犯して情欲を満たすようになっていた。 昨日も例外ではない…それなのにどの顔を下げて彼女に会おうというのだ。 それくらいの良識は持っているつもりだった、が…。
シーランドは身を乗り出し、リヒテンの左頬にキスをした。
「…え?」
ぱちくり、目を瞬かせて、リヒテンはシーランドの顔を見る。 満足げなシーランドの表情に、リヒテンは頬を染めた。
「…え、あの」
「大好きです、リヒ」
「…や、えっ、ご、ごめんなさい!」
「へっ?」
キスされた頬を抑え、リヒテンは逃げるようにその場を後にする。
「え? リヒっ? りひー?」
「…こっち!」
「え?」
うじうじと悩んでいたラトビアは、思わずリヒテンの腕を引いた。 角を曲がり、テラス窓のカーテンを寄せて隠れるように示す。「ら、らとびあさ」
「中に。 見つかりますよ」
「…あ、あの、はい…」
「リヒ! りひー!?」
シーランドは廊下を走って行った。
「…もう、落ち着きましたか?」
「え、ええ。 ただちょっと、びっくりしただけなんです…」
小さくて控え室としてすら使われていない部屋の椅子に座ったリヒテンは、ほうとため息を吐いた。
ラトビアがまだ、リヒテンやシーランドと出会う前に、ずっと一人で暇を潰していた隠れ場所。
誰にも見つからない、ラトビアだけの秘密の場所だったけれど。
「ほっぺたが、どうか?」「あの、えーと…」
言って良いものかどうか、リヒテンはラトビアと目を合わせられない。 ラトビアはいらいらとして、吐き捨てるように言った。
「シーランドくんにキスされたんでしょう?」
「え…あの、……」
「されたん、でしょう?」
しばらくの沈黙ののち、リヒテンはこくりと少しだけ頷いた。
「そう…、まったくシーランドくんは仕方ないなぁ、シーランドくんのこと、好きじゃないんでしょう?」「え、いえ、好き、は、好き、ですけど…」
「好き? 弟みたいに?」
「そ、そんな感じです…」
「ふーん…じゃぁさ、僕のことは好き?」
「え…ええ」
リヒテンの肩をつかみ、目を覗き込むラトビア。 リヒテンは首をかしげ、戸惑いつつも、律儀にラトビアに返事をする。
「お兄さんとどっちが好き?」
「…え?」
「お兄さんのことは好きなんだよね?」
「あの…、何を言って…」「聞いてるの、答えて? …お兄さんと僕と、どっちの方が…好き?」
「…らとびあさ、」
「ああ、僕なんだね…正直なリヒテンさんは可愛いなぁ」
質問に答えたわけではない。
ただ名前を呼んだだけだとラトビアには分かっている。
それでもラトビアの中のなにかがきれて…、脅えるリヒテンの唇に強引にキスをする。
「…っ…!」
歯列をなぞる、舌を舌で追う、口内を犯す、幾度も角度をかえては繰り返す。リヒテンは身を強張らせて必死で耐えようとするものの、…ラトビアもリヒテンも小柄で華奢で幼いが、腕力はもちろんラトビアのほうが強い。
「ふ…やぁん…」
甘い嬌声が漏れて、ラトビアは興奮を覚える。 嬉しくて仕方がない。 毎夜のように犯すことを考えていた愛しい少女が、自分の腕の中にいる。
ラトビアが唇を離す頃には、リヒテンは目を潤ませ、頬を真っ赤に染め、脅えた表情で震えていた。
「…ラトビアさん…何、を」
上ずった声で名前を呼ぶそれだけの行為ですら、雄を興奮させるのには充分すぎた。
「そういうことをやっても逆効果だって、知らなかったの?」
「…ひっ」
あくまでもラトビアの表情は穏やかだが、目が笑っていない。
「ねぇリヒテンさん、みんなは貴女が好きかも知れない、シーランドくんは貴女が大好きかも知れない。
でもね、僕は、貴女のことを愛してるんです」
「…え? ……え?」
そんなことを言われるとは思ってなかったのだろう、リヒテンはきょとりとする。
「愛してる、愛してる、愛してるんです。
貴女は僕の姿だけ見てればいい、僕の声だけ聞けばいい、僕の体だけ触れればいい、僕の名前だけ呼べばいい、僕だけに抱かれればいい、僕だけを考えればいい。
僕のことだけ、愛せば、いいんです…」
言いながらリヒテンの服に手をかける。 フォーマルな場にふさわしい、リボンとお揃いの紺色のワンピースと、白いボレロ。
ぞくり、リヒテンは背筋に冷たいものが走ったかのように、恐怖を感じた。
───いやなことをされる。
───甘い言葉に似つかわしくないこと。
───なにか、とてもとても、いやなこと。
震える体でなんとか椅子から立ち上がろうとするものの、ラトビアに突き飛ばされ、背中に床の衝撃をダイレクトに受けてしまった。
リヒテンが痛みに表情を歪ませているうちに、ラトビアはリヒテンに覆い被さる。
「逃げるの? 僕から?」「…や、やめ、やめてくださ…っ」
「やめるわけが、ないでしょう」
ラトビアはワンピースに縦に並んだくるみボタンをひとつひとつ、器用に外してゆく。 色気のない、実用性だけを考えた下着があらわになる。
「やっ、やだ、や、ぁんっ!」
下着をたくし上げ、下から上へと揉みしだく──ほど、あるわけではないが、リヒテンは今まで経験したことのない感覚に驚いて、声を上げる。
扇情的な声はラトビアを喜ばせ、リヒテンは自分がそんな妙な声を上げたことにただ単純に混乱していた。
「はは…可愛いから…もう手加減とか我慢とか、できそうにない…」
強張っていたリヒテンの体から、次第に力が抜けていく。 ラトビアは口だけで笑うと、リヒテンの耳元でそっと「気持ちいいの?」と聞いた。
いつもの大人しいラトビアとは違う嗜虐的な声。
リヒテンの瞳から涙が一筋零れ、ラトビアはそれを指でこする。
「…ら、ラトビアさん、は、ラトビアさんだけは、」「僕だけは?」
「こんな、こん…こんな事、しないって、思って、思ってたのに…っ!」
混乱した頭と回らない口で、リヒテンはやっとそれだけを言う。
「…んー、それは…ああ、そうか…、リヒテンは僕のことを他の輩とは違うって考えてくれてたんだ…」
「ちが…、たすけて…」
「まだ僕の言う事否定する余裕あるの? …じゃあその余裕、奪っちゃって、いいよね」
優しい微笑を浮かべてキスを繰り返し、片手で自身をあらわにする。 あがくように宙に伸ばされたリヒテンの腕をあっさり床に押し付けてから、リヒテンの下着をずらす。
「…やぁっ…見ないで…や、ぁあっ!」
あろうことか、ラトビアは慣らすことなくリヒテンのナカを指で開かせ、自身を挿入した。
「つッ…い、やぁあッ! …いた、いやぁ・・やっ…やだ…痛い、いた…や、やだぁ…!」
リヒテンは恐怖と羞恥と苦痛で、一段と高く声を荒げる。
嬌声を耳にラトビアは支配的な笑みを浮かべたが、彼も彼で辛いのか、表情を歪める。
「…痛い、よね、ごめんね、でも知ってるよ、リヒ痛いの好きだよね、だから嬉しいんでしょう、…。 すぐ気持ち良く、してあげ、る、から、そんなに締め付け、な…で」
「や…あんっ…らとびあさん…あ、あっ…!」
恐怖、羞恥、苦痛、混乱、未知。
ラトビアの言うとおり、リヒテンにとってそれらはもう、快楽をもたらす以外の何物でもなかった。
「あ…や…ぁ…ヤっ…怖い、の、なに、か、…気分が、変な…」
「…そう、すぐだから、」
リヒテンの訴えに、ラトビアは大きく自身を突き上げた───。
「シーランドは弟のように好き。 お兄さんはお兄さんだから好き。
だったらリヒは僕のお嫁さんになってよ。 もうこんなことしちゃったんだし、もう僕のものになるしかない。
…ねぇ、このまま僕んちに来なよ、歓迎する。
僕のところに、大きな書斎があるんだ、ずっとそこに居ればいい…地下室は嫌でしょう?
そうしてさ、僕のためにそこで食事を作って、僕のためにそこでセーターとか編んで、
休日はそこで二人でずーっと過ごすんだ、寂しいなら猫を飼おう、犬でもいいし、あとさ百合を植木鉢で育てようよ。
≪愛は惜しみなく与う≫って言葉があるんだ、ロシアさんのところの作家の言葉。 ロシアさんはいやだけど、この言葉だけは素敵だと思う。
僕はリヒのことを愛してる、愛してあげる、愛し続けてあげるだからリヒも僕を愛してよ。
僕の眼も血も骨も肉も脳も心臓もリヒのことだけ愛してるから、リヒの眼と血と骨と肉と脳と心臓を僕に頂戴?
僕にはリヒがいるしリヒには僕がいるんだからリヒ僕のために存在してよおまえは頷くしかしちゃいけないんだよ起きてるんでしょ聞いてるんでしょ返事してくれないと分かんないよ!」
両手でラトビアが羽織っているエンジ色の軍服を掴んだまま、リヒテンの碧眼は人形のように動かない。
軍服は涙や精液で濡れていたが、涙など枯れ果ててしまったのか、泣く事もできず、ラトビアの平手が頬を打っても、防御すらせずにただ時が過ぎるのを待つかのように、うつろな表情のままじっと動かず、抗議の声を上げることすら、リヒテンには、もう、できなかった。
- カテゴリー
- [リヒテンシュタイン][ラトビア][ラトビア×リヒテンシュタイン]