露烏
薄暗い部屋の中、ベッドの上で一人の少女が膝を抱えていた。
短く切りそろえられた鈍色の髪と、グラスグリーンのヘアバンド。
パフスリーブシャツの中心で結ばれている紺色のリボンは垂れて、デニムのサロペットに隠されていた。
少女の表情は見えない。時々しゃくり上げながら涙を零して、悲しんでいた。
「ウクライナ」
その少女の前に、音も無く長身の青年が現れた。
室内にも関わらず、ロングコートに長いマフラーを着けた風変わりな姿で、温和そうな笑顔を浮かべていた。
「ロシア……ちゃん」
呼びかけに応え、少女――ウクライナは少しだけ顔を上げる。しかしすぐに、その瞳に敵意を宿した。
「……何で、ここから出してくれないの?」
「どうしてだと思う?」
「とぼけないで!」
ウクライナは声を荒げた。もう顔は伏せずに、スカイブルーの瞳はロシアの紫色の瞳と対峙していた。
「私達は確かに一緒に暮らしてるわ。でもね、何でこんな所に閉じ込めるの? これじゃあまるで……」
「……」
「監禁、みたいじゃない」
ロシアは何も言わない。ウクライナは、表情も変えず佇んでいる彼が恐ろしかった。
自分の投げかけた酷い言葉にも動じずにいる弟に気圧されそうになっていた。
「……嫌だなぁ」
どれ位の時間かは分からない。ロシアがようやく口を開いたことにウクライナは安堵する。
「いつから、ウクライナは僕の話を聞いてくれなくなっちゃったのかなぁ。
モンゴルに何かされちゃったのかな? それともポーランド?
オーストリアに僕の悪口を言われたのかな? 気が強くなったのはハンガリーに感化された?
ああ、そういえばドイツくんとも仲良くしていたんだっけ」
しかし、それを切欠に出てきた言葉は、どれもウクライナが予想すらしなかった言葉の数々であった。
「ねえ、答えてよ」
いつの間にか、ロシアの顔ウクライナの目の前まで迫っていた。
ウクライナの背中に駆け上がってくる寒気は、目の前の青年からのもので。
こんな時にでも変わらないロシアの表情に本能が警鐘を鳴らす。
「逃がさないよ、絶対」
そう言いながらウクライナの細い肩を押さえつける。そのまま視界が移動していく。
いつの間にかロシア越しに天井が見える光景へと変化していた。
肩に食い込む指、垂れ落ちてくるマフラー、それら全ての感覚は現実である証明にしかならない。
「な……何してるの!? 駄目っ! いやっ!」
自由なままの足でもがこうとするも、予測していたのかすぐに押さえ込まれてしまう。
行動の全てをロシアに封じられながら、ウクライナは抵抗を続けていた。
「どういう……つもりなのっ!」
「分かってるんでしょう? そっちこそとぼけないでよ」
軽口でも叩き合っているような口調でロシアはマフラーを外す。
「だって、答えてくれないから。……ねえ、ウクライナ」
ウクライナの絶望をより強めるようにロシアはその身に覆いかぶさった。
「やっぱり……貴方は暖かいんだね、姉さん」
そう言いながらロシアはウクライナの目をマフラーで覆う。
彼女の怯える表情をこれ以上見ずに済むように、きつくそれを結んだ。
528-529: 露烏に続く