スペルギ
ほんま久しぶりやなあベル!最近あんま会わんから、心配しとったんやで」
昼下がりの生ぬるい風が、薄いカーテンを音もなく揺らしていった。
窓の向こうに広がる広大なトマト畑では、トマトが青々と伸びる枝葉に燃えるような赤い実をたわわに実らせている。
どこまでも続く青い空と相まって、窓に切り取られたその風景はまるで一枚の絵のようだった。
「少し仕事が立て込んでいたのよ。…スペインも、元気そうで良かった」
昼下がりの柔らかな太陽がベルギーの髪に淡く光を落とす。スペインを見つめる新緑の瞳が、
ほんの少しだけ眩しそうに細められた。
「もちろんや!俺がそう簡単にへたるわけないやろ?」
「ちょっと前に、どこかの子分さんが瀕死の親分を助けようと金策に駆けずり回ったって聞いたけど」
「…そ、それどこから聞いたん」
「秘密」
ふふ、と悪戯っぽく笑うベルギーに、スペインも思わず苦笑する。
「相変わらず良い性格しとるなあベルは」
「お互い様でしょ?」
「っとに…んな調子じゃあ兄貴に俺らんことも言うとらんのやろ」
急に切り出された話にぐっと息を詰まらせ、ベルギーはスペインから視線を外した。
それが何よりの肯定のしるしであることを、長い間彼女を見てきたスペインは知っている。
スペインとベルギーは過去に一緒に暮らしていたことがあった。
二人で暮らすうちベルギーとスペインはお互いに好意を持ち、愛しむようになっていった。
とかく鈍いスペインは、自分の気持ちに気付くまでにずいぶんとベルギーの手を焼かせたようだが。
それから様々なことがありベルギーはスペインの下から独立していったが、今尚こうして二人は「恋人同士」として存在している。
「…別に、良いじゃない。あの人なんかに教えなきゃならない義理なんてないわ」
(まだ兄貴と仲悪いねんなあ。難儀なもんや)
ベルギーは兄のオランダと昔からあまり仲が良くない。
まあお義兄さんに挨拶、とまでは言わないにしても、自分とベルギーとの仲を認めるくらいはして欲しいのだけれど。
スペインはそう思うが、ベルギーがこうである限りは難しいだろう。
(前途多難やなあ)
「…なによ」
スペインが無意識のうちに吐いていた溜め息にベルギーが頬を膨らませる。
その子どものような仕草に、彼女の幼い頃を思い出してスペインは吹き出した。
「はは、かわええなあほんまかわええなあ!ちっさいころのまんまやないか!かわええかわええ、もうめっちゃめちゃかわえええ!」
大きな手がぐしゃぐしゃとベルギーの頭をひとしきりなでくりまわしたあと、背中へと移動していったそれは彼女をぎゅうと力強く抱き締めた。
「私は子どもじゃないわよ」
「けど俺よか年下やん」
「………、」
ベルギーの手が、スペインの背に回される。片方の手はその広い背中を確かめる様にじりじりと背骨を伝い、もう片方はするりとTシャツの裾から中へと忍び込んでいった。
自分よりも体温のひくい指が肌に触れると、自然にスペインの鼓動が跳ねる。
「子どもは、こんなことしないでしょう?」
彼女の表情は、俯いたままで伺えない。
しかし、ゆるやかにウェーブを描く金髪から覗く耳がほんのりと染まっているのを見付けて、スペインはそこにくちびるを落とした。
「…ほな大人にしか出来ひんこと、しよか」
無言のまま小さく頷くベルギーの髪を静かに指で梳く。純白のリボンが、音も立てずに床へと落ちていった。