スイリヒ
「・・・リヒテンシュタインっ!」
名前を呼んではみたが、果たしてこれはあの義妹だろうか。まるで知らない生き物のようだ。
首に巻きつく腕はしなやかに強く、胸には微かだが柔らかい弾力がぺたりと張り付いている。
引き剥がすことができないのは、まとわりつく身体に捕らわれたからか、我輩の理性が揺れているからか。
どちらにしても、壁に縫い付けられたように身動きできない。
「・・・リヒテンシュタイン・・・」
俺の身体に両腕で絡み付き肩に顔を埋めた、もはや誰ともわからない少女を、リヒテンシュタイン、と呼ぶ。
今さっきまで寝室にいたのは確かに義妹だった。いつものように同床をせがんで来た妹だった。
きっかけが何だったのかは、わからない。少なくとも我輩にはわからない。
くにゃりと柔らかくしなる身体、ほのかに甘い香り。・・・眩暈がしそうだ。
「・・・どういうつもりだ。」
声が震えないよう慎重に言葉を吐く。何かの気の迷いなら、ここで引き返させるべきだと思った。
数日前のリヒテンシュタインの振り絞るような声が脳内を埋め尽くす。
『好きですお兄様』
「リヒテンシュタイン・・・離せ。」
あの時の痛みはリヒテンシュタインだけのものじゃない。
我輩も・・・同じように痛む場所を抱えている。
「いい加減にするのだ」
冷静にと己に言い聞かせていても、だんだん怒りにも似た感情が湧き上がってくるのを止めることはできない。
無かったことになったはずだとか、我輩がどれだけ耐えてきたのかわかっているのか、とか、決して口にすることができなかった言葉が
頭の中で渦巻き、それで全てになっていく。
離れる気配のない細い肩を両手でがしっと掴んで苛立ちをぶつける。
手加減はできそうもない。それぐらいの勢いがなければ、いつまでもこの身体の熱に溺れてしまう。
そんな考えを敏感に感じ取ったのか、首元に埋められていた頭が小さく動く。
「すきですお兄様・・・すきなんです・・・」
苦しい息を吐き出すように呟いた言葉に、脳は全力で否定をする。
・・・ダメだ。ダメだ。ダメだ。
聞いたことのないリヒテンシュタインの声に、身体中が反応してしまう。
「・・・離れろ」
「・・・・・・兄様・・・。」
リヒテンシュタインの膝がおそらく無意識に両脚の間に擦り寄り、僅かに撫で上げる。
直接的な刺激に、身体は素直な反応を見せる。これはもう条件反射みたいなものだ。致し方ない。
何度も言い聞かせる。これは違う。違うのだ。
けれど、蛇が巻きついて締め付けるようにぎゅうっと腕を絡ませ、
柔らかい身体を押し付けてくるリヒテンシュタインの熱を無視することができない。
「すきです、すきなんです、もう・・・」
熱にうなされたそんな声で。
「・・・・にい、さま・・・・」
我輩を呼ぶな。
「・・・もう『妹』は嫌です」
喉が渇いたら水を飲むだろう。腹が減ったら何かを食うだろう。
好きな女が抱きついてきて、抱きしめかえすのに何のためらいがいると言うのか。
義兄だから。義妹だから。
さんざん綺麗事を言っておきながら、結局はこのザマだ。
いろいろと積み重ねてきた言い訳めいた理性は、ぼろぼろと崩れていく。
あとに残ったのは、欲しい、という本能だけ。
生まれてしまった想いは凍らせることなどできずさ迷うばかりで、どこにも辿り着けない。
塞いで閉じ込めてきた感情は、一体どこへ溢れ出る?