クリスマス撃墜のお知らせ
「雪だー!!」
「雪なんて僕のところに来ればいっぱい見れるよ。来るといいよ。今すぐでもいいよ」
「おいロシア、人の元植民地になに話しかけてやがる」
南半球に居るため、見慣れない雪に感動しているセーシェルの後ろで、はやくも二つの国が睨みあっていた。
世界会議後の打ち上げを主催した日本は、それを見て不安そうに表情を曇らせる。
「和恵さん、今日と明日は騒がしくなると思いますが、ひとつ良しなにお願いします」
「貸切なんだし気にせんでええんよ。ふだん私と仲居の子ぐらいしか居らんから、にぎやかなのは嬉しいわあ」
江戸時代からの歴史ある老舗・御梨(みなし)旅館の女将は、言葉通り嬉しそうに笑ってみせた。
子供のときから変わらない彼女のその無邪気な笑顔に、日本もついほっとして笑い返してしまう。
剣呑な英露を引き離し、ついでに正面入り口からホールに移動した各国一同は施設利用にあたっていくつか注意を受けた。
いわく、外国人であろうが宇宙人だろうが、旅館では日本の形式順守。
いわく、壊すな
いわく、アメリカナイズはしないこと
「特定できる個人攻撃は止めるんだぞ、日本!」
「いえまあ一応。女将の旦那さんは元極道の方なので、ファッキンジャップぐらい知っていますからね。
あの映画大好きらしいですから、撃たれない様にだけお願いします」
ハンガリーが手を上げた。
「温泉はどうなってるの?」
「内風呂のほかに露天風呂があります。男女分けされているところと混浴になっているところがあるので、
入るときは案内図を参考にご注意願います。あ、あと深夜はその……幽霊が出るという話もありまして」
「マジでか!」
イギリスが目をキラキラさせながらセーシェルを振り返る。
「おい、露天行こうぜ。二時くらいがいいか」
「人前で堂々と混浴に誘うんじゃねーですよ眉毛、恥ずかしいじゃないですか!」
「……一応、お風呂でのあやしい行為は禁止してますからね、一応」
日本はため息をつき、なにか必要なものあれば仲居さん(十五歳)にお願いしますと締めくくって夕食まで解散にした。
「日本、年寄りくさい顔してんじゃねーある。ほら、我の顔みて元気出すある」
「中国さん、旅館内での被り物、シナティなどはご遠慮ください」
「それは……我が可愛すぎるからあるか」
「おかしいですね。中国さんにもアメリカさんにも注意したというのに、私、まだなにか言い忘れているような気がします」
中国をスルーして、日本はつぶやいた。
会議後だというのに、世界各国は元気いっぱいだ。不安だ。自分を年寄りと思っているからだろうか、皆のテンションの高さが不思議に思う。
と、仲居の一人が日本に頭を下げる。
「全室ご用意整いましたので、本田様もどうぞお好きな部屋をお使いくださいませ」
「全室? 大部屋だけでなく個室もですか?」
「はい。必要になりましたら浴衣の替えでしたり、その、予備のコンドームなどもご遠慮なく私どもに申しつけくださいませ」
顔を真っ赤にした仲居を見て、日本は「ああ!」と思い至った。年かなあと思わずには居られない。
「そういえばこの旅館に居ると、不思議と男女で愛し合いたくなる……というのを皆さんに教えるのを忘れてました」
遠くでフランスの雄たけびが聞こえたが、まあ教えなくてもいいかと思いなおす。
日本式で言うなら、今日は恋人同士で過ごすクリスマスイブなのだし。