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 クリスマス撃墜のお知らせ 幕間



 夕食になり、各国の食通垂涎の会席料理を振る舞われ、国たちは舌鼓を打った。
 旅館の厨房を預かる板前は、これも女将と同様代々秘伝の技を受け継ぐ古い一族の
一員である。それをサポートするのが、幼い頃から叩き上げで育ててきた弟子であったり、
高級料亭から引き抜いてきたり弟子入りを希望して門を叩いてきたりするいずれ劣らぬ
料理のプロフェッショナル。どんな肥えた舌の持ち主でも、彼らを持ってして肯わせられない
客はいない。
 日本料理は苦手だ、郷里の食事を用意して欲しい、という国も中にはいないではないが、
周りに進められ一口食べてみると、その次からは無言で食べ続ける。一皿一気に食べた後に
「おいしい」と言った。
 宴会の席は騒がしい。芸者の舞や打ち弾き鳴らす雅な三味線お太鼓の音に交えて、
お喋り好きな国たちが舞姫の美しさを褒めそやしたり、料理の感想を言い合って好みの
食べ物を融通し合ったりする。
 中には早速一発済ませてきたと見え、晴れ晴れとした顔の国もいて、日本は苦笑した。
 今回の旅の幹事だ。問題が起こらないように、起こってもすぐ対処できるように目を
光らせておかねばならないが、この分なら大したことも起こらないかもしれない。
 先程ひとっ風呂浴びに露天風呂へ行った時は、混浴になっているところで陽気な国たちが
集まっていた。美しい夕焼けに照らされた雪化粧の山々に向かって一斉に叫び山彦で
遊んでいたり、浴場として設えられたスペースの数メートル先、急激な崖の下を流れる河を
わざわざ片手を他人に掴んでもらいながら覗き込んで震え上がったりしている様子を見た時は
非常に不安であったのだが、違う皿に口をつけるたびに「あなー」と感嘆の声を上げるタイと、
その隣に座したベトナムが仲良く会話しているのを聞きながら、日本はひと心地つくことにした。
 時折、何かと険悪な雰囲気になる国同士がなぜか席を隣り合わせ、がなりあいを
始めると(誰だあの二人を隣り合わせたのは)、即座にニコニコと菩薩顔の女将がやってきて
拳骨で黙らせるが、この辺は愛嬌であろう。
「日本さん。お酒、もう一杯いかがですか?」
 横に来ていた台湾がお銚子を差し出してくる。
「ありがとうございます。頂きます」
 箸を置いて、おちょこを片手に酒を受ける。
 やや注ぎすぎてこぼれそうになるのに、慌てて唇をつける。
「日本さん日本さんわたしにもください、はい」
 台湾は用意してきていた自分のおちょこを両手で持った。
「では、どうぞ」
 お銚子を傾け終わると台湾はすぐそれを飲み干し、
「じゃ、今度は日本さん」
「あ、はい」
 残りの酒を飲み、再び酒を注がれる。
 と、また台湾は自分も、とねだった。
 何か変だな、と思って日本は、
「えっと、台湾さん。これ、何かの儀式ですか?」
 台湾はきょとん、と目を瞬かせる。
「え……日本ではお酒飲む時は三三九度の杯って言って、二人で九杯飲み干すんじゃ
ないんですか?」
「それ結婚式の時の飲み方ですよ……しかも微妙に違いますし」
「いいじゃないですか、結婚で。結婚しましょう結婚。はい、日本さん、三三九度のー」
「もしかして台湾さん、酔ってません?」
「酔ってます! 隊長!」
 びしっと軍隊式の敬礼をする。
「だって、このお酒すっごくおいしいんです。お土産に持って帰りたいです。なんていう
お酒なんですか?」
 お銚子にまさか銘柄は書いてないので、近くを通りかかった仲居に尋ねる。
「『六千年の孤独』です」
 そりゃあまあ、随分寂しいなと思いながら、台湾のために明日包んでくれるよう頼む。
「にーほーんー、台湾にばっかり構ってないで、我と一緒に月見にでも行くある」
「ああ……今日はいい月が見られるそうですからね。月見酒というのもいいですね」
「やだー、バカ兄! 日本さんはわたしとこれから一緒にお風呂に行くんです! 背中
流してあげるって約束しましたもんね? さっきしましたもんね?」
 そんな覚えはいっさいないが、酔っ払いに口約束の有無を争ったところでいたしかたな……
「ちょっと待って下さい台湾さん。私と混浴に行くつもりですか」
「行くつもりです!」
 再び敬礼する。
「だってせっかく混浴なんじゃないですか! 前みたいに日本さんと一緒に入りたいです!」
「だあぁ、台湾さん、私は上下水道の設備を一新したときに……一緒に入浴したことは……」
「詳細については忘れました!」
 あああ、この酔っ払いが、と胸中苦く呻いていると、中国が台湾を押しのける。
「お前は女たちと一緒に入ってくるよろし。日本は我とゆっくりタライに熱燗入れて
飲むあるよ。爺同士の男の世界に入ってくんなある」
「やだやだやだやです! バカ兄はあっちいっちゃえ!」
「日本! なんでいつまでたってもキムチが運ばれてこないんだぜ? おいしいけど
しょっぱいのばっかり多くてそろそろ飽きたんだぜ!」
「やーだーバカ兄ー、バーカー、兄なんかロシアさんに食べられちゃえー」
「なに? 呼んだ?」
 タイの逆隣に座っていた香港がぼそっと呟いた。
「ノイジー……」
 日本は、それに矢印を向けて『同意』とタイピングしたくなった。
 喧しいアジア組プラス1の後ろで、カナダが白クマを片手に抱いて、仲居に話しかけている。
「あの、クマ右衛門さんと一緒にお風呂って入れますか?」
「あらー可愛いクマさん。そうですねぇ。毛が抜けちゃったりすると他のお客さんの
迷惑になりますので……部屋風呂付きの……あの、女将! 月明かりの間は解放しても? 
はい、お風呂のある部屋がありますので、そのお部屋で……」
「え、クマさんとお風呂に入れるの? あたしたちも一緒に行っていい?」
「えっ」
 女性国家数名にぞろぞろ囲まれてしどろもどろな会話をしていた。
 夜は長くなりそうである。




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