五線譜にのせられて
今、何て言ったんだ…コイツは?俺は自分の耳を疑った。つまらなすギル本から顔を上げて真意を探れば、腐れお坊ちゃんは取り澄ました顔を上げて至極優雅に微笑んでみせた。珍しく俺の部屋を尋ねたと思えばとんでもない提案を掲げてみせた。
「…ご不満ですか、プロイセン?」
「不満も何も…」
俺の常識や道徳感を根本から否定する提案に二つ返事で頷く事が出来る訳無い。…ましてや、あのハンガリーをコイツはどうして…?
「私はですね、プロイセン…美しいものは共有すべきだと思うのです」
「だからって…アイツの気持ちはどうなる?」
「その点は抜かりありませんよ」
ガタンと大きな音が狭い室内に鳴り響いた。ふわりと甘い花の匂いが漂い、胸の鼓動が高鳴る。それと同時に何処からかクラシックが微かな音で流れて来た。
「…ねえ、ハンガリー?」
「わ、私は…オーストリアさんが望むなら」
柔らかな足音をさせ椅子に座った俺の前にハンガリーが立つ。何処か熱っぽい視線が浴びせられ下半身に鈍い熱が走るのを感じる。
俺の太腿を跨ぐ形で白く長い足がすらりと伸びた。確かな重みだけが現実を突き付ける。それでも、この虚ろな瞳が本当にあのハンガリーの物だとは信じる事が出来ない。
「…テメェ、アイツに何しやがった!」
思わず叫び声を上げ、噛み付くようにオーストリアに詰め寄った。…詰め寄ろうと思った。むっちりとした白い太腿が俺の身体に乗っかり、ハンガリーが俺の上に跨がっている。
「…特に、何も。」
つまらないやり取りを繰り返すつもりはないのかオーストリアが冷たく目を細めた。
「…オーストリアさん」
甘ったるい声がアイツを呼ぶ。冷たい革靴の音を響かせオーストリアがハンガリーに近寄った。長い髪を一房手に取り口付ける。一々動作が芝居がかっていて、無性に腹が立った。
「嬉しいですか?」
「…ええ」
「私は…オーストリアさんが嬉しいならそれで幸せです」
「ふふ、それは良かった。…ほら、プロイセンが困ってますよ。きちんと見ててあげますから。」
首にするりと手が回された。柔らかなものが胸元に押し付けられる。…昔とは違う筈なのに何処か懐かしくて悲しくなった。
「オースト…ッ…んぅ…」
これ以上アイツの名前を呼ぶお前を見たくなくて、俺は口を塞いだ。畜生、畜生、畜生…どうして、洗脳されるまでお前は心を許したんだ、なあ…ハンガリー…。
「プロイセン、次は私も混ぜて下さいね。」
少し離れた所から傍観を決め込むらしい。指揮者がタクトを振るように、優雅にオーストリアが足を組んだ。
罪悪感さえ美徳に変わっていく気がして俺は考える事を放棄した。無力で有ることが俺のたった一つの言い訳だった。
五線譜に載せられて