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 異国情緒



彼女は、きらきらと光る淡い色の髪に雅やかな藍色の飾り紐を結い、けして濁ることのない、森林か翡翠を思わせる瞳を持っている。
華奢な体躯に薄桃の洋服を纏い、いつも己の君主か己の保護国の後ろ3歩を、足音ひとつ立てずについて歩く。
そして物怖じすることなく自分の意見ははっきり言うのだ、鈴を転がすような声で。
いつも周囲の国々や国民のことを気にかけ、裕福でありながら贅沢はしない。 にしては、意外と抜け目ない点もあったりして。
東洋の民が想像する【西洋のご令嬢の姿】にぴたりと当てはまりながらも、人種やら宗教やらに囚われない魅力が、彼女にはある。
彼女に魅せられない者がいるだろうか。いや、いない。
「Mr.Hongkong?」
───名を呼ばれて、我に帰った。
「あ...ソーリー。 考え事、を、していた・・・リトル」
「(ホームシックですか?)」
彼女はゆっくり、綺麗に、的確に、その言葉を発音する。 耳慣れない単語に俺は首を傾げた。
「・・・ホーム、シック? ・・・はン?」
「(≪望郷≫のことです)」
そういって彼女は、自分の持っていた中国語の辞書の表紙を、その小さな手で撫でた。
彼女の頭脳には目を見張るものがある。 普段はアレマン方言を使いつつも、会議の場では流暢に英語を話し、
貿易の際にはカタルーニャ語を扱い、礼拝の時には綺麗なラテン語をすらすらと暗唱する。
アルファベットやらピンインやらで混乱している俺にとっては、雲の上の存在だ。
そんな彼女だから、イギリスはいつまでたっても上達しない俺の英語教育を、彼女に丸投げしてくれやがった。
彼女も彼女で、東洋の言葉を覚えたいらしく、俺とはよく会話してくれる。
『違います、ミス.リヒテンシュタイン。 俺は故郷の事を考えていたのではありませんから、あなたが罪悪感を持つことはありません』
というような文章をとっさに訳そうとしたが、頭の中で単語が好き勝手な方向を向いて、うまく文章が構成できない。

「いや、望郷、ではないです・・・アーン、病気は病気でも・・・」
なんとかそこまで訳すことが出来た。 彼女の眉が少し下がる。 どうやら本気で、俺の体調を心配してくれているらしいが。
「ラヴシックネス、です」
「・・・」
「・・・」
彼女はゆっくりと、薄く笑った。
「(そうですか・・・素敵ですね)」
「イエス。 アー、ン・・・彼女は、とても・・・ラヴリー、インテリジェンス、アンド・カインドネス。 
バット、ハーブラザーイズア・・・あー・・・厳格、ストリクト?・・・、で、俺と彼女はときどきしか、トゥギャザーいられない。
まだうまく文章を、テル、できないし。 でもアイウォントトーク、ウィシュハー。
 そういう、リーズン、で、アイシンク、ジャーマンは結構、上手くなった・・・」
「(ああ、だから、ときどき、helloをhalloと書くのですね。 アルファベットとアルファベートは似ていますもの。
 ふふ、ご存知ですか? 異国の言葉を習うには、その言葉を話す魅力的な異性を恋人にするといい、と言われているんです。
 しかし、それは英語の伸び悩みのいいわけにはなりませんよ。 わたしは厳しいんですからね)」
「・・・ヤー。 彼女が、チャイニーズ、使ってくれたら、俺は助かるな。
 バット、すぐにマスターしそうだけど」
吸い込まれてしまいそうな(むしろ吸い込まれてしまいたい)彼女の瞳をまっすぐ見つめ、俺は口を開いた。
「我愛[イ尓]、Liechtenstein.」
きょとん、と大きな瞳がさらに丸くなる。 白い肌に赤みが刺す。
机上に広がる教科書や辞書、筆記用具なんかがなければ、俺は今すぐにでも彼女の唇に接吻しているところだったろう。




カテゴリー
[リヒテンシュタイン][香港]

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