バレンタイン中止のお知らせ〜プロローグ〜
「えっと…たまご一つ」
暖冬なのにまだおでんを売っているコンビニのレジ前、奈良大和はテンション低く呟いた。
深夜におなかが減って店まで来たのはいいが、そこで目に入るものといったら。
棚にはさまざまにラッピングされたチョコレート。
赤やピンクの飾りつけ。
昨今は、コンビニでさえバレンタイン色に染まっている。
意識しないよう、今年は一月から外を出歩かないでいたというのに……裏切られた気分だ。
平常より多いような男女二人組の客に、大和はいらいらしながら注文を続ける。
「あとたまごと、やっぱたまごと、うーん…たまごで」
「たまごばっかり頼むんじゃなかっぺ!」
「ご、ごめんなさいっ」
彼の後ろで、順番を待っていたカップル(恋人つなぎ)が小さく噴き出して笑った。
「ば、バレンタインの馬鹿野郎ー!」
帰り道、大和は泣いた。
「どうせ今年も母親の義理チョコだよー!上級生から靴にチョコだよー!男子校なめんなよー!」
コンビニ帰りの男一人で満天の星空を見上げても、ムードの無駄遣いだ。
「あーあ、さっきの後ろのカップルも今頃ちちくりあってちゅっちゅくちゅっちゅくやって……
く、悔しいー!うらやましいー!リア充は子供が出来て孫に看取られながら二人仲良く長生きして
死んじゃえー!」
テンションがあがってきた大和は、つい叫んでしまった。
「俺にもチョコをくれて、ついでにエロエロできる……彼女がほしいよー!」
「……うるさいな、近所迷惑考えろバカ大和!」
「こ、この声は…っ!」
大和は背後を振り向く。
そこには赤いスカートをなびかせ、つけ毛でポニーテールを作った金沢のとが居た。
「のと様!なんで……コンビニ店員服?」
「バレンタインに行く旅行の軍資金調達だよ。今日がバイト最終日、さっき終了。
別にお前追いかけるために早退したとかじゃないから」
「旅行!?海外?」
「色々だよ。それでまあ、前回W学園に行くときも誘ったし、お前も行きたいっていうなら
特別に一緒に連れてってやらないこともないけど」
「まじで!」
「今年は富山君の都合がつかなかったからね。義絶状を無視されたからお仕置きにいくとか
言って」
「よくわかんないけどやったー!」
コンビニの制服を脱ぎながら早口で喋るのとと、歓喜する大和。
「じゃー急いで準備しなよ。あ、あとカメラは持っていけよ」
「なんで?」
「バレンタインにいちゃいちゃしまくるファッキン連中泣かすような写真を隠し撮るに決まってるだろ…?」
「のと様腹黒いー」
恋人の居ない哀しい少年の叫びを、流れ星が聞いていたことは誰も知らない。
願い事だと思って叶えちゃったことも、
大和が行くさきざきで、なぜかチョコを食べると妙にいやらしい気分になる現象がおきることも、
まだ誰も知らない。
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