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  感傷主義者の戦場


オーストリア宅の書庫の中、高い位置にある本を取ろうとしてリヒテンシュタインはうんと背伸びした。指先が目当ての本の背表紙を撫でるが、何度やっても取り出すまでは至らない。

(やはり脚立を持って来なければならないのでしょうか……)

 憂鬱に溜め息を吐く。部屋の隅に置いてあるその脚立は壁一面に置かれたどんな高い位置の本にでも届き、安定性も十分あるが、かわりに重量も十分過ぎるのだ。少女の細腕には手に余る。
 どうしたものか、と思い巡らせていると、荒々しい足音が近付いてきた。

「よぉ、ファドゥーツじゃねぇか。相変わらずチビだな」
「あらごきげんようございます、プロイセンさん。お久しぶりです」

 スカートを小さく摘んで挨拶を返す。プロイセンの口の悪さなど今に始まったことではないので、気にもならないが、しかし今回は一つ言うべきことがあった。

「私、先日上司の名前を拝名いたしまして、今はリヒテンシュタインと名乗らせていただいております。以後、そのようにお呼びくださいませ」
「ああ、そういやそうだったか……忙しかったから聞いて速攻で忘れちまってたぜ」


素で失礼な男だが、他意は無い。……こういう性格なのだ。実際今代の王に代替わりしてからプロイセンが色々と忙殺されていたのはリヒテンシュタインも聞き及んでいる。最近はようやく一段落ついたようだが。

「にしても随分ご大層な名前もらったじゃねぇか。光る石――宝石、だろ? 名前負けしてるよな。ハハ」
「おっしゃる通り、なにぶん未熟者ですので至らないことばかりです。
 けれどいつかは上司の家名にふさわしい、立派な国になりたいと思っていますわ」

 ふーん、とプロイセンは目を細めた。この程度の挑発――繰り返すが、プロイセンにその意図は無い。素で失礼なだけだ――にのるほどリヒテンシュタインの気性は激しくない。素直な性格だ。しかし、その受け答えにはどこか肝の据わったところが感じられる。
 面白いガキ。と興味を注られてプロイセンは彼にしては破格の優しさを発揮した。

「何だ? 取りたい本でもあるのかよ」
「ええ、上から三段目の、赤い表紙のシリーズの、二冊めですわ」
「ハハハハハ、俺様は優しい男だからな! チビのお前が困ってるから取ってやるぜ!」
「ありがとうございます」

グイッとリヒテンシュタインの手の中に半ば押し込むようにして手渡す。タイトルを一瞥してプロイセンは一瞬考えた。その本は前に読んだことがある。

「ラテン語の勉強か? だったらこの本よりあっちの棚のがわかりやすいぜ。まぁ頭のいい俺にかかればどの本だろうとアッという間に読めちまうけどな!」

 ほらよ、こいつだ。と頼まれもしないうちからプロイセンはまたズカズカと粗雑に足音を立てて向かいの棚から本を引っ張りだしてリヒテンシュタインに押し付けた。

「まぁ、本当にご親切にどうもありがとうございます。プロイセンさんはラテン語に明るいのですか?」
「ハハハハハ当たり前だろ。伊達に何世紀もドイツ騎士団はやってたわけじゃないぜ。平和な時は祈って写本して祈って聖書読んで祈って畑耕して祈って家畜の世話して祈ってビール作って祈って祈って祈っての毎日だったからな!」
「信仰深い日々をお送りでしたのですね」

 その割にはなんかやたらと不遜になったものだが。

「まぁ勉強するのはいいと思うぜ。頭いい女は好みだからな! 俺んとこの前の王妃様くらいになってみろよ」
「才媛と名高い方でしたものね、あの方は」


「まぁな! 夫婦揃って金遣い荒いのだけは勘弁して欲しかったけどな」

 おかげで年がら年中風邪っ引きだったぜ! 色々楽しかったけどな! と叫ぶプロイセンはどこか上機嫌だ。どうやら尊敬していた上司を褒められて嬉しかったらしい。

「なんだったら俺が勉強教えてやったっていいぜ。本当は忙しいんだ、感謝しろよ!」
「重ね重ねお世話になります」

 自分で言うだけあってプロイセンは確かにラテン語によく通じていた。リヒテンシュタインの聡明さも手伝ってその日の勉強はとてもはかどった。

「じゃあ俺はもう帰るし、次いつ来られるのかなんかわかんねぇけど、ちゃんと勉強しろよ!」
「はい、精進いたしますわ」
「じゃあな!」
「ではごきげんよう」

 来た時同様に慌ただしく去っていくプロイセンを見送って、リヒテンシュタインは一抹の寂しさを覚えていた。


(――そう、笑いあった日々もございましたのにね)


 上司の仕えるオーストリアの要請に応え、兵とともに戦場へと向かうその道中、リヒテンシュタインは夜の見回りに出ていた。今宵の月は新月からほんの数日しか経っていない、幼く心細いものであり、それも今にも西の空へと沈もうとしている。
 広がる濃い闇にかきたてられる原始的な不安をなだめすかしていたリヒテンシュタインは、己のものでない足音に素早く槍を身構えた。

「そこにいらっしゃるのはどなたですの!」

 少女の誰何の声に、足音はピタリと止まる。ややあってから訝かしげに己の名が呟かれるのをリヒテンシュタインは聞いた。

「――リヒテンシュタイン?」

(まさか)

 その、男の声には、聞き覚えがあった。震える手に力を込めてリヒテンシュタインは槍を握り直した。キラリと穂先の刃だけが僅かな月明かりを反射して煌めく。
 きっと間違いない。今回の戦争の敵国。

「プロイセンさん、ですか?」
「やっぱりお前か。なんでこんなとこに――」

 言ってからプロイセンはああ、と自分で納得の声を上げる。どこか苦々しさを込めて。

「ああ、そうだよな。お前もオーストリアの部下だもんな」

リヒテンシュタインは緊張して乾いた唇を湿らせ、通告する。精一杯の威厳を込めて。

「武器を捨てて、投降してくださいまし。そうしていただければこちらもそれなりの対応をいたします」
「……お前な」

 はあぁ、と呆れを隠さずに吐かれた溜め息のすぐ後、声はリヒテンシュタインの予想外に近く聞こえた。

「そりゃ、俺のセリフだぜ」
「――!」

 鼻先にまで近付かれていたことに半ば恐慌状態に陥りながらリヒテンシュタインは槍を振るおうとするが、しかし間合いの長すぎる槍では、既に十分近付いたプロイセンに対してその攻撃は無意味でしかない。
 逆にプロイセンは柄の部分を捕え、強い力で捻りながら槍を自分の方へ引き寄せる。
 奪われまい、と握る手に力を込めたリヒテンシュタインだが、そのまま槍もろともに引きずらる。

「キャ……!」

 バランスを崩して倒れこみながらもかろうじて受け身をとる。
 仰向けの状態から立ち上がろうとして、リヒテンシュタインは首に細長い何かが押し付けられているのに気付いた。

「あのな、お前と俺で俺が負けるわけないだろ。舐めてんのか?」


 それが自分の武器であったと気付いた頃には、リヒテンシュタインは完全に地面に縫い付けられてしまっていた。
 喉と槍の柄の間にどうにか手を滑り込ませて隙間を確保し、苦しみを堪えて毅然と声を上げる。

「離してくださいまし。わが軍はすぐそこにおりますわ。私が大声を上げればすぐに気付きます」

 ハハッ、とプロイセンは小さく、いっそ哀れみさえ込めて笑い声を漏らした。

「奇遇だな。俺の軍もすぐそこにいるんだよ」

 ザァッと、己の血の引く音をリヒテンシュタインは聞いた。大抵の国は戦場に立つときその主力軍と行動をともにする。
 リヒテンシュタインもそのことはよく理解していたが、プロイセンの登場という想定外の事態にすっかり忘れてしまっていた。今の、今まで。
 そうとも――彼がいる時点で予想して然るべきだったのだ。そもそもこの自己顕示欲の強い男は前線に立つことはしばしばあるが、それでも小規模の隊で行動することはまずないのだから。

「どっちが勝つか賭けるか? なんなら全財産賭けてやったっていいんだぜ。
 ――俺の、精鋭揃いのプロイセン軍本隊と、リヒテンシュタイン、お前の少人数の軍隊」

 どっちが勝つ? と問う意味は傲慢ではなく、事実としての圧倒的な戦力差が背景だ。

「離してくださいまし……」
「嫌だ」
「何がお望みなのですか?」
「――何が?」

 オウム返しに呟いて、プロイセンはピタリと動きを止める。
 空気が変わったのをリヒテンシュタインは感じたが、それが何故なのか彼女には理解出来ない。息を潜めて様子を伺っていると、プロイセンはクックッと喉の奥で笑った。

(プロイセンさんらしくありませんわ……)

 盛大に高笑う記憶の中のプロイセンとの差にリヒテンシュタインが得体の知れない恐怖を感じていると、妙に平坦な声でプロイセンが囁く。

「なぁ、リヒテンシュタイン。知ってるか?
 ――戦場じゃあな、人間生存本能が最大限に発揮されるんだぜ」

 意図が掴めず戸惑うリヒテンシュタインの耳に、ねっとりといやらしさを込めた声が届く。

「中でも、子孫を残そうって本能が、なぁ?」

 その意味を理解したリヒテンシュタインが叫ぶよりもなお早く、プロイセンの手ががっちりとその口を押さえた。


「――んー! ……!!」
 リヒテンシュタインは必死になって抵抗するが、華奢で非力なリヒテンシュタインと、体格に見合わない怪力を発揮するプロイセンでは全く勝負にならない。
 プロイセンの手が無遠慮に軍服の裾から侵入し、内側からまくり上げてくる。リヒテンシュタインさ身をよじるが、それは悪あがきにすら至らない。
 シャツの上から薄い腹を撫でていた手がそのまま乱暴にボタンを弾け飛ばしてリヒテンシュタインの素肌を露にした。

「!!!」

 ひんやりとした夜気とザラリとした軍用手袋の感触にリヒテンシュタインは完全に硬直する。あまりの事態に脳が状況を理解することを拒み、活動を停止した。
 抵抗が止んだことに気付いてプロイセンはリヒテンシュタインの腹をまさぐっていた手を止める。いつの間にかリヒテンシュタインの悲鳴を奪った右手の手袋の指先が湿り気を帯びている。泣いているのか、と判断してプロイセンはゆっくりと右手の力を抜いた。

「嫌か?」

 解放された唇は大きく二度三度喘いだ後、震えながらか細く懇願を紡いだ。

「やめて、くださいまし……」
「そうか」

腹からプロイセンの手が離れたのと同時に肩口に重いものが載せられる。続く声の近さにリヒテンシュタインはその正体がプロイセンの頭であることを悟った。

「お前がどうしてこんなとこにいるんだ、リヒテンシュタイン」

 プロイセンはギュウウと強く、骨の軋むまでリヒテンシュタインを抱き疎めた。言い聞かせるように――もしかするとそれはプロイセン自身に対して、かもしれない――苦しそうに、一方的に告げた。

「いいか、お前はもう二度とこんな場所にはくるな。――お前は女なんだ。お前は、ぬくぬくと笑ってのんきに幸せに生きてりゃいい。リヒテンシュタイン。
 ――名前の通りに、日の当たる、明るい場所で」

 暗闇の中、きっとプロイセンは誰も知らない顔をしているに違いない。今、リヒテンシュタインの聞いたこともない声で囁くのと同じように。

「プロイセンさん」

 何かを言わなければ、と焦りながら、結局何も言えずにただその名前だけを読んだリヒテンシュタインの頭を、ポン、と一回叩いてプロイセンは立ち上がった。

「次もしこんなとこにのこのこ来てみろよ。そん時ゃホントに犯っちまうからな」


わざと荒く足音を立ててプロイセンはその場を去っていく。のろのろと体を起こしたリヒテンシュタインは服装を整える。プロイセンが荒々しく暴き立てた場所を。
 幸い上着は無事なのでちゃんと裾を戻せば凌辱されかけたことなど傍目にはわからないだろう。実際どう見えるのかは明るい場所で確認する必要があるが。

「プロイセンさん……」

 ポツリ、漏らして。一人残されたリヒテンシュタインが顔を覆った手の隙間からおえつと涙を溢していたことは、彼女以外の誰も知らない。

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