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  太陽の愛ずる国


補足 
・本文中で言及される上司の両親はカトリック両王で、旦那フェリペはブルゴーニュ公・フランドル伯です。 
・地名としてのスペインは、カスティーリャに置き換えて読んでいただいたほうが史実に近いと思います。 
・旦那(と父親)存命中の話なのでフアナはまだ南イタリアの君主ではないはずですが、
ロマーノもちょっとだけ出ます。 
(欧州にもたらされていないはずのトマトも) 

「フアナはん、話があるんやけど」
振り返った若い女は、心なしか青ざめた顔をしていた。
ここのところまともに食事らしい食事をとっていないそうだから、無理のないことではある。
だが、少しやつれたぐらいでは生来の美貌は損なわれることはなく、
その抑制された挙措の端々にも統治者としての威厳は保たれていた。
ここ数日来、議会どころかろくに人前にも現われない上司の身を案じてとうとう私室を訪ねることにしたスペインだが、
彼女が床に臥せってはいないことを知り、とりあえずは安堵をおぼえることができた。
だが広々とした部屋に二三歩進み入ったとき、今度は予期せざる困惑が彼を襲った。
振り返ったまましばらく立ち尽くしていた上司が我に返ったかと思うと、
裾をからげんばかりの勢いでこちらに駆け寄り、両腕を広げてきつく抱きついてきたからである。

「フ、フアナはん?」
「フェリペ、ああフェリペ、よう来てくれはりました」
「ちゃうちゃう、旦那はんちゃう。髪の色からしてちゃうやろ」
「ずっと待ってたんよ、フェリペ。同じ城にいてはるのに、二度と会いにきてくれへんのかと」
「いや、そやから、俺は旦那はんやないって……」

弱りきって言いかけたものの、スペインは結局そこで口をつぐんだ。
母方の祖母からの遺伝的要素が前々から囁かれていたとはいえ、
夫の度重なる浮気のために女王の精神状態が近年本格的に危うくなってきたことは、宮中の誰の目にも明らかな事実だった。
ましてスペインは国である以上、最高位の上司である彼女とはいわば運命をともにしている仲である。
平素は空気の読めないことで定評のある男だとはいえ、彼女の心の動きを日夜見守ってきただけに、
女王の唐突な抱擁の意味が彼には分かった。
そして今はもう、それを受け止めるしかないことも明らかだった。
「フェリペ、会いにきてくれはってうれしいわ。ほんまにうれしい。
 最近はずっと、夜でもうちの寝所には戻ってきてくれへんのやもの」
「えろうすんませんでした……やなくて、ほんますまんかったな、フアナ」
「ええんよ。怒ったりしてへん。
 ああ、フェリペ。うちの可愛い人、うちの天使……あんたはんがいてくれはれば他はどないなってもええの。
 だからいつ何時でもそばにいはって。よその女なんか見んどいて」
「他はどないなってもいいなん言うたらあかん。フアナは俺の上司、やない、栄えあるスペインの女王やないか。
 旦那はんの、やなくて俺の心配してくれるのはうれしいけど、一番に考えなあかんのは国土を守り民を食わせることやで。
 海の向こうのインディアスも、お義母はんの忘れ形見思うて探索進めてかなあかんし、
 欧州であたり見回してみても、フランスにはまだまだ気ぃ許せへんしな。こないだお義父はんがナポリ奪い返しはったとはいえ」

「あんたはん、フランスのことは憎からず思ってはるんやなかったの?」
「やめとくんなはれフアナはん、この俺がなんでまたあんな優男に
 ……あ、いや、うん、まあ、そらな、フアナ、俺かて半分はヴァロワの血筋やからフランス文化には愛着あるねんけど、
 あいつ自身は洗練気取ってるわりにしつこいから、軍事の動向とりわけイタリア方面には重々注意せなあかんちゅうことやねん」
「軍事やら戦争やら、あんたはんにはそんな言葉似つかわしゅうおまへんわ。
 もっと優しゅうてみやびなお話してくらはりませんか」

「そら、砂糖菓子みたいな甘い言葉かけてやりたいんは山々やけど、なあフアナ、
 いまはそればっかり言うてられる時期とちゃうやろ。
 おまえの王権とて磐石やない。こんなふうに、日夜俺のことにばっか案じとるようならなおさらや。
 何度も言うようやけど、侵略から国土を守り民を飢えさせんためには、政局の安定が大前提やで。
 そやからな、野心ある連中がおまえの統治能力に異議を唱えへんようしっかりと―――」
「あんたはんもスペインと同じこと言いはるんやね。
 王位?国土?民?うちがいつそんなもん欲しいと言うたの?
 うちが欲しかったのはあんたはんだけや。あんたはんに女にしてもろうてから、今までずっと」

「―――うん、そやけどな、フアナ、」
「思えばフェリペ、あんたはんが変わりだしたのは、うちの兄弟全部亡うなった上でお母はんがみまかられてもうて、
 うちに王位継承権が転がり込んできてからのことやね。
 その前から浮気者は浮気者やったけど、うちのことは妻として愛してくれてはった。
 でも今のうちは、あんたはんがスペイン国王として承認されるためのただの駒なん?
 スペイン女王の配偶者でなく、国王になれれば満足してくらはりますか?」
「いやフアナ、お義母はんの遺言状から言うたらそれはそもそも―――」
「遺言状も議会の承認ももう、どうでもええの。
 どうなん?うちがスペイン女王から降りたら、前みたいに一人の女として可愛ごうてくれはる?
 そんならうちは、スペインなんかいらへん。王位も国土も民も、全部あんたはんにゆずります。
 今まではたしかに、あんたはんが自分とこの家臣にスペインの土地をばらまくのを見過ごしてはおれへんかったけど、
 でももうええ、あんたはんの心さえ戻ってきてくれるなら、スペインがフランドルになってもうても―――」

全てを聞き届けぬうちに、スペインは女王の肩をつかみ、床の上に押し倒した。
言葉はなかった。ただ胸が突然、どうしようもなく苦しくなった。
スペインは無言のまま、自らも床に膝を突き、女王の美麗な装束を剥ぎ取るように脱がせ始めた。
彼女は嫁ぎ先のフランドルで買い上げた羊毛絨毯の上に仰向けになったまま、抵抗しようとはしなかった。
当初はやはり、何が起こったのか分からず呆然としているようであった。
だがやがて、スペインの手が自らの肌を求めていることに気がつくと、女王は微笑した。
少女のようにあどけない、無条件の、満面の笑みだった。
スペインは目を閉じ、微笑を浮かべたままの女王と唇を重ねた。
このやりきれなさを克服するには彼女の肉体に没頭するしかない、それだけは確かだった。
唇から離れると、首筋からその下へと接吻の範囲を徐々に広げていった。上司の柔らかい声が耳元でうつろに響いた。

「うれしい、フェリペ。うちの気持ちを分かってくれはったんね。
 またあの頃みたいに、ぎょうさん可愛ごうてくれはるのね」
「そうや。覚悟しとき」
短く答えながら、スペインは豊かな乳房を両手でわしづかみにした。
綿のように柔らかい膨らみに十本の指はたやすく沈みこみ、たちまち赤い跡を残したが、スペインは愛撫をやめなかった。
「あぁっ、フェリペ、もっと優しゅう……お願い……」
「こういうのが好きなんやろ?
 清純そうな顔した女に限って、激しゅうされるのが好きと相場は決まっとるもんなあ」
「そんなこと、嘘やわ……あぁ、そこは……」
左右の乳首をスペインの指先で刺激され始め、女王は深い息を吐いた。
切なそうに顰められた美しい眉を見て、スペインはまた、胸のどこか別の部分が痛むのを感じた。


「そこは……あかんの……あぁ、フェリペ……」
「あかんて何や。ちょっとこすっただけでもうこないに硬くなっとるやないか。フアナの乳首はやらしいなあ。
 ひょっとして、俺がしばらく通わんうちによその男を寝所に呼んでたんと違うか?
 前から後ろから、いろんなところを開発してもろたんやろ」
「フェリペ、そんな!うちにはあんたはんだけや。あんたはん以外の男に触れられるなんて想像もできへん。
 あんたはん以外誰もいらへん。どうか、どうか信じてくんなはれ」
「そやな、信じるわ。―――俺のためなら国をゆずりわたしてもええ言うほどやからな」

スペインの手は乳房を離れ、女王の両膝をしっかりとつかんだ。
ふつうの女ならすでに受け入れる姿勢をとっていてもいい頃だが、
さすがに生まれながらの王族である彼女は、自分から脚を開くことはしなかった。
力を込めて両膝を割ると、白い太腿の付け根に桃色の花弁が恥じらいがちに現れた。
そして予想通り、そこはすでにぬらぬらと照り光っていた。
スペインはこれ見よがしに女王の脚の間に顔を近づけて言った。

「まだ触ってもおらんのになあ、もうこないに濡らしとるんか。大洪水やないか。
 そないに俺のが欲しゅうてたまらへんかったか」
「恥ずかしいわあ……そ、そない近くで見んといて……そないなこと言わんといて……」
「ほんまのことは正確に教えてやらんとなあ。
 蜜がとろとろに溢れとるだけやない、襞もひくひくしとるでえ。ほんまやらしいなあ。
 この可愛いボタンみたいなんは何やろなあ。いっぺん剥いてまうか」
「あっ、ああぁっ!そこは、あかん……あかんのぉ……さわらんといてぇ……」
「さわらんといて言うけど、どんどん大きゅうなってきたで。うれしがっとるんやなあ」
「い、いや、いやぁ……!」
「こんだけ腰を浮かせといていやいや言うても意味ないわ。
 もう下の絨毯までびしょびしょやないか。あとで召使らが染みを取るのに困るやろなあ。
 理由を訊かれたらちゃんと答えてやらんとなあ」
「い、いや……誰にも言わんといて……」
「こんなど淫乱が一国の女王様なんやからなあ。家臣らも大変やで」
「ち、違う……」
「何が違うん?言うてみ」
「うちは女王やない。ただの、ひとりの女や。
 フェリペ、あんたはんのためなら、王位でも国土でも何でも差し出せる言うたやろ。
 あんたはんのためなら、うちはスペインを捨てられる。
 大丈夫、捨てられるわ」


スペインは女王の顔を見た。
正気を失った者特有の、早朝の空気のように澄んだまっすぐな眼差しが彼を迎えた。
スペインはふたたび女王に口付けした。そして耳元で囁いた。
「俺のためなら何でもできる、そう言うたな」
「そうや」
「なら頼みがある。―――いや、命令やな」
「何でも言うてな、フェリペ」
「今はもう、俺の名を呼ぶな。ただ、おまえが継いだ国のことだけ想うんや。
 俺に抱かれとるあいだじゅう、ずっとや」
「ええけど、どないしてそんな」
「逆らうな。分かったか」
「分かったわ。スペインのことだけ想えばいいんやね。
 簡単やわ。あの子のことを想うのは、あんたはんを想うのと変わらんぐらい好きやもの。
 嫁いでからしばらくフランドルに滞在してたときも、朝な夕なに思い出すのはあの子のことやったわ」
「なしてや」
「なしても何もないやないの。
 日の光に満ちて温うて広々してて、いつでも情熱の赴くままに生きてて、
 実力伴うてないこともあるけど勇敢で、どないな状況でも男らしゅうふるまうことを自分に課してて、
 こないな国を可愛く思わん女はおらんわ」
「でも、捨てられるんやな」
「そうや。あんたはんのためなら」


スペインは女王の両膝をいっそう大きく開かせ、自らのベルトを外した。
取り出された彼自身はほぼ完全に硬直し大きくそりかえっていたが、彼の呼吸は不釣合いなほど静かに落ち着いていた。
「フアナ、挿れるで」
「あ……あぁっ、来て、来てぇな、……あぁ、あぁ、フェ……スペイン……」
「国に抱かれるっちゅうのは、どんな気分や」
「わ……分からへん。なんやおかしいけど、……犯されてるような気もするし、守られてるような気もする」
「俺のはええか?フアナ」
「ええわ、すごくええ」
「俺もええわ。おまえん中、えろう温うて想像よりずっと締め付ける。
 赤んぼ何人も産んどるのになあ」
「あんたはんのが大きいからやわ……ほんま、前より大きいような……あぁ……っ」
「誉めてもらえて光栄やわ。でもその大きいんが、根元まで入ってもうたでえ?
 入ってくたびになんややらしい音がたっとるし。聞こえるやろ?
 旦那に抱かれとるんとちゃうのに、いけない身体やなあ」
「いやぁ……だって……しゃあない……」

「そろそろ前後に動かそか。フアナの中はきついから大変やけどなあ。ほら」
「あっ、だめ、まだ、……
 ……あ、あぁ!あん、はぁん!あかん、堪忍してぇっ」
「ほんま、フアナはすみずみまで敏感やなあ。
 俺もすごい、ええわ……たまらん。
 辛抱足らん男はへたれやけど、でも、おまえはつくづく男に辛抱させへん身体しとるなあ。
 このあたりは、どや。そろそろ奥に届いたかもしれへんな」
じわじわと追い詰めるように語りかけながら、スペインは腰の動きをいっそう激しくした。
女王は今では大きな瞳に涙を浮かべ、高い天井まで届かんばかりの熱い息を吐きながら、
彼に深く貫かれ揺さぶられるままになっている。
高みに登りつめてゆく感覚にさらわれそうになりながら、スペインはかろうじて女王に囁いた。

「なあフアナ、ちゃんと、俺のこと想うてるか?」
「想うてるわ、フェ……スペイン」
「もしフランドルの連中に売り飛ばしても、俺のことは忘れへんか?」
「もちろんやわ」
「なあ、もし、
 ―――王位継承者とちごうて、村娘かなんかとして俺の家に生まれたんやったら、俺のこと、死ぬまで捨てへんかったか?」
「あたりまえやないの、スペイン」
「そか」

スペインは短い間瞠目した。
そして顔を上げると、快楽に潤んだ女王の瞳を覗き込みながら、最後の段階の突きに没入し、
白昼夢のような震動の中に身を投げた。





女王の私室を退いてからさほど歩かないうちに、廊下の隅から小さな影がちょこちょこと姿を現した。
見れば、布のかけられた籠を両手に捧げ持つロマーノだった。
「話長かったなちくしょうが」
「人の顔見るなりそれかいな。
 まあええわ、おまえ珍しく働いてくれとるんやな。感心感心。
「あの人のところで何の無駄口叩いてやがったこのやろう」
「そらもちろん、百年先を見据えた世界戦略、インディアスに足がかりをこさえたこの俺様の輝かしき未来についてやがな。
 おまえは内海育ちやからぴんと来んかもしれへんけど、
 これからは地中海ばっかりやない、七つの海を制するもんが世界を制するんやでえ」
「目開けたまま夢でも見てろちくしょうが」
「俺が諸大陸に冠たる大帝国になった暁にはなあロマーノ、おまえのこともちゃんと取り立てて
 ―――どこ行くんや」
「給仕長から、この籠を女王様に届けるように言われたんだ。
 おまえの話に付き合わされてあの人が昼飯の席に来なかったからだこのやろう」
「ああ、もう昼下がりか……
 いまはやめとき。あとで俺が届けたる」
「そんなこと言って、おまえがあの人にほめられてキスしたってもらうつもりなんだろ。
 届けさせるもんかちくしょうが」
「おまえまだあきらめてへんかったのか……まあええわ、ならそのへんの侍女にでも籠を預けとき。
 とりあえず今は、あの方のお部屋を訪ねたらあかん」
「ふん」

ロマーノは不服そうな態度を隠そうともしなかったが、結局は「親分」の言うことに耳を傾けた。
そして通りがかった侍女に籠を渡して身軽になると、親分なんかとの立ち話のためにシェスタの時間が短くなるのが惜しい、
とでも言いたげにさっさと自分の部屋に戻ろうとしかけたが、ふと立ち止まってスペインの顔を見上げた。
「なんや。俺の顔になんかついてるか」
「救いようのない目鼻がな」
「おまえっちゅうやつは本当に……!」
今日こそほんまに子分としての立場を分からせてやらなかんな、とスペインが本気で腕をまくりかけたとき、
ロマーノはふところからトマトをひとつ取り出し、彼の目の前に突きつけた。
「なっ、……どういう意味やねん」
「なぐさめてやろうとしてるんだ。受け取れちくしょうが」
「なぐさめ?」
「お前何だか、悲しそうだからな。あほづらのくせに」

少し赤らんだ顔で言うだけ言い捨てると、ロマーノは踵を返してさっさと廊下を戻り始めた。
あとに残されたスペインはぼうっと立ち尽くしていたが、ふと手の中の真っ赤に熟れたトマトを見ると、
いまさっき別れを告げたばかりのやわらかい唇が、残像のように思い起こされ、やがて消えた。

(悲しそう、ねえ)
一口ずつトマトをかじりながら、スペインは午後の光の差し込む廊下を歩いていった。
曲がり角まで来て女王の部屋を振り返ると、ちょうど日陰になっている重々しい扉と、衛兵たちの姿だけがぼんやりと見えた。
角を曲がると、彼は二度とふりむくことはなかった。
いずれにしても、前に進まねばならぬ時代がそこに来ていた。





おわり



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