蛇足
あの綺麗なオーストリアさんとは違って、プロイセンなんか、ちっともそそらない。触りたいだとか、苛めて泣き顔を見てみたいなんて思わない。
けれどこうして裸になって抱き合ってみると、なんだか妙な心地よさを感じるのが不思議だった。
さらさらした互いの肌の感触を確かめあいながら何度も唇を合わせる。自分たちが、寒さに身を寄せあうちっぽけな獣になったような、不安と、逆に妙に安らいだ気分。
触れ合う度にじんわりと生まれる熱に身を委ねながら、これ、けっこういいかもな、と軽口をたたこうとして、オレは口をつぐんだ。
プロイセンはひどく真剣で、いっそ苦しげな目をしていた。
申し訳なくなった。自分大好き俺最高が口癖の阿呆ではあるが、昔からこいつは驚くほど根は真面目なんだった。本当なら、こんなふざけた練習に関わるような性格ではない。
プロイセン、少し前までドイツ騎士団という名前だったこの幼なじみは、故郷を追われ、他人の領土を奪って生きてきた少年だ。
欲しいものを得る為ならどんな卑劣な手段も取る鉄の合理性で、最近とうとう一国にまでのしあがった。
その成功を支えたのは、悪知恵だけではなく、カトリック特有の、潔癖で、禁欲的な性格だったと思う。
基本的に血の気が多く快楽にも肯定的な騎馬の民であるオレは、何度となくこいつに馬鹿にされたものだ。歌や踊りが、美味い酒や美しいものが好きで、なにが悪い、と思うのだが。
今も、余裕ぶった意地悪そうな顔を作ってはいたが、プロイセンの動きは酷くぎこちない。オレの身体を撫でる手は微かに震えている。
男同士――ではないものの、実際最近まで男として付き合ってきたオレ相手に、まさか緊張もなにもないとは思うが、生真面目につきあってくれるのを感じて、ありがたいと思った。
最近ますます膨らみはじめた胸の先を、プロイセンが舐め始める。濡れた舌の感触がくすぐったい。
へんな声が出そうになるのを必死にこらえながら、赤ん坊のように一心に吸い付いてくる頭を見下ろす。
そういえばこの頃背丈もどんどん抜かれて見下ろされる一方だった。固い短髪のつむじが見えて、なんか可愛いな、と思ったとたん、きつく吸われて身体がビクンと震えた。
「な…なあ」
思わずプロイセンの肩をつかむ。一瞬沸いた妙な気分を冗談に紛れさせたかった。
「やっぱなんか、変、だよな、こんなの」
なにが、と口を離して聞き返すプロイセンの目のふちはほんのり赤く妙に潤んでいる。
一生懸命やってくれてたのに邪魔して悪かったかな、と思って口ごもると、髪を撫でられ不器用なキスをされた。
「…待ってろ。すぐ、挿れてやるから」
そうか、挿れる練習をするんだった。もう少しこうしててもいいな、とも思っていたのだけど。
プロイセンの指が、ゆっくり腹をたどって下肢にのびる。
「ひゃ」
自分でも触ったことがないような奥まで探られて、反射的に逃げたくなった。恥ずかしがる相手でもないのだが、いたたまれない。
「プ、ロイセン…」
こいつは、こんなとこ触って嫌じゃないんだろうか。
「…痛い、か?」
じわじわと指を抜き差ししながらプロイセンが上擦った声で聞いてくる。
痛くはない。そう伝えると、ほっとしたように目を和らげたあと、指に意識を集中させはじめるのがわかった。
肌にかかる息が熱い。夢中になっている男の無防備な睫毛を見下ろしていると何故か胸が疼く。
プロイセンがうぁ、と感動したように声をあげる。すげ、今、中が、きゅってなった…。
熱にうかされたような声でうっとり呟いた後、唇を重ねられる。
熱い息を注がれた唇からだらしなく力が抜けて、いつの間にか深く深く舌をからめあっていた。
「…いくぞ」
「…ふぁ?」
余韻にぼんやりしていたのだろう。いつの間にか下帯を解いたプロイセンに至近距離で見下ろされ慌てた。
「…!…ちょっと待、や、やだ…やっぱ、」
いつもの調子で喚こうとして。プロイセンの目の奥を覗いた瞬間、ひゅ、と息が止まった。
余裕をなくした赤い瞳。殺しあいの時より必死の目の奥に、真っ暗な…なにか、絶望にも似た――
怖い。なにか遊びですまされない場所へ否応なしに引き摺り上げられそうな気がして、怖い。
逃げようとした腰を掴まれる。怯えて見上げたプロイセンが、一瞬、泣いている気がした。
「…やだ…っ痛――…ぅう、あああっ」
酷い圧迫とじわじわ引き裂かれる痛みにボロボロと涙が溢れた。押し潰してくる胸板を何度も叩く。
痛い。痛い。覚悟はしていたけどこれはない。
「や、だ…っやだ…!!!抜い…てっ」
「――我慢、しろっ」
プロイセンが呻いて、一旦ずるずると引き抜かれたそれは次の瞬間ますます深く突きいれられた。
「っあ――…ぁっ」
目の前が真っ赤に染まる。
「…は、ぅ、ああ…」 圧倒的な熱量の塊が、ずっ、ずっ、と容赦なく行き来する。熱い。腹の中が灼ききれそうだ。
ぽた、となにかの雫が降ってきた。
やっぱり泣いているのか、とぼんやり見上げた顔は影になっていてよく見えず、ただその目が手負いの獣じみてギラギラ光っているのは判った。程好く筋肉のついた半身は汗でびっしょりと濡れている。
苦しそうだ――可哀想だ。ゆすぶられながらそんなことを思ってしまって、自分でも不思議になる。
おそるおそるプロイセンの首に腕を回すとぎゅうときつく抱きしめ返された。
痛みとは別のふわふわした感覚にさらわれ始めた耳に、ハンガリー、と熱い息が吹きこまれた。
ハンガリー、ハンガリー……俺は、
嗚咽のような声、初めて聞く色の声、ガクガクと揺さぶられ何度も引き裂かれてよく聞き取れない。
俺は――俺は、ずっと、
ごめん。ごめんプロイセン。そんな苦しい声を出さないで欲しい。どうしたらいい?オレは単純だから、なにがそんなに辛いのか、なににそんなに悲しんでるのか、教えてくれないとわからないんだ。
腹の中で熱いなにかが爆ぜて、一瞬何もかも理解した気がするのだけれど――ああ、もう何も考えられない。
オレたちのふざけた練習は終わった。
だがオレはオーストリアさんに、同じことは出来ないだろう。道具なんかでは無理だ。まるきり意味が違ってしまう。
男はずるい。
こんなに全身で必死になられたら、なんだか許せてしまうじゃないか。痛いし重いし苦しいのに、まるで身を震わせ泣く子どもを前にした時のように、抱きしめてなんとかしてやりたくて堪らなくなる。
オレにぐったりと体重を預け、荒い息を吐いて震えている背中に手をまわす。
練習は意味をなくしてしまった。
けれどきっとこいつのことは。この夜のこの男の辛い瞳は、何故だろう。ずっと忘れられない気がして、オレは泣きたくなった。
男はずるい。
end
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