マーメイドセーシェル
むかーしむかし、あるところ、インド洋のアフリカ寄りの海らへんに、セーシェルという一人の人魚がいました。
「あーあ。今日も海底はつまらないですぅ。
あるものと言えば魚と海藻と貝とタコと、せいぜいウスグロハコヨコクビガメぐらい。
どっかもっと面白いところに行きたいなー・・・」
そう言うとセーシェルは横にいる親友のカジキマグロ君(♂・愛称カジちゃん)に視線をやった。
だが、彼は今日も今日とて魚眼白眼の無表情だった。
しかし、セーシェルは彼の顔に何を見出したのか、瞳を輝かせこう言った。
「そうですよね!自分で待ってるだけじゃ何も起こらないですよね!
よし、私旅に出るですよ!ついてきてくれますか?カジちゃん」
思い込みが激しく、行動的。
この愛すべきマーメイドは、新世界を求めて旅に出た。
***
「やっぱ、もっと都会のそばの海に行くべきですよ。
そしたら人間のヘンな道具とかいっぱい捨ててあるかもしれないし。
きっと退屈しないですよねー」
セーシェルは泳ぎながらにっこりカジちゃん(メディトレーニアン・マーリン種)に笑いかけた。
だが彼は相変わらずぼへーっと無表情にセーシェルの傍につき従ってるだけである。
なのにセーシェルは、
「そう!ヨーロッパの方に行こうと思ってるんです!
このへんで一番都会って言ったら、フランスとかスペインとかそのへんらしいですからねえ。
ドーバー海峡を目指せば間違いないですよ」
と答え、さらに泳ぎのスピードを速めた。
そう、時は大航海時代。1492年意欲に燃えたコロンブスがスペインの支援を受けて新大陸を発見し、
スペインはそこから得られた富でうっはうっは、もうかりまっかぼちぼちでんなぁという会話がスペイン中から
聞こえてくる状態だった。
「あ、カジちゃん、疲れたですか?休憩します?」
セーシェルは傍らの魚に話しかけたが、例によって答えは返ってこない。
しかしセーシェルは
「えっ、『まだまだ大丈夫』?よかった!じゃ、一気に行っちゃいますよぉ!」
と言い泳ぎ続けた。二人(正確には半魚半人+一匹)の友情は、こんな感じで5年間も続いてるのだった。
***
数日してドーバー海峡についた二人(正確には半魚はn以下略)だったが、
その海峡には、両脇に二つの陸地があることに気付いた。
もちろん片方はヨーロッパ大陸に連なるフランスの陸地、もう片方は島国イギリスの陸地である。
「えー・・・にぶんのいちですかー・・・
ヨーロッパの方に行きたいんですけどねえ・・・
カジちゃん、どっちだと思います?」
するとカジちゃん(6歳、独身)は、波の関係かふいっと片方の方向にその長い鼻先を向けた。
「そっちですね!わっかりましたあ!さすがカジちゃん!」
どういういきさつがあって「さすが」と言う言葉が出てくるのかわからないが、
とにもかくにもセーシェルは全速力で彼が示した方向に泳いでいった。
ざざーん・・・
長い旅路の果てにようやく着いた浜辺。
空は曇り殺風景で、特に人もいなそうだった。
「あれー?」
セーシェルはその浜辺に、一人の人間が倒れてるのを見つけた。
「おお!人間ですよ!」
生まれてこのかた人間というものを間近で見たことのないセーシェル、はしゃいで近づいた。
その倒れてる人間は男で、眉毛がごん太かった。
「うーん・・・もう少しイケメンを期待したのですが・・・
なんかこの眉毛らへんがビミョーですねえ。あとなんかプライド高くてエラそーな顔。
きっと自分の女には絶対服従を要求するタイプですよ。あと変態くさい。料理下手そう」
知らないうちに自分の短所をほぼ列挙された男は、その言葉にうなされたのかうぅ〜ん・・・、とうなった。
そう、この男こそ後のイギリスである。・・・じゃなくてイギリスである。
「でも仕方ないから助けてやりますよ。
・・・溺れたって事は人工呼吸ですかねえ・・・」
セーシェルはそう言うと、自分の唇にそっと手を触れた。
(・・・でも・・・いきなり会った人間にそんなことするの・・・恥ずかしいなあ・・・)
このへんの恥じらいの感覚は、人魚も人間も同じだった。
(でも・・・このままじゃ死んじゃうかもだし)
ずーずん。セーシェルが意を決し、イギリスの方に体を傾けかけたその瞬間、
ぐぅさっ!とカジちゃん(趣味はイソギンチャクの観察)がイギリスの大事なところめがけて、その鋭い鼻先を突き刺した。
「いぃでええええっ!?」
あまりのことにイギリスは飛び起きた。意識が戻ったようだ。
(はっ)
視線が合う二人。今セーシェルはイギリスに覆いかぶさるような体勢なので、魚の下半身は見えてない。
(こ・・・こんな変態そうなやつに捕まったら、変な風に調教されて挙句の果てに売り飛ばされてしまいますう)
「おい、お前」
イギリスが口を開いたその瞬間、
「くたばれ、眉毛野郎!」
べっちーん!とその尾びれでイギリスをひっぱたいた。
「う・・・うぐぁ」
イギリスはうめいて再び倒れた。セーシェルはピンポンダッシュの少年よろしくすさーっと海に逃げてった。
おい、お前はイギリスを助けにきたんじゃなかったのか、とつっこみができるものはここにはいなかった。
***
「んー・・・カジちゃん、これからどうしましょうねえ」
海の底でセーシェルはカジちゃん(出身はマリワナ海溝)に呟いた。
「・・・でも、人間見たら、自分も人間になりたくなったです。
あの男、海の底では見たことないような綺麗な格好してました。自分もああいう服着てみたいです」
漂ういけすかない感じはともかく、身なりだけはよかった、と思った。
「・・・もしかしたらどこかの国の王子かも」
確かに、それにふさわしい格好をイギリスはしていた。体中の金の飾り、上等の絹の服。
そこでセーシェルは、いつか聞いた、北の海で人魚が人間の王子に恋し結ばれたという噂話を思い出した。
イギリスの顔を思い出し、あいつに恋?とぶんぶんと首を振る。しかし、
「・・・あいつが王子かどうかはともかく、陸に上がればパトロンになってくれるかもしれない」
そう思い至ると、セーシェルに素晴らしい考えが浮かんだ。
陸からの文物を海で待つより、自分で陸に上がった方がいいに決まってる。
セーシェルは海溝の深いところ、魔法使いのいるところまで全速力で潜っていった。
***
「俺が北欧の王者に決まってっぺ!」
海溝の底の底ー・・・にある家、そこに住まう短髪で精悍な顔をした魔法使いはセーシェルに会うなりそう言った。
「意味分かんないんですけど・・・」
「気にするな。それより何の用だ。あまり俺に喋らせるな。やっぱりこのSS書いてるやつの水戸弁はあやしいっぺ」
ますます意味わかんないと思ったが、これ以上突っ込まないことにし、事情を話す。
「はーん・・・まあ、足を生やすくらいなら、ぜんぜんできるっぺよ。なんてったってウチは人魚姫伝説の地だからな」
「本当ですか!?お願いしますっ!」
セーシェルは顔を輝かせたが、デンマークは指を突き付けてこう言い放った。
「ただし、対価がいる」
「ええー、ただじゃないんですかぁ」
「当り前だっぺ。ただで手に入ると思ったか?
何にでも対価がいるっぺよ。物には金、人には愛、魔王には感謝」
「はあ・・・。で、対価ってなんですか」
「お前の声だ」
それを聞いた瞬間、セーシェルの笑顔はみるみる萎えた。
「えーやめてくださいよう。声が無かったらただでさえ不案内な陸上で困るだろうし、
この浜辺に咲くハイビスカスのように溌剌としてかわいらしい声、けっこう気に入ってるんですから」
「うーん・・・、でも、女の子の声は高く売れるんだっぺ」
「なんとかなんないんですかぁ」
「じゃあ、声の一部分だけで作ってやらないこともない」
「声の一部分?」
セーシェルは首をかしげた。
「あえぎ声」
***
(へ・・・変態ですぅ・・・)
セーシェルは浜辺にいた。
その下半身には、すらりとした二本の人間の足がついている。
『だってしょうがないっぺ?声の一部としては、それが一番高く売れるんだから』
(もー、世の中変態だらけです!)
だが、喘ぎ声と引き換えに足をやるという申し出は、内容はともあれセーシェルにとって破格の条件に思えた。
(喘ぎ声なんて、別になくて困るもんでもないし)
だが、この取引がこのあとわりとすぐに、セーシェルをおおいに困らせることになるのを、今は知る由もなかった。
ぺたぺたと浜辺を歩くセーシェル。だいぶ二足歩行にも慣れてきた。
「人間ってのは不思議な体してますねー。特に足の間。
なんか割れ目があって中がちょっとグロい感じですけど、何に使うんでしょう」
セーシェルはとりあえず昨日の眉毛男を探そうとした。
なんてったって命の恩人だし(最後は自分で気絶させてしまったが、そこは都合よく忘れてくれていることを祈る)
陸で頼れるよすがといえばあの男くらいしか思い浮かばない。
あの日からずいぶん時間も経ってるし、セーシェルが知らないだけで陸と言うのはとてつもなく広いのだが、
御都合主義の賜物でイギリスはまだ浜辺の近くにいた。
ただし一人ではなく、周囲に屈強そうな男たちが彼を取り巻いていて、何やら話し込んでるようだ。
近くには立派なガレー船が停泊している。
「いたいた!おーい、そこの眉毛野郎!!」
第三者が聞いたら失礼にもほどがある呼びかけなのだが、イギリスは(悲しいことに自覚があるのだろう)
セーシェルの方を向くと、げっという顔をして硬直した。
つられて周りの男たちもセーシェルを見るが、イギリスと同じリアクションをするか、
ヒューと口笛を鳴らし鼻の下を伸ばした。
そう、セーシェルは、裸だったのだ。
パイパン気味のまさに生まれたての姿で、たわわな乳房を揺らしこっちに走ってきているのだ。
「おまあああああああああああっっっ!!!!!
服着ろばかああぁぁああああっっっっ!!!!!!」
イギリスは周囲の空気が張り裂けんばかりに叫び、セーシェルの方に超スピードで向かい、
まわりの男たちのブーイングを無視して自分の服をかぶせ、そのまま船に連行したのだった。
***
「お前、何なんだよ。どうして服を着てなかった?」
イギリスの部屋と思われる船の一室に、セーシェルは連れてこられた。
今は男ものではあるが上下に簡単な服を着ている。
「え?服って絶対に必要なんですか?」
人間が服を着ているのは知っていたが、体温の高い哺乳類が寒さに耐えるためだろうと思っていた。
性器も肛門もむき出しの海の世界で、恥部を隠すなんて概念はない。
「はー・・・わかった、お前、田舎者なんだな。
海の向こうには理解できない文化を持ったやつがいると聞く。
別にそれをどうこう言ったりはしないが、この国でそんな恰好してると襲われて犯られておかされるぞ」
最後のほうの一連の単語はいまいち理解できなかったが、とりあえず親切心で言っていることだけはわかった。
「お前、どこから来たんだ」
イギリスの問いに、セーシェルは困った。
(えーと、インド洋アフリカ地域北東部セーシェル諸島7丁目の23めぞん・ど・ぐっぴー303・・・なんて
言ってもわからないですよね)
「遠くです」とりあえず答えた。
「まあそうだろうな。肌の色もずいぶん違うし・・・。で、この国に何しに来たんだ」
セーシェルは少し考え、嘘ではない答えを言った。
「新しい世界を、見に」
イギリスはふーん・・・と言い、セーシェルを値踏みするようにじろじろ見た。
(なんですかこの眉毛ぇー、あんま見るなですよ)
助けられた恩があるので口には出さなかったが、なんだか嫌な予感がした。
けっこうな時間セーシェルを眺めまわした後、イギリスは表情を変え、言った。
「よし、決めた」
「?」
セーシェルはわけがわからなかったが、イギリスはセーシェルの方に近付くと、
いきなり彼女の上着の前をばっ!と開いた。張りのある乳房が露わになった。
「お前、今日から俺の女な」
***
こうして、人魚姫と王子は恋人同士になり、毎日ヤリまくりの幸せな日々を過ごしました。
めでたしめでたし。
・・・と、普通の人魚姫だったらここで話が終わるはずだが、このエロパロ人魚姫、そうは問屋が卸さない。
「おっかしーなー・・・、おいお前、なんで声出さねーんだよ」
寝室でイギリスは頭を掻き掻き言う。行為の最中であり、お互い服はまとっていない。
「だってー・・・」
セーシェルはごにょごにょと呟く。魔法で喘ぎ声だけ抜き取られたとは言ってはいけない。
それを告白したら魔法の効果が無くなる、と魔法使いに言われていた。
「俺の技じゃものたんねーっつーのか」
ぶんぶんと首を振るセーシェル。少なくともそんなことは無かった。
初めて会ったあの日、そのままベッドに連れてかれた。
セーシェルにとって、魚類の交尾行動は見たことがあっても(雌の産んだ卵に雄が精をかけるアレ)
人間の性交というものに関する知識は全くなかった。
そこで、初めて股の間の割れ目の意味を知った。
まさか雄とはああも体の構造が違っていて、あんなモノを入れるための割れ目だったなんて、とがく然としたものだ。
しかも、これも驚きだったのだが、人間の交尾行動というものは異様に気持ちいいのだ。
初めての日も、セーシェルの「割れ目」はなんなくイギリスを受け入れ、至高の快楽を味わった。
イギリスがやたら上手いのと、セーシェルにもともとそのような素地があったからだろう。
もしくは、二人の体の相性が良かったのかもしれない。
だが、快楽を感じるのだが、それが声に出ない。
声に出せないとなると、快楽という激しい感覚は体の中にこもり、次第に体を疲弊させる労苦となる。
行為の最後の方になると、いつもセーシェルはほとんど力尽きかけていた。
だが、場数に自信のあるイギリスは、自分の抱き方で女を啼かせられないのがたいそうご不満らしく、
あの手この手でセーシェルに声を出させようとする。
マニアックな体位や縛りプレイ、果ては東洋の仙人から取り寄せたという怪しげな媚薬とやらまで持ち出した。
そんな晩がほとんど毎日。次の日セーシェルは疲れ果てて眠るばかりになる。
イギリスはそのひ弱な体のどこから出てくるんだと言いたくなる体力で、
ほとんど寝ずに昼間も活動しているようだが。
「せっかく新しい世界に来たのに・・・。この船からほとんど出てないですぅ・・・」
船の甲板で、海にいるカジちゃん(好きな食べ物はゴカイ)にむかってセーシェルは言う。
「セックスは気持ちいいけど疲れるし、もうヤです。
だいたいあの野郎、『そんな恰好してたら襲われるぞ』とか言っといて、
自分で襲いまくってるじゃないですか!」
セーシェルはぷりぷり怒った。だんだんと人間の「そういう」言葉もわかってきた。
カジちゃんが微妙に口をぱくぱくさせた。
「え、じゃあ逃げればいいじゃないか、って?」
(確かに・・・でも・・・)
その時、
「おーい、セーシェル」
イギリスが帰ってきた。手には何か袋のようなものを抱えている。
「何と話してんだよ。全くお前は不思議ちゃんだな」
「・・・妖精さんの見える奴に言われたかないですよ」
「うるせーな、見えないお前の心が汚れてんだよ・・・、と」
そういうとイギリスは袋の中をごそごそと探る。
「お前にやる」
ふわりと広げられたそれは、南欧風の女性の衣裳だった。
「わー、どしたんですか、これぇ」
「ん、まあちょっとしたいきさつで手に入ってな・・・。まあ今日はそれ着てヤろうぜ」
よく見ると、その服はところどころに切れ込みが走っている、けっこう露出度の高いものだった。
「ばか、変態!珍しくプレゼントしてくれたと思ったら!」
「うるせーな、いいからもう部屋行こうぜ」
イギリスはそう言うと、セーシェルの肩を抱き半ば無理やり寝室に連れていった。
(なんで、私は、こんな奴のもとから離れないんだろう)
セーシェルは知らなかった。
さっきイギリスを見た瞬間、自分が笑顔になっていたことを。
自分は今、愛される幸せの中にいて、自分も彼に愛情を感じ始めていることを。
***
ギシギシと揺れるベッド。結合部の生々しい水音。荒い息。
今日もベッドを支配するのはその音だけだった。たまにイギリスの短い声がそれに加わる。
「ふっ」
セーシェルの中に射精して、イギリスは小さく声を出した。
もうすでにセーシェルは何回イかされたかわからず、
それでも声が出ないのでそれに気付かれることが無かったため、
途切れる意識を乱暴な刺激によって揺り戻されていた。
「・・・おい、大丈夫か」
今さらイギリスが気付いた。
「・・・大丈夫そうに見えますか?このニブチン」
うらめしそうにイギリスを見やるセーシェル。
顔は火照り真っ赤で、体中から汗が噴き出ていた。肩で息をしている。
「なんだよ、辛いならそのとき言えばいいじゃねーか。
だいたいお前反応が薄いからどこまでやっていいかわかんねーんだよ」
もっともと言えばもっともなんだが、声を出せない理由は言えない。
「そこは察しろです」
「うるせーな、声出さないお前が悪いんだよ。くそっ、今日はなんとしてでも啼かせてやる」
そう言って第2ラウンドに突入しようとするイギリス。だが、セーシェルはもうくたくただった。
「らめですっ!今日はもう寝ましょう!」
「えー・・・何だよ、お前とヤるのがここでの生活の唯一の楽しみなんだぞ。
それを俺から奪うって言うのかよ」
ここでの生活?セーシェルはその言葉にひっかかった。
「ここでの生活って・・・じゃあ、普段はここじゃないとこに住んでるんですか?」
少なくともセーシェルは、イギリスがこの船以外に寝泊まりしてるのを見たことが無い。
「ん、まあな。この船はここ最近の仕事用。多分そろそろここでの仕事も終わる。
そしたらお前、今度はおれんちに連れてくからな。覚悟しろよ。うちは超豪華でな、
そこにはベッドルームにでかい鏡があってだな、全身が映って・・・」
最後の方は聞かなかったことにして、セーシェルはイギリスの言葉を反芻した。
(そうかあ、でも、仕事でこんなでかい船を使えるってことは、すんごいお金持ちなんだ。
やっぱり王子なのかも)
そう思いいたるとセーシェルは気が良くなって、イギリスの方に体をもたれかけた。
「ふふふ、おうちに行くの、楽しみですー♪」
「おっ、なんだよ珍しく素直じゃねーか。じゃ、今からもっかい」
言い終わる前に、ごすっ!とアガラス海流の荒波で鍛えた上腕二頭筋からの鉄拳が撃ち込まれた。
***
今日も今日とて世界は快晴・・・ではなく、英国の空はいつも曇り模様。
セーシェルは例の如く、イギリスとの夜の行為のせいで昼間まで疲れ果てて眠っていた。
いつも通りイギリスはどこかに行っており、船には数人しか人がいない。
そのとき。
ずどーん!
船に大きな衝撃が走り、船体が大きく傾いた。
一度寝たら赤潮が来ようがスマトラの大軍が来ようが目を覚まさないと自負するさすがのセーシェルも飛び起きた。
「わわ、なんですかぁ?!シロナガスクジラでも衝突しましたかあ?!」
しかしそうではなかった。甲板に飛び出てみると、遠くにもうひとつ大きな船が見える。
その船は船体についているいくつかの大砲から、もうもうと黒い煙を出していた。
その船の甲板に、数人の海兵に交じりひときわ目立つ身なりのいい青年がいた。
「ははは!ついに見つけたでぇ、イギリスのやつ!」
その黒髪の青年は爽やかに笑うと、そばにいる茶色い髪の少年にこう言った。
「なぁロマーノ、ほんまよかったわあ。今まであの海賊野郎にはいっぱい食わされてきたけど、
今回の攻撃でこの無敵艦隊アルマダの面目躍如ってとこやんなあ」
だが、子分の少年はその向けられた笑みに対してむすっとしてこう言った。
「うるせーぞコノヤロー。お前も一国の王子のくせに、こんな前線まで戦いに来てるんじゃねーよ。
付き合わされてる身にもなってみろ。この祭り好き」
「えー、ええやんかあー。太陽の沈まぬ国の王子は情熱的なんやで!」
何うまく美化してやがるんだ!と子分はぎゃあぎゃあと抗議したが、それを無視しスペインはイギリスの船に視線を向けた。
そこには甲板で迫りくる水漏れにわたわたしているセーシェルの姿があった。
「なんやあれ、女の子やないか」
スペインはそう言って自分の船をイギリスの船ギリギリまで近づけた。
「おーい、そこにおるものごっつかわいい子ー!」
「ものごっつかわいい子」と呼ばれて、セーシェルはぱっ!と極上の笑顔で振り向いた。
「なんですかー!?」
「その船は危険やでー!今はイギリスがおらへんようだからあいさつ程度に攻撃してるけど、
奴が帰ってきたらじき俺らが壊滅させるからなー!降りた方がええでー!」
その言葉にセーシェルは目を丸くした。
「えっ、でも私ここ降りたら行くあてがないんですよう!」
「え、そうなん?」
スペインは少し考えたが、やがて満面の笑みを浮かべてこう言った。
「じゃ、俺の船に来るといいわあー」
***
「へー、あんたイギリスの女なん?」
まあ、そういうことになりますねー、とセーシェルは言った。
不本意ではあるが、確かに最初の日そう言われて船に置いてもらっているのだから、間違いではないだろうと思った。
案内されたスペインの部屋はイギリスのそれより何倍も豪華で、近くで見ると船自体もかなり立派だった。
「そうなんやー。船に女乗せるのは不吉だっていうのになあ、あのスケベ。
でも、あいつはあきらめた方がええでぇ。今から俺らがやっつけてしまうからなあ」
セーシェルは出されたお茶を飲みながら(それもイギリスのものよりずっと上等なものだった)
大人しく話を聞いていたが、さすがに「やっつける」まで言われると不安になった。
「い・・・イギリスさん、何であなたと喧嘩してるんですか・・・?」
「んー?なんや知らんの?あいつ、俺んとこの商船襲いまくってるんや。
俺の国の船は今新世界からの珍しいモノでいっぱいやからなあ。
その悪いやつを俺は、一国の王子として成敗しにきたわけ」
そこまで聞くとセーシェルは 「ん?」 となった。
新世界から持ってきたという赤い果実をおいしそうに齧る王子に向かってこう言う。
「船襲うって、それって、まるで」
一拍置いて、エラ呼吸のときは出来なかった深呼吸をし、続ける。
「・・・・・・・海賊みたいですよね?」
セーシェルのその問いに、スペインはきょとんとした。
そして頭を掻き掻きこう言う。
「いや、みたいも何もそうやけど」
***
セーシェルはショックだった。今まで「王子かも」と期待していた恋人が実は海賊で、その敵が王子だったのだ。
夜中、与えられた豪華な客間のベッドでごろごろとのたうちまわる。
「うぐあー、なんですかこの衝撃はぁー・・・」
一人もんもんとしていると、こんこんとドアをノックする音が聞こえた。
「なんですかあー?」
と応じると、スペインが入ってきた。
「いや、こんな夜中に悪いなあー・・・」
イギリスだったら絶対に言わないその言葉に、(そもそもイギリスは部屋に入るときノックすらしない)
セーシェルは少し戸惑いながらも答えた。
「あ、いいんですっ。それよりもこんなかっこで」
セーシェルはそのとき寝巻き姿で、(これもイギリスの与えたものより上質で・・・いや、もうみなまで言うまい)
胸の先頭が薄い絹越しにはっきり見て取れるなかなかエロい格好だった。
スペインはそのセーシェルの姿を見るとふっと熱を帯びた眼をしたが、すぐにいつもの明るい青年の顔になり、
セーシェルのいるベッドに腰かけた。
「今日はあいつ、帰ってきいひんかったわー。ていうか、俺らがすぐそばにいるから、うかつに船に戻って来れないんやと思うけど。
あ、でもあいつの船にはちゃんと置手紙しといたでえ。
『お前の大事なお姫様は俺が預かった。返してほしくば正々堂々と出て来い眉毛野郎』ってな」
「眉毛野郎」のところでセーシェルはきゃっきゃと笑った。
「眉毛野郎、だけじゃなくて変態料理兵器無神経エロ眉毛野郎、くらい言ってやっていいんですよぉ」
笑うセーシェルに少し安心したのか、スペインの表情もほぐれた。
だが、少しすると声のトーンを落としてぽつりとこう言った。
「・・・なあ、あんたの恋人やっつけるからって、おれのこと嫌いにならんといてや・・・」
予想外の言葉にセーシェルはきょとんとしたが、慌てて言葉をつむぐ。
「え、いや、べ・別にあいつとは恋人っていうか、なりゆきっていうか、そそそういうんじゃありませんから!」
「ほんま?嬉しいわぁ」
そういってスペインはにっこり笑うと、セーシェルの方に体を傾けた。
セーシェルは一瞬はっとしたが、状況を飲み込む前にスペインの片手がセーシェルの乳房に伸びた。
形のいい乳が、スペインの手に包み込まれ変形する。
指の間に乳首を挟まれ、服の上でもその屹立した乳頭がはっきりわかった。
「す、すぺいん、さん・・・?」
「・・・ごめんな、いや、こんなエロいことしにここに来たわけやないし、
ましてやこの船に呼んだわけでもなかったんやけど・・・セーシェル、かわいいんやもん」
そう言ってスペインは少し申し訳なさそうに、だが優しく笑った。
乳房をまさぐる指の動きは止まらず、セーシェルは自分の下がどんどん濡れていくのがわかった。
スペインは強張った面持ちのセーシェルの額にちゅっと口付ける。
「な、このままここにいてええんやで。んで、うちの国に来いや。
そしたらお前は俺の国でお姫さんや。服でも宝石でもなんでも買うてやるで」
そう言いながらスペインはゆるりとセーシェルを押し倒す。
首筋にキスをし、茂みに手を伸ばし突起を刺激してやる。
(あ、あ)
スペインの手の動きに合わせてセーシェルの体はびくんびくんと動いた。
しかしやはり魔法のせいで声は出ない。
しかし、触られながらセーシェルは思った。
(この人は、私の探していた「王子様」。しかも変態と違って優しいしひねくれてないし、この人の国に行けば
欲しいものはきっと全て手に入る。憧れていた綺麗な服も、宝石も、全部。
もしかして、これが「めでたしめでたし?」)
セーシェルの中にスペインの指が入ってくる。イギリスのとはちがうその動きに違和感を覚えた。
(でも)
「んー・・・俺、下手?そんな押し黙って・・・」
スペインは指の動きをやめセーシェルを見た。しかしセーシェルの頬は紅潮し、目は潤んでいるので、
感じてるのは瞭然だった。
「・・・もしかして、我慢しとる?まあそうやな。いきなり恋人を奪った新しい男となんて、乗り気になれへんよな」
スペインはセーシェルから身を離すと、そのままドアの方へ向かった。
「・・・俺を受け入れるのは、気持ちがほぐれてからでええわ。すまんかったな」
その笑みは彼の国の太陽のように暖かだったが、少し切なさも含まれているようだった。
ばたん、と閉じられたドアをセーシェルは呆然と見つめていた。
***
ぼー・・・と甲板に立つセーシェル。船の下には、相変わらずカジちゃん(スペインのとこに来てから
餌が豪華になりゴキゲン。イギリスの作った餌は食えたもんじゃなかった)がのへーっとしている。
「カジちゃん、私、どうしたらいいんでしょうか」
昨日、「あいさつ代わり」の砲弾を数発イギリスの船にぶちこんで、この船は陸から少し離れた沖合に停泊している。
だが、船員は来るべきイギリスとの戦いに備え着々と準備を進め、緊迫した雰囲気がセーシェルにも伝わってくる。
再戦の日は遠くないようだった。
セーシェルが溜息をつくと、カジちゃん(この船で一番お気に入りなのは、遊んでくれるロマーノ)が無表情ないつもとうってかわり
びちびちびちっ!と激しく体をばたつかせた。
「!?」
珍しい彼の行動にセーシェルは驚いたが、すぐに理由がわかった。
イギリスの艦隊が群をひきいて、こちらにやってきたのだ。
その中でも一番でかい船の先端にイギリスはでんと構え、長い剣をスペインの船のほうに突きつけた。
「やい(ピ―――――――:エロパロ板でも表示がはばかられる下品な形容詞)野郎!
てめーおれの船に何しやがってんだ、ばかぁ!」
大きな声で叫ぶと、こほんと咳払いして小さく付け加えた。
「あと、俺の船からとっていったもんを速やかに返すように」
セーシェルは唐突に現れた久々の恋人の顔をぽけーっと眺めていたが、やがて船の中からスペインが出てきた。
「お、来よったなあ」
その顔はひょうひょうとしていて、この状況を楽しんでるようでもあった。
セーシェルの横に立つと、肩を抱き寄せて言った。
「すまへんなー!俺もこの子欲しいねん!この戦いで勝った方が、この子を幸せにする権利を得るってのはどうや?」
「何勝手に決めてんだよ、俺のものは俺のもの、お前のものも俺のものなんだよ!
とりあえずセーシェルは明らかに前者だから返してもらうからな!」
ずどーん!とイギリスの大砲がスペインの船めがけて撃ち込まれる。
その振動でセーシェルの足もとがぐらぐら揺れた。
「ばっかやろー、眉毛!私がここにいるのに、なに攻撃してるんですかー!」
あ、いっけね、とイギリスは舌を出した。
だがもう遅く、その砲弾が始まりの合図となり海戦が始まった。
互いの船からどぅんどぅんと砲弾が撃ち込まれ、波が上がり船が揺れた。
小舟によりイギリス側の海賊たちがスペインの船に乗り込んでくる。
そばを通る弾丸の音に「ひっ」と声をあげたセーシェルの背中を、スペインは軽く押す。
「ロマーノ!セーシェルのこと守っといてやぁ」
そう言って自分は戦場へと乗り出す。ロマーノは「ん」とだけ言いセーシェルをかばうようにして
船の物陰に移動した。
「あ・・・ロマーノさん」
「なんだ」
「カジちゃんは」
この荒れ狂う戦場で、海の中にいるはずのカジちゃんの安否がずっと気に掛っていたのだ。
ロマーノは無言で樽の影のいけすを指さすと、そこにはカジちゃんがいた。
「よかったあ!ありがとうございます!!」
「まあ、このくらいのことできる余裕はあるさ、あの馬鹿と違ってな」
ロマーノは普段と違う格好つけた口調でそう言った。女の子には軟派なイタリア男である。
セーシェルが大切そうにカジちゃん(いけすもたまにはいいな、と思っている)をなでると、甲板の方から声がした。
「おーいセーシェル!どこにいんだ、帰んぞ!」
その声はまぎれもなくイギリスのもので、彼は海賊のキャプテンという立場にも関わらずスペインの船に乗り込んで、
海兵たちとチャンバラしながらどんどん敵陣の深くまで入り込んでいった。
「はうっ!眉毛!」
セーシェルはイギリスの声に思わず反応した。
「お!そこか!そして誰が眉毛だ!!久しぶりに会って言うことはそれかよ!」
イギリスは走ってセーシェルの方に近づいたが、その目前をひゅん!とスペインの剣がかすめた。
「ストップストップストーップ、やで。あかんなあお前、この戦いに勝った方が、言うたやんか。
紳士の国がそんなんでどうするんや」
「んなのお前の決めたルールじゃねえか。なんで俺が従う必要があるんだよ。
それに、紳士なんてこの時代にはいねーよバーカ。いるのは変態と言う名の変態だけだよ」
「そうか、じゃあしょうがないなあ・・・。一騎打ちで決着つけるのはどうや」
そう言うとスペインは剣をすらりと抜き、イギリスの方へ向けた。
「望むところだ」
イギリスもそれに応じて、剣を構える。
「やめて下さいっ!私のために争わないでっ!ああ、このセリフ、いっぺん言ってみたかったんですよー
って本当にやめて下さい!」
「うるさい!べ、別にお前のためじゃないぞ。どっち道こいつとは決着を着けなきゃいけないんだからな!」
かきーん!二つの剣がぶつかり合う。
二人の実力は互角のようで、激しい剣のやりとりが続いた。
「あわわわ、どうしよう、どうしよう、カジちゃーん」
セーシェルはただおたおたし、カジちゃん(水温が上がってきた。やっぱりいけすは駄目だなと思っている)
を涙目で見つめている。カジちゃんはその長い鼻先を二人の方に向け戦いの行方を静かに見つめていた。
いや、魚の目は外側に付いてるので、実際は空でも見てるんだろうが。
そしてその鼻の先には、もはや剣を捨てヤンキーの喧嘩よろしく殴り合ってる二人がいた。
「てめーのかーちゃん(ピ――――:エロパロ板でも以下略)!!!」
「うっさいわ、このまゆげ!!まゆげまゆげ!!」
いや、違った。小学生のケンカである。
しかし、スペインの強烈なトマトキック(親分バージョン)が決まり、イギリスは船の端まで吹っ飛んだ。
「ぐふっ」
すかさずイギリスの首を絞め、そのまま壁に打ちつけるスペイン。
「どや、堪忍せえ。もううちの船を襲わない、セーシェルは諦めると誓うんや。そしたら離したる。
んで、あの年中曇った陰気な国に帰りぃや」
「うる・・・せぇっ・・・!どっちも呑めるか、んなもん・・・!!」
イギリスは抵抗したが、ぎぎぎ、と首を絞める力は強くなる。
「欲しいもんは何でも手に入れて・・・やるんだ。お前の新世界の富も欲しい。
いや、新世界そのものだってきっとそのうち手に入れて・・・やる。
セーシェル、は」
そこまで言うとイギリスはげふっ!と咳きこんだ。
「セーシェルは何や」
「・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・超マグロ女だから多分お前じゃ相手無理」
「ぬあああああんですとおおおおおお!!!????訂正しやがれイギリスー!!!!」
セーシェルがまさにイギリスに飛びかかろうとしたその瞬間。
カジちゃんが理科の先生が作ったペットボトルロケットのごとくブヒュッ!と美しいジェット噴射でいけすから飛び出した。
いったいいけすの中でどのように反発力をつけたのか、どういう物理法則が働いてるのか、書き手にも全くわからない。
「カ、カジちゃん・・・!?」
大きな弧を描き空中を飛ぶカジちゃん。水しぶきが光を受け輝いている。
一番高く舞い上がったかと思うと、ひゅうううううと言う音を立てて降下していった。
「・・・おま、マグロ女て。仮にも自分の女になんてこと言うねん」
「じゃ、お前、あいつと寝たか?あいつ絶対声出さな」
ぐうさっ!!!
勢いよく、カジちゃんが人間に刺さる音がした。
イギリスはいつぞやの記憶がフラッシュバックしたのか、その音に思わず股間を押さえた。
しかしカジちゃんがささっているのはイギリスではない。
「い・・・・マグロ女て・・・こういう意味かいな・・・」
スペインの背中にぐっさりとカジちゃんの鋭い鼻が刺さっていた。
「か・・・カジちゃん!」
セーシェルはカジちゃんの意外な行動に、ただ目を丸くしていた。
よろよろとのけぞるスペイン。イギリスはスペインの絞首から解放されてげほげほ咳きこんでいる。
「おい、スペイン!何やられてんだコノヤロー!!」
ロマーノが駆け寄った。スペインの背中からカジちゃんを引き抜き、セーシェルの方向に投げる。
セーシェルは慌ててキャッチした。
ロマーノはイギリスの方をぎっ!とにらみ、真っ赤な顔で言った。
「王子のこいつが死んだら船員全員の責任だろうが!何してくれんだ!」
「ははは、魚にやられてやんの。きっとあのカジキマグロ、お前んちのより俺の作ったメシが食いたくなって
俺に加勢したんだぜ」
「何わけわかんないこと言ってやがる!くたばれバッファンクーロ!」
そう言うとロマーノはイギリスに言葉通り(Va a fare in culo=尻にぶちこむ)キックをお見舞いした。
トマトキック(子分バージョン)はそこまで強いものでもなかったのだが、船の壁によりかかっていたイギリスはバランスを崩した。
「お、うお」
と小さく手を泳がすと、「うわあああああ!」と叫びそのまま海に落ちた。
「きゃあああああ!?」
さすがのセーシェルも絶叫した。どぼん!とはるか下の場所に音が立った。
ロマーノはこんなことになるとは思わなかったようで、げっという顔をしている。
泳げないはずのないイギリスだが、乱闘の傷が原因か、がぼがぼと溺れ水を飲んでいた。
「ああああ。どうしようどうしよう」
飛び込んで助けたいが、この姿で泳いだことはない。
人魚に戻れば泳げる。しかし、そうしたらもう一度人間に戻れる保証はない―――――。
イギリスの姿がとぷん、と水の中に沈んだ。
セーシェルはもう迷わなかった。
「イギリスさーん!!!」
セーシェルは船壁の上に立ち、叫んだ。
「私、マグロ女じゃありません!感じてないわけじゃなかったんです!!
私、本当は人魚だったんです!魔法で喘ぎ声だけ抜き取られてたんです――――!!!」
そう叫び終えると、セーシェルの脚にしゅるしゅると煙が立ち、魚の下半身が現れた。
あぜんとそれを見つめるスペインやその他海兵たちにはお構いなしに、セーシェルは海に飛び込んだ。
慣れた水中の世界に入ると、イギリスの姿はすぐに見つかった。
気を失っており、服が水を吸いどんどん下の方に潜って行っている。
セーシェルは沈んでいくイギリスの服をひっつかみ、水の上まで上がろうとした。
水を吸ったイギリスの体は水の中でも重く、指が引きちぎれそうになる。
(でも、離さない・・・っ!)
ざば!ようやく水の上に顔を出したセーシェル。
しかしイギリスは気を失ったままで、顔色は青ざめていた。
セーシェルは迷わずイギリスに口付けた。
人工呼吸。あのときは出来なかったマウストゥマウス。
今ならためらいなくできる。
「ん・・・」
苦しそうにイギリスが呻き、ぼんやりと目を開けた。
セーシェルの顔が輝く。
「イギリスさん」
「セーシェル」
イギリスがこの状況を理解しているのかはわからない。
しかしお互いの今の気持ちが同じであることはわかる。
もう、離れたくない。
イギリスの手がセーシェルの頬にそっと触れた。
そのまま顎を引かせ、まるで王子様がお姫様にするような純粋なキスをした。
「ふ・・・ふられてもうたなあ・・・」
スペインが船にもたれ二人を見ながら言った。
「だーから言っただろうが。お前はいっぺんに二つのこと出来るほど器用じゃねーんだよ。
おら、もうそんな怪我してんだ。帰んぞ」
「せやなぁ」
戦いが終わった。
スペインの海軍は、船も人もイギリスの粗暴な船員達にボロボロにされていた。
おそらくこのまま戦いを続けていても負けていただろう。
これが歴史に名高いアルマダ海戦である。嘘である。
「ふふん・・・楽勝だったな」
スペイン達の船を見送りながら、船の甲板に立ったイギリスが言う。横にはセーシェル。
「死にかけたくせに何言ってんですか。私とカジちゃんがいなければ今頃海のモゲラです」
「うるせーな、それよりお前・・・」
イギリスはセーシェルの魚の下半身をちらりと見た。
セーシェルはこの問題を思い出しはっとなる。
「どどど、どうしましょうイギリスさん・・・。このままじゃ私・・・」
「うん、このままじゃ」
涙目のセーシェルに対し、イギリスは極めて冷静に言葉を紡いだ。
「セックスができないな」
どかーん。イギリスの思考体系のあまりのわかりやすさに、セーシェルはずっこける足もないのにずっこけた。
「いや、魚に欲情するくらい、車や電話機に欲情できるイギリス国民にとっちゃ余裕なことなんだが、
さすがに穴が無いとなあ。卵出す穴とかでいいのか?おいお前、ちょっと横になってみろ」
と言ってお尻の部分を触り出したイギリスに、わなわなと震えていたセーシェルはぶわちーん!
と尾ひれからの一撃をお見舞いした。
「ばかっ!あんたの考えることはそんだけですか!!」
「い・・・いや、大事なことだろうが!!別にお前が魚でも不都合無いならそのままでもいいし、
人間に戻りたかったら戻してやるだけの話だ。お互いの意思確認は大事だろ」
戻して・・・「やる」?
「あのー、戻してやるって、イギリスさん」
セーシェルが聞く。
「これ、魔法使いにやってもらったんですよ?
それとも何ですか、イギリスさんは自分が魔法使いだとでも言うんですか?
そこまでファンタジーが進んでたとは、ちょっと、実家に帰る方向も考えだしてきましたよ」
かなりけげんそうなセーシェルに対し、イギリスはあっさりと答える。
「そうだよ。魔法くらい使えるぞ。むしろファンタジーの本場はウチだろ」
そう言ってイギリスはふところからさきっちょに星がついている棒を取り出し、
ほあた☆と気の抜ける声を出してセーシェルに向けてそれを振った。
するともくもくと煙が立ち、セーシェルに再び人間の足が現れた。
「い・・・いきなりの男役魔法使い設定とか・・・。
いくらこのSSがいい加減だからってめちゃくちゃですぅ」
「うるせーな、別に文句無いだろ?んで、お前の声取ったのどこの魔法使いだ?
このへんだったらデンマークとかか?あいつなら顔馴染みだ。ちょっと待ってろ」
イギリスはささっとチョークで甲板に魔方陣を描き、
「遥かなる北の地より召喚する!さあ出でよ!なんか水戸弁で魔法使える本編未登場のやつ!」
瞬間ぼぼん!と煙が立ち、デンマークが「呼んだか?」と地面から顔を出した。
イギリスはしゃがんで(ヤンキー座り)デンマークに話しかけた。
「おいお前、こないだ女の子の喘ぎ声取ったろ。あれ、くれないか」
「なんでお前が知ってんだ。まあそうだけんど、なんだ、お前あれ欲しいのか。
へへへ、まったくすけべな奴だっぺ」
「いや否定したいけど、まあいい。それで、いくらだよ、それ」
「上玉だからほんとはすっげー高いんだけど、まあお前にはこないだおまえんち特製の艶本貰ったから
それで相殺でいいっぺよ。あれすごいな。え、あれは性教育の本?お前んち子供に何教えてるんだっぺ」
ひとしきりイギリスと喋ったのち、小瓶を渡すとデンマークは「またなー」と言ってしゅるしゅる陣の中に消えていった。
消える間際、陣の中から「ホイホイ召喚されるな・・・うざい・・・」という声が聞こえた気がした。
***
そして迎えた夜。
当然のごとく寝室にいる二人。
ギシギシと鳴るベッド。息の音。以前と違うのは、それに女の声が混じってることだった。
「あああぅっ、くぅ・・・」
「なんだお前、ほんとは超絶倫だったんじゃねーか」
「・・・それはイギリスさんのせいで・・・ああんっ!」
「いいから挿れるぞ」
船の傍の海の中、カジちゃん(好きなものはゴカイにコエビ)はそんな二人の声を聞いていた。
長い付き合いの彼にはわかっていた。彼女が誰と結ばれるべきなのかを。
だからあの時、イギリスに加勢したのだ。
「あああっ!ああ!!」
セーシェルの声が甲高くなる。カジちゃん(好きなことは夕暮れの海を泳ぐこと、サザエの貝殻を集めること)
はこの声も聞き納めかなと思っていた。
陸で暮らす彼女と、自分はいつまでも一緒にはいられないだろう。
いけすは嫌いだし。まあ、たまには顔を見に来るかな。
“何にでも対価がいるっぺよ”
イギリスは彼女に対価を求めなかったが、自分が去ることが、
彼女がほんとうに人間になるための対価なのだろう。
「ああああああああああああああああああああああああんっwwwwww」
カジちゃん(だけど、この世で一番好きなものは、セーシェル)はセーシェルの今までで一番大きい、幸せそうな声を聞くと、
満足そうに海に潜っていき、そのまま戻らなかった。
-The end-