俺様日記番外編
「俺は─────みたいになりたい」
「あ?なんだ、きこえねーよ」
血錆と人いきれと、アルコールの匂いの喧騒の中、俺の胸は場違いに痛み、膨らんでゆく。
鼻の奥が酷く熱い。
俺はここにすら、居られなくなるのだろうか。
「おいハンガリー」
僅かに掠れ始めた声が俺を呼ぶ。あぁ。その声すらも、俺のものにはならない。
兎みたいに赤い眼が、不意に揺れた。
「…………どうしたんだよ。酔ったのか?」
「─────おれは、おまえみたいになりたい」
視界がぼやけて、輪郭が滲む。
このまま目を閉じてしまえば、お前と混ざった夢を見られるだろうか。
突然、どっと沸く笑い声で幻想から引き戻された。
─────なんだお前、一丁前に女泣かしやがって────
あぁ
「…………なぁ」
そいつは、随分長いこと傍らに突っ立ち続けた後で、ようやく声を出した。
低く、太くなる予感を秘めた、掠れ声。
草の中から見上げると、戸惑ったような、何故か泣き出しそうにも見える顔で俺を覗き込んでいる。
「その…なんか、わりぃ」
今はもう滲まずに見える銀髪が月明りを弾いて、キラキラが躍る。
「でも、その、あのなぁ。男だって酔ったら泣く奴とかいるんだから、べつにあんな風に囃し立てられたぐらいで逃げ出さなくてもいいじゃねーか」
応えずに、星を見る。寝転んだ背中に、夜露が沁みて冷たい。
それなのに、暫時逡巡したのか間をおいたあと、そいつは俺の横に座り込んだ。
微かなアルコールの匂いと、錆と革の匂い。それから────この匂いはなんだろう。胸が痛い。なんだかまた星が滲む。
「ちょっ…おい、なんだよ!」
掠れた声が慌てる。
俺は体を起こして、赤い眼を見詰めた。
俺の眼からは止まること無くぬるいものが零れていく。
「…………ハンガリー」
その声は、どうして俺のものにはならない。その腕は、その肩は、その胸は、どうして俺は─────
少し俯いて、額をそいつの肩に乗せると、さっきの匂いがはっきりとわかる。
あぁ、これはこいつ自身の匂いだ。
息をするたび胸が痛い。涙が止まらない。俺が女であるならば、こんな気持ちのときはどうしたらいいのだろう。
顔を上げると、赤い眼がまんまるく見開かれていて、ゲルマン系特有の白い膚も夜目にも判るほど赤く染まっている。
何か言いたいのだろうか、くちびるが開いたり閉じたりしていて─────
とても熱かった。
随分長い事倉庫倉庫に籠もっていた兄が何故か感傷的な顔をして戻ってきた。気色悪かった。
わけを訊くと
「いやなぁ、昔の日記読んでたらよ。色々書いて無いことまで思い出してなぁ。俺、フラグ立て職人だったなと思ってさ」
などと、わざとおどけた調子で言う。そしてさらに
「あのころはガキだったし、戦ってばっかだったから、どうしたらいいかもわからなかったんだよなぁ……今更、もうどうしようも無ぇけど」
などとあまつさえ自嘲気味に(あの兄が!)笑うので、今晩のデザートはさくらんぼのシュトゥルーデルでも作ろうかと思っている。