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 mal d'amour



 日に焼けた肌、傷だらけの手、どんな時もまっすぐな瞳。
 触れたかったのはあいつなのに。触れられなかったのはあいつだけなのに……

「絶対変ですっ!!」
 彼女はそう叫んだ。彼の体の下で。
 現状を説明すると、セーシェルはフランスに押し倒されていた。あまつさえ、すでに服も半分脱がされている。
 なんでこういう状況になったかというと、説明は難しい。
 いつものようにイギリスに国際会議につれてこられ、いつものように休憩時間にやられ、夕食会後にもやられ、
いつものように服を着替えているところになぜかフランスが登場し、なぜか襲われてしまっているということだ。
 いつものフランスお得意の過度なスキンシップ(いわゆるセクハラ)かと思い、突っ込み用カジキを装備しかけて、
一応育ての親みたいなものだから、飛び魚ぐらいにしておこうかなと考えていた矢先の出来事だった。

 妙に荒い手つきで服をもぎとり、左肩に赤い印をつけるだけつけて、ただ胸に顔をうずもらせているだけなのだ。
 いつもならば、「お兄さんの愛だぞ」とか軽口をはさみつつスキンシップしてきて、パンチの一つですぐに止めるはずなのだが。
 または抵抗できないようにあしらいつつ、彼女のポイントをうまくついて、もう行為が始まってるはずなのに。
 いれるわけでもなく、いじるわけでもなく、ただ胸に抱きついてるだけなのだ。
「変ってなにがだ?」
 ここにきてから初めて声を聞いた。おちゃらけては見せているが、少し違う。
「変って全部です。そうだ。会議の時からです。
 入ってきたなと思ったら、おもむろにオーストラリ……じゃないや、オーストリアさんをむきはじめて、止めに入ろうか、
映像を残そうか迷っているハンガリーさんに抱きついてみたり、混乱し始めたイタリア兄弟さんのくるりんをいじり始めたり、
眉毛と変態さを争ってみたり……えっといつもと変わらない気がししてきたのは気のせいでしょうか」


変の基準に少しばかり疑問を覚えてきたが、やっと決定的な違いに気がつき、彼女は声を荒げる。
「あ、そうです。何よりも会議を提案してきたのはフランスさんでしたよね。いつもならば会議めんどくさがるのに」
「お兄さんだってやるときはやるんだよ。少し黙っておけ」
 露になった胸の突起に唇を落とす。途端に駆け抜ける刺激。
 まだ先ほどの行為の熱が冷め切らないのに、そんな事をされてたらまた奥底から熱いものが湧き出してきて……
「フ、フランスさぁ……ん」
 甘い声をあげ、潤んだ瞳で彼を見つめる。もうすでに火が灯ってしまったようだ。
 普通の男ならば、この瞳を向けられただけで正気を失うだろう。無論、彼女もそれを承知の上だ。
 ――だが、いつまでたっても新たな刺激が来ることはない。
 胸にあたるひげが時折くすぐったく感じるが、それ以上になることも無い。
 ただただ、抱き枕にされているだけなのだ。
「あ……あのぉ〜」
「暖かいな……まぁ、生きているんだから当たり前か」
 声に混じる微かな哀切。それで彼女は確信した。やはり彼はどこか変なのだと。
(額は熱くないから、風邪じゃないみたいだけど……そうすると未知の病気? えっと、最近はどこへ行ったって言ってたっけな)
 記憶を掘り起こすために、壁に下げられたカレンダーに目をやる。
(確か……一月は新年で絶好調になって、二月はイタリアさんちでカーニバル大暴走で、そのままのテンションで自分の家のカーニバルで暴走して
四月の初めは日本さんちで花見して通報されかけたっていってたような。
五月は自分の家のテニスで『パンチラハァハァ』って暴走して……なんかいつも暴走してる気がする)

 しかし、遊びに行った場所で新しい病気が発見されたという話は聞かなかった。
 もう一度カレンダーとにらみ合う。最近の彼に何が起こっていたかを思い出すため。
(そうすると……あっ……そういえば今日って)
 一度だけ話してくれたことがあった。悲しい恋の話。
 そして、その初恋の相手が煙とともに消えてしまったのが五月三十日、明日だということを。
 その話をしてくれた時、笑ってはいたけれど、とても寂しげな笑みだったから忘れられなかったのだ。

(もしかして……)
「……ジャンヌさん……の事ですか?」
 彼女が口にしたある名前に、僅かに肩を震わし、顔を上げずに問い返す。
「なんの事だ?」
 冷静を装って見せても、隠し切れなかった。声が微かに震えていたのだ。
「当たりですね。だから家にいたくなくて寂しくて、変な行動を……」
「だから、なんの事だ?!」
 荒々しい声とともに、彼女の腕がつかまれる。床に背中が押し付けられ、馬乗りの状態になった。
「なんだ。ヤって欲しいのか。それならばヤってやるよ」
 唇は露になっている胸を吸い上げ、赤い痕を点々と残す。手は激しくショーツを下ろし、まだ濡れてもいない秘所へと進入する。
 いつもと違う粗暴な言葉と行為。これが彼の本心ならば、彼女だって容赦はしない。しかし――
「ダメです。ごまかそうとしたって。
 乱暴な言葉なのに、私にひどい事しようとしているのに……なんでそんなに泣きそうな顔しているんですか」
 彼女は手を伸ばす。今にも泣いてしまいそうな彼の頬に触れるため。
「俺が泣くわけ……ないだろう。だって……あいつは『笑っていて』って言ったんだからさ……」
「そうですね。フランスさんは笑っている方が素敵です」
 彼女の笑顔に彼の顔にもやっと笑顔が浮かぶ。
「ははっ、お兄さんにほれちゃダメだぜ。火傷するからさ。
 ……すまんな」
 やっといつもの軽口が出てきて、彼女はほっと胸をなでおろした。
 彼女の上から身体をどけると、壁に寄りかかり瞳を手で覆い隠す。弱々しい姿を見せたくないのだろう。
「情けねぇな。俺は。この日になると家から逃げ出したくなる。
 誰かと一緒にいたくなる。馬鹿な事したくなる。あいつがいなくなった朝に独りでいたくないんだ」
「……本当に好きだったんですね……」
「まぁな。なんたって俺が愛した女だ。あいつの為ならば悪魔にだってなっても良かったのに……
なんで、あいつが悪と呼ばれなきゃいけなかったんだよ。なぁ……」
 ――泣きそうなのに、笑っている。
 そんな彼の姿が妙に切なくて、愛おしくて。
 彼の首に腕を回し、頬に一つ口付けをし、そのまま、自分の胸に彼の顔をおしつけた。
「こうすれば涙は見えません。だから、泣いても良いんです……ね」
 柔らかな感触、甘い香り。可愛い妹のように感じていたはずなのに。海の女だからだろうか。この深い海のような母性を感じるのは。
「……ほんと……情けねぇ……なぁ……」
 ――そして、彼は少しだけ身をゆだねた――
 波のように柔らかな腿も、髪をなでてくる風のような手も、
自分を太陽のように見下ろしてくれる暖かな眼差しも、心地よさを感じていた。
「あの、ジャンヌさんの事、少し聞かせてくれますか?」
 さざ波のような声で語りかけてくる彼女を前に、少しまぶしそうに目を細める。
「んぁ?……ああ」
 思い出されるのは懐かしくも寂しい記憶。
「……あいつはな、細っこい腕のくせに、大きな剣持とうとしたり、旗持ちのくせに突撃してみたり……
 そうそう、左肩に矢を受けた時、泣いてたくせに、俺が心配してたら『私の心配なんてしなくてもいい。貴方は笑っていなさい』だってさ。
 あんな泣きそうな顔で言われたって、少しも笑えねぇのにさ」
 手をのばせば届く彼女の頬。日に焼けた健康的な肌が手に気持ちよい。
「あいつが消えてから、あいつを忘れた。音痴の皇帝の口に出るまで……な。
 ……いや、忘れないと俺自身が壊れそうだったから。本当……情けねぇ」
 再び彼の目が手でふさがれる。口元は笑っているが、それは自嘲の笑みだ。
 どんな事をしても、彼の心の中から、『あの子』は消えることはない。だが、彼女も消すつもりはない。
 彼女が消したいのは、彼の心の痛みなのだから。
 彼の唇にキスを一つ。それから瞳を隠している手をずらし、まぶたにもキスを一つ。
「情けなくてもいいです。いろんな顔をもっと見せてください。
 私はそんなフランスさんも好きですから」
「それはどの『好き』なんだ?」
「さあ、それは秘密ですっ」
 自らの唇に人差し指を押し当て、小悪魔っぽく微笑んだ。
 それから、どちらからともなく子犬のじゃれあいのように身体を触れ合わせ、唇を合わせ、でも行為をするわけでもなく、夜は更けていった。

 ――夢を見た。
 あいつが出てくる夢。泣いているあいつでも、苦しんでいるあいつでもなく、静かに微笑んでいるあいつ――

「ふらんすぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
 眉毛の声で2人は目を覚ました。じゃれあっているうちにいつの間にか2人とも寝てしまっていたようだ。
 窓の外を見れば、すでに太陽の位置は高い。お腹のすき具合からいうと、昼ぐらいだろうか。
 この日にそんなに寝ていられたのは初めてだ。いつもは悪夢で目が覚めるのに。
 今日に限ってはまだ眠い。
 セーシェルの胸枕が気持ちよすぎて、再び眠りにいざなわれそうになる。しかし。
「セーシェルもセーシェルだ! 俺のモノのくせにこんなワイン野郎と!」
「うっさい。まゆげやろー毟るですよ〜」
 寝言なのか、寝てふりをしているのか、寝言っぽい本音が彼女の口からこぼれたことで、騒ぎの根源は地団駄を踏んだ。
「まゆげ言うなぁぁっ!!」
「うっせぇなぁ〜お兄さんと可愛いセーシェルの朝の微睡みの時間を邪魔するんじゃねぇよ。この眉毛」
「もう昼だぁぁぁっ! だからセーシェルから離れろ!」
「やーだねぇ。ああ、この弾力のある胸枕最高だねぇ」
「よーし、また戦るか! またポコポコにしてやる」
「ふっ、お兄さん受けてたつよ」
 いつもの馬鹿騒ぎ。悪友同士の喧嘩から始まり、いつの間にか変態同士の戦いになり、セーシェルが被害を受ける。
 常備していたカジキで変態2人を叩きのめし、最強の座は彼女の物になったり……といつもと変わらぬ光景。
 だが、彼はこんな「いつも」が気に入っていた。こいつらといれば、落ち込んでいる暇はない。いつも笑っていられるから。
「覚悟しろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「きゃわぁぁぁぁぁぁっ! この変態どもがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「お兄さんの愛だぁぁぁぁぁぁっ!」
 
 ――今頃、君はあきれているだろう。
 でも、こんなにぎやかな日常がとても愛おしい。馬鹿をやっているのがとても嬉しい。
 俺の周りはこんなににぎやかだ。にぎやかで騒がしくて、でも楽しいぞ。だからさ……
 むさっくるしい神に飽きたら、早く俺の元に還っておいで。そうしたら、また一から口説くからさ。
 君がイヤだっていったって、君が振り向くまで口説きまくるから
覚悟しとけよ――







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[セーシェル][フランス]

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