〜君が世は〜
初めてまして。
ボクは座敷童子だよ。
昔からずっと日本ちゃんのおうちに住んでいるの。
いわゆる守り神です。
ボクが初めて日本ちゃんに会ったのはもう覚えてないです。
日本ちゃんの家にボクがきたのか、ボクがいたとこに日本ちゃんがきたのか、それももう覚えていない。
ただ、ずっと一緒にいただけなの。
日本ちゃんが小さい頃はよく一緒に遊びました。
お兄さんのような存在の中国さんは、ボクの姿が見えなかったので、よく日本ちゃんが一人遊びしていると勘違いされて、心配もされたの。
だからぽちちゃんを日本ちゃんが拾ったとき、飼うのをすんなりと許してくれたみたい。
日本ちゃんとぽちちゃんとボク。
三人の生活はしばらく続いたの。
いつぐらいかな。日本ちゃんがボクと遊ばなくなったのは。
いきなりよその人がきて、日本ちゃんをお外に連れ出して……
そうしたらおうちの中だけじゃ生活できなくなって、お外に行く事が増えたよね。
いろんな人がくるようにもなった。
日本ちゃんにお友達が増えたんだと思って、ボクは嬉しかったよ。
ちょっと寂しかったけど、どこかにいっちゃうわけでもないし、必ずかえってきてくれる。
外からいろんなものを持ってきてくれるのも楽しかった。
見たことのないものばかりだったんだもん。
――でもね――
あの日、初めて日本刀を手にした時、暗い瞳で握りしめた時、あの頃から日本ちゃんはボクの事見えなくなっちゃったんだ。
血の匂いを漂わせ、帰ってきた時、どうして君は悲しそうだったの?
あんなに仲良かった中国さんがこなくなったのは何故?
ボクにはわからない事ばかりだよ。
ボクの世界は日本ちゃんの家だけ。
他にいくこともできない。
日本ちゃんしかボクにはいないんだ。
あの日から、君は日本刀を片手に傷だらけで帰ってくるようになった。
まわりの人は褒め称えてたよ。「強国になったんだ」って。
でも、君はいつも悲しそうで、寂しそうで、なのに笑っていた。他の人の前では。
ぽちちゃんの前だけでは、こっそりと涙を流していたよね。
ぼくは一生懸命おまじないをしたよ。君が教えてくれたおまじない。
「いたいいたいのとんでけ」って。
そうすればいつか笑ってくれると思ったから。
昔にボクにやってくれたようにさ。
でも笑ってくれなかった。
おうちのまわりが火に囲まれて、怖い人たちがたくさんきて。
おうちを守りたかった。
ここは日本ちゃんのおうちでボクの世界だから。
なのに
ごめんなさい。
ボク守れなかった。
次々とおうちが壊れされて。
大好きだったうぐいすがくるお庭が焼けて。
大好きだった桜の木も燃えて。
日本ちゃんの苦しそうな声が聞こえても、君の傍にいくことができなくて。
「いたいたいのとんでけ」ができないの。
君の涙をぬぐえないの。
座敷童子というものがどんなに無力かを知らされて。
ぽちちゃんしか守れなかった。
強い光からぽちちゃんを守るだけで精一杯だった。
ぽちちゃんを抱きしめるしかできなかった。
日本ちゃんのおうちも守りたかったのに。
8月。ボクらの上に降り注いだ光。
8月。それがおうちをみた最後の日。
ボクの世界はそうやって壊れた。
守るおうちのない座敷童子など、役立たずで。
日本ちゃんを守れなかったボクなんて必要なくて。
もう涙もでなかった。
もう存在ごと消えてしまおうと思った。
でもね
日本ちゃんすごいんだ。あんな荒野になっても、食べ物やお金がなくても
頑張って頑張って頑張って
またおうちを立ててくれた。またボクの世界を作ってくれた。
もうボクの事は見えてないし、もう忘れているだろうけれど。
ボクはずっと傍にいるよ。
背中が温かく感じたら、ボクが寄りかかっているよ。
泣きそうになった時に暖かな風が吹いたら、ボクが傍にいるよ。
桜が舞っていたら、ボクが踊っているよ。
大好きだよ。日本ちゃん。
ずっとずっとずーっと一緒だよ。
桜が風に散る。
花の命は短い。だが、散りぎわこそが美しい。
風に揺れる髪を押さえ、黒い瞳は桜を見上げた。
「毎年見ているはずなのに……やはり、見とれてしまいますね」
一度は戦火に焼かれた桜。だが、桜の生命力は旺盛で、あっという間に庭を彩った。
全てが前と同じく……とまではできなかったが、できる限り同じ再現した愛おしい我が家。
その中で一つだけ不思議な部屋があった。
日当たりの良い南向きの部屋。
誰もいないはずなのに、そこだけは使わないで、時折日向ぼっこに使うだけ。
他の部屋は様々な資料で溢れ、部屋を増築しようかと悩んでいるはずなのに。
その部屋を改装すれば、十分な広さの物置となるのに。
日向ぼっこができる部屋はまだあるのに。
何故かそうしようと思わない。
横を向けばぽち君が幸せそうな寝顔を見せている。
ぽち君も、不思議とこの部屋がお気に入りなのだ。
「平和……ですねぇ」
飼い主の声に、ぽち君は耳をぴくっとさせ、尻尾をふって答える。ただし、横になったままで。
(あー、ダメだよ。めんどくさがらないで、ちゃんとお返事しなさい。ねえ、日本ちゃん)
頭の片隅に響いた少女の声。部屋を駆け回るような風音。
懐かしいが、誰の声だったかは思い出せない。
とても大切な存在だったはずなのに。
「物忘れがひどくなってきたみたいですねぇ。年はとりたくないものです」
彼は笑う。今度こそは幸せそうな笑顔で。
ぽち君がいる。この家がある。
時折背中に感じるぬくもりがある。
桜が舞う。暖かな風が吹く。
それだけで、幸せだと感じられる。
些細な幸せを感じられるからこそ、今を頑張れる。
大きく背伸びをすると、ぽち君の頭を優しくなでる。
「さて、今日ものんびりと頑張りますか」