籠の鳥
「どういう趣向なんだ?これは?」
不機嫌さを全面に出したプロイセンはロシアに訊ねた。
「只喜んでもらおうって思ってるだけだよ。プロイセン。」
寒々しい薄ら笑い。
・・・反吐が出る。
赤い瞳でギロリと睨むがこの男には通用しない。
そんな事は嫌になるほど解っているがせずにはいられないくらいこの男が、憎い。
目の前には服を剥かれた女がベッドの上に転がっている。
俯いていて顔は見えない。
短く切られた髪や豊満で艶めまかしい体からしてウクライナだとわかっている。
「君は髪の長いほうが良かったかもしれないけどねぇ・・・」
にこにこ笑うロシアは足下にぐったりうずくまっていたベラルーシの腕を掴み無理矢理立たせる。
体中に広がる痣、荒い呼吸・・・例の事故の影響かと眉をひそめる。
「見ての通り、お姉ちゃんちの事故で今使い物にならないからね。代わりにお姉ちゃんに君の相手をしてもらおうとおもってね。」
プロイセンは露骨に顔を歪めてみせる。がそんな事を気にするロシアではない。
次々と東側諸国が脱社会主義へと向かっている。
ハンガリーやポーランドを筆頭に革命の息吹が東欧を駆け抜けている時代だ。
これ以上の崩壊を招かない様にするための生け贄。
(・・・今の俺にそんな力なんぞある訳無いのに何を・・・)
そう思うと口の端が自嘲気味に引きつる。
ロシアはプロイセンにそんな力は無いと解っていてやっている事も解っている。
この趣向はプロイセン自身に己の無力さを知らしめるためだということを。
「鍵はかけさせてもらうよ。せっかくなんだし楽しんでよね、プロイセン。」
掴めない霞の様な笑みをたたえ、ロシアは二人を残し部屋を出て行った。
がちゃりと無機質な音が響いて、閉ざされた部屋に二人は残された。
何もする気力が湧かないプロイセンは只ベッドの縁に座り、ウォトカをあおる。
「昔はビールばっかだったのになあ。この酒に慣れたな・・・」
胃に落ちる熱い酒の感覚。誰に言う訳でも無く一人呟く。
「・・・ごめんなさい・・・」
いつの間にか起き上がったウクライナが自分の横に座っていた。
何も言わず、ばさっとウクライナにシーツを投げる。
「呑むか?」
自分の呑んでいたグラスに透明な酒を注いでウクライナに渡す。
慣れないころはこの酒を呑む度に舌がひりついた。忘れるためだけにこの無色透明の酒をあおった。
いろんな事で受ける痛みがまだ自分が生きている証拠だった。
生きている証拠・・・ただ生きているだけの日々。
目を閉じても、もう思い出せない遠い日々。二度と色の付く事の無い、取り戻せないあの日々。
その中で数少ない色の付いた思い出が脳裏に浮かぶ。
草原の真ん中、馬上で金髪をなびかせる笑顔の少女。嫌みでも懐かしい昔なじみ達、命より大切な弟・・・もう会うことの出来ない人々。
「・・・プロイセン・・・くん?」
ウクライナは様子のおかしいプロイセンの顔を覗き込む。
クシャリと頭をかきむしる。目に浮かぶ思い出をかき消す様に。
「こんな空間が変な気持ちにさせるんだろうな。」
ウクライナは答えない。
「・・・あんたはこんなことさせられて何にも思わねえのか?」
「・・・思ったら、生きて行けない。」
そういって微笑むウクライナの目は強い光を称えていた。
「今は、どんな手段でも良いから償う事が先決だから。それに、こういったことも別に初めてじゃないからね。気にしないで。」
プロイセンはぽかんと口が開いた。
「どういう事だ?お前、ロシアに売られてるのか?姉弟なのに?」
自虐的な笑みを浮かべウクライナはプロイセンにグラスを返す。
「皆と寝てるよ、フィン君やリトちゃんや、エストニア君とも。流石にポーちゃんは来なかったけどね・・・」
この女はロシアにとっては姉ではない。国と国をつなぎ止める鎖。鉄の鎖ではない、肉の鎖。アイツにとって女は只の商品。
ごくりとつばを飲む。嫌な予感が頭をよぎる。
「安心して、彼女はこんな目に遭ってないから。」
柔らかく微笑むウクライナにプロイセンは心のうちを見透かされ、狼狽した。
「彼女は・・・強いから。」
そう言うとウクライナはプロイセンの頬に手を当てる。
「辛いでしょう?・・・」
優しい口付け・・・冷えた体に当たる久しぶりの体温にプロイセンの頭の芯が蕩ける。
「忘れようよ、今だけでも・・・」
そう言ったウクライナの顔にロシアの顔が重なる。
甘い匂いが鼻を衝く。ここでこの女に籠絡されるという事はロシアに屈服するという意味を持つ。
しかし、その甘い誘惑に抗えるほどの力をプロイセンは持っていなかった。
プロイセンは夢中でウクライナに口づける。
時々吸う息の音と唾液の音だけが部屋に響く。体温が上がって行くのがわかる。
何十年ぶりの人のぬくもり。体温を確かめる様に、ウクライナの体を触る。
くちゅりと音を立てて唇を離す。
プロイセンは何も言わず、首筋を舌でなぞり胸に手をやる。
ウクライナも背中をなぞり服を脱がせて行く。
鋼を寄り合わせた様な体を見てため息をつき、体にある無数の傷をなめ付ける。
ねちっこい執拗な愛撫をお互い繰り返した。
「暖っけぇな・・・お前・・・」
「プロイセンくんが冷たすぎるんだよ。辛いときは・・・寒いときは寄り添えば少しは暖かくなるのに。」
澄んだ瞳でウクライナはプロイセンを見つめ、続けた。
「・・・ハンガリーちゃん、そう言ってよく泣いてたよ。強がって一人傷だらけになって苦しんでる君を見て。」
プロイセンの目に紅い火が灯る。今まで快楽に蕩けていた顔から一変し、座った目でウクライナを見た。
「・・・その名前言うんじゃねえよ。」
腹の底から絞り出した声にウクライナは一瞬躊躇する。その瞬間ベッドに押し倒される。
「俺の前でアイツの名前をだすんじゃねえ。」
口調こそ静かだが憤りがひしひしと伝わってくる。
サイドボードに置いてあったウォトカの瓶を口で開ける。
プロイセンはウクライナの脚をぐっと広げまだ十分濡れているとは言えない密壷にその瓶を挿し込んだ。
「嫌っ・・・・はああ!!」
下半身に駆け巡る冷たい瓶の感触と異常な熱。火の酒を粘膜に注ぎ込まれ、まともでいられるはずが無い。
真っ赤に火照るウクライナの体を無表情でプロイセンは見下ろしていた。
「俺はアイツの顔を見る事も名前を呼ぶこと資格もねえんだ。」
(・・・ここでお前に体を委ねるってことはな。)
瓶を投げ捨て、ウクライナの中に己をねじ込んでやる。
アルコールが下半身を通じてプロイセンにも回ってくる。
アルコールのおかげでグルグル回る世界のせいなのか、それとも今の自分の行為のせいなのか吐き気がする。
ふらふらする頭でも本能だけで乱暴にウクライナに腰を打ち付ける。
感情を捨てた。快感も何も感じ無い。ただそこにある穴に突っ込んで腰を振るだけだった。
ウクライナの声とグチャグチャと愛液とウォトカが混じり合った音が響く。
「あああ!!い・・・くぅ・・・!」
ウクライナが頂点に達した声でプロイセンはふと我に返った。
その瞬間、ぎゅっと締め付けが襲う。
「く、ふぅああっ!」
ウクライナの胎内に精をぶちまけ、虚脱する。プロイセンはそのままウクライナの上に倒れ込んだ。
プロイセンの頭は丁度ウクライナの顔の横にあって彼女からはプロイセンの表情は見えない。
「何やってんだ・・・俺は・・・」
わき上がる後悔。完全に退路は断たれた。
ウクライナは何も言わない。ただ黙ってプロイセンの頭を撫でていた。
しばらく何も言わず、目も合わせずそのままの体勢で二人は重なっていた。
ウクライナが腕の下からするりと抜けた。
その時座り直したプロイセンの上に膝立ちで向かい合う。
「忘れたいでしょう?」
今度はウクライナが見下ろす格好でプロイセンを見ている。
「何をだよ。」
「全部、忘れちゃいなよ。ドイツくんのことも、ロシアちゃんのことも・・・ハンガリーちゃんの事も全部忘れさせてあげる。」
そう言ってまだ萎えていないプロイセン自身をぐいっと掴む。
「!何しや・・・ふあ!!」
乱暴にしごき上げられ否が応でも完全に立ち上がる。そのまま腰を落とされ頭を殴られたかの様に全身に電流が走る。
押し倒され、騎乗位で愉悦の表情を浮かべるウクライナ。ぶるっと身震いをする。
「ん、、くぅ・・・気持ちいい・・・」
その顔を見た瞬間、プロイセンは息をのんだ。
快楽の微笑みをたたえる彼女の表情は、自分やその他の配下の国を嬲る時のロシアの表情とそっくりだった。
ゆらゆらと腰を振り、快楽を貪り始める。
「私が全部忘れさせてあげるよ。」
ギュウギュウと締め付ける内壁の感覚。
絶頂に持って行かれそうなギリギリのラインで腰を引かれその後すぐ腰を落とされ奥の奥まで突き抜けそうになる。
苦悶の表情をプロイセンは浮かべているが、そんな事はおかまい無しにウクライナはガンガン腰を振り続けていた。
「やめ・・・ろ!!」
「止めない。これが・・・」
堅い腹に手をつきもう一度ウクライナは腰を浮かす。
少し緩まった膣の感覚に一息ついたプロイセンはウクライナの顔を見た。
ただ己の快楽を貪っていたはずの彼女の顔に陰りが見える。
「・・・これが私の仕事だから。こうしないとロシアちゃん・・・怒るから・・・」
そう言うと彼女はまた腰を落とす。
ぽたぽたと何かが落ちる感触。
汗かと思い顔を見れば、ウクライナは泣きながら激しく責め立てる。
ぬるぬると生暖かい襞が絡み付き締め付けが厳しくなってくる。
「早く・・・早く頂戴。お願い!!」
ウクライナはそう言ってまた腰を激しく振る。
その顔は快楽に溺れているはずなのにどこか寂しげで、満たされていない表情だった。
「お前も、逃げたくても逃げられないんだろ?ウクライナ・・・」
「そうよ・・・こうしないと守れないの!国も自分も・・・大切な事も!!!」
その瞬間プロイセンは締め上げられ、中に大量の欲望を放った。
その後も何度も体を重ねた。
ただお互い獣の様に快楽だけを追求した。
お互い今を忘れるためだけに。
それはロシアの思う壷なのかもしれない。
が、そんな事はどうでも良くなって行った。
いつの間にか眠っていた。ふと目が覚めると体中にウクライナの爪痕がある。
ひりつく下半身に思わず生きている実感を感じる。
プロイセンはぼんやりする頭で、重い体を引きずりのろのろと着替えドアに手をかけた。
いつの間にか鍵は開けられていた。
ウクライナはまだ眠っていた。
「籠の鳥だな。俺たちは。」
そう呟いて振り返らずにプロイセンは部屋から出て行った。
振り返れば、多分彼女をさらって全てを捨てて自分はこの北の国から逃げ出すだろう。
しかし彼女は多分それを望まないだろうし、自分もそれをする力の無い事は嫌というほどわかっている。
館を出て自分の家へ向かいながらプロイセンは決意した。
生きてやる。
生きて・・・この国から逃れてまた色の付いた世界を目指そう。
冷えきっていたプロイセンの心に火が灯る。
力を蓄え、あの悪魔ののど元に噛み付くためには力を付けなければいけない。
「今は、囚われていてやる。」
不適な笑みでまっすぐ前を向いた。
その視線の先には高い壁がそびえていた。
その壁が崩れるのはここから数年後の話。