崩壊する刻
凌辱、暴力表現あり、ロシアが完全に悪者扱い
「大丈夫ですか?ハンガリー」
心配そうに声かけるオーストリアに、彼女は答える。
「大丈夫です。心配してくれてありがとうございます。
ここは私に任せてください」
震えそうな体をどうにか抑え、笑顔を浮かべた。
「それよりも……」
彼女は二階を見上げる。
二階には兄弟がいる。
逃げ出してきて、衰弱している兄と、それをつききりで介抱する弟。
「ドイツさんにあの話を進めていてもらうようお願いします。後、イタちゃんにも協力を」
脱出するのがもう少し遅ければ、彼は壊れていたかもしれない。
いや、彼だけではなく、弟も壊れる可能性もあった。
だからこそ、ここで彼女が頑張らないといけないのだ。
昔のような日常を取り戻すために。
彼女はドイツの真似をし、敬礼をしてみせた。
「では、行ってきます。
食事は何日分か作り置きしてありますが、なるべく遅くならないようにしますね。
帰ってきたら、ご馳走を作ります。
ドイツさんや、プロイセン、もちろんオーストリアさんにも手伝ってもらいますから、よろしくお願いします」
精一杯の笑顔。
この先、この身に降りかかる事が想像できるからこそ、今、彼に心配をかけたくなかった。
彼にも止める事はできない。
必死に笑おうとするが、どうも引きつった笑いにしかならない。
代わりに彼女を自分の元に引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。
「いってらっしゃい。気をつけてください」
暖かな彼の腕の感触を忘れぬよう、少しだけ目をつぶり、それから自ら離れる。
「では、いってきます」
そして、彼女は静かな戦場へと旅立った。
ロシアとハンガリーは一室で話し合いを始めた。広い部屋の中、たった二人だけで。
「なんでプロイセン逃げたのか知ってる?」
「さあ? ピクニックでもしたかったんじゃないですか」
冷や汗がでているのがわかる。ここで動揺してはダメだと、手をぎゅっと握り締めた。
できる限り冷静に。隙を与えぬよう、淡々と応答する。
「もう一度聞くよ。何で? 何で君はプロイセンを逃がす手伝いしたの?」
「そんな事してませんよ。
私だって困っているんですから。なんたって『不法行為』なんですよ」
苦しい言い訳だとはわかっている。でも、ここでしらばっくれないと、この先の計画が水の泡になってしまう。
「不法行為ならば、プロイセン、引き渡してくれるよね」
「私の家に観光に来ただけ……ともいえますので、どうしようもできません」
平行線の話し合いは続く。
もうすでに何時間たったのだろうか。
ロシアが出してくれた紅茶には一切手をつけていないのもあるが、緊張で喉もからからだ。
このまま話し合いを続けていても、終わりそうに無い。そもそも、この話し合いには意味がないのだ。
時計をちらりと見る。
そろそろ彼は目覚めただろうか。
愛する者はあの話を進めててくれている頃だろう。
あともう少し。あともう少しなんだ。
そして沈黙が続き……突然、ロシアが声をあげ、笑い始めた。
最初は高らかに。やがて、顔を手で隠し、寂しそうに。
「ふふふふっ、何で? 何で僕の前から消えていくの。僕頑張ってるよ。
強くなるために頑張ってるのに。みんなが望んでるから、強くなったのに。なのになのになのに」
彼女の腕がつかまれる。まっすぐに彼女を見つめる澄んだ瞳の中に、淀めく混沌。
振り払いたくても、その威圧感で振り払うことができない。
「ねぇ、何で邪魔するの? 僕はみんなと過ごしたいだけなのに。何で?」
「…………」
何か言葉を返そうとするが、言葉がでない。どの言葉も今の彼には届きそうに無いから。
「あ、そうか。君は女の子だもんね。身体でみんなを誘惑したんでしょ。だから、君の周りには皆いるんだ。
ねぇ、僕も誘惑しにきたの?」
侮蔑的な台詞だが、ここで逆上しては彼の思い通りになるだけだ。
振り下ろしたくなる拳を押さえ、無言で微笑んで見せた。
「そっか。僕も誘惑しにきたのか。そうか……それじゃ、楽しませてもらおうかな」
ソファーに押し倒される。手は手早く押さえ込まれ、抵抗できない。
唯一自由になる足で腹を狙ってみるが、足首をつかまれ、スカートがめくれあがった。
「おや? 君から誘ってくるのか。さすがは身体で国を作り上げた女だね」
懐から手錠を取り出すと、彼女の腕を後ろにまわし、束縛した。もう腕は使えそうに無い。
そのようなものを常備していたという事は、元より穏便に終わらそうと考えていなかったのだろう。
「じゃ、楽しませてもらうよ」
にっこりと微笑む。無垢で邪悪な笑顔で。
「えーと、確かココに……あったあった」
手元できらりと光るナイフに、背筋が凍りつく。
長年、戦いの中に身をおいてきた騎馬民族だ。ナイフを見た途端、対処法を瞬時に考えるが、手を縛られていては、防御もできない。
「大丈夫だよ。これは君の身を傷つけるものじゃないからね。……そう、これでは傷つけないよ。これではね」
ナイフが首元から服の中に入り込んだ。肌に金属特有の冷たさが恐怖をかき立てる。
この先の行動は予想できる。だが、ここで泣き叫ぶ気はさらさら無い。
――ここは戦場なのだ。戦場で悲鳴をあげてたまるか――
戦士としての魂が、女としての感情を押さえ込んだ。
布が裂ける音。胸元から足元へとナイフがゆっくりと移動していき、服が切り裂かれ、肌が露になる。
豊かな胸、滑らかな肌。そして白い肌にくっきりと残る傷跡。
胸の下にある傷跡を指でなぞる。
「この傷、僕がつけたんだよね。痛かったでしょ。
でも、君が悪いんだよ。君が僕に逆らうから。僕に従ってればこんな傷作らなくてすんだのに」
楽しそうに笑う彼とは真逆に、彼女の顔は曇った。
あの時の事を思い出すたびに、自分の弱さが嫌になる。こんな男の言う事を真に受けていた自分が嫌になる。
だからこそ……あの時の悲劇を繰り返してはいけない。もう民の血を流させやしない。
あんな思いをするのは自分だけで十分だ。
まっすぐに彼を見つめ、できる限り冷めた声で問う。
「で? だから何?」
「だからじゃない!!」
彼の拳が彼女の頬を襲う。
頬がずきずきする。唇をきったのか、口の中に鉄の香りが広がった。
「女性の顔に手出すだなんて、紳士的でないわね」
「うるさいうるさいうるさい!! 君は僕の言う事聞いていればいんだよ!」
逆上したのか、彼はヒステリックにわめき始める。
彼女は、彼に気がつかれないよう、僅かに細く笑んだ。
――そう、これが目的なのだ。ここで逆上させれば、周りで何が起こっているかわからなくなる。
その間にあの計画を実行してくれれば……あの兄弟は解放される。昔のような幸せな生活がまっているのだ。
だから……ここで頑張らないといけない。身をはっても。
「武力だけでしか、誰かをつなぎとめられないだなんて……哀れね」
「うるさい黙れ!!」
彼女の挑発にのり、声を荒げ身体にのしかかってくる。
乱暴に胸を揉みしだく。乳房がいびつにゆがみ、痛みに少しだけ眉をひそめた。
声もあげない、助けを求めない。あまつさえ、未だ強い光の消えぬ瞳に、彼の心はいらだった。
「なんでなんでなんで! 僕は強いのに! 僕は強いんだよ! だから」
まだ濡れてもいない秘所に肉棒を押し込めた。
壊されそうな勢いに、唇をかみ締める。痛みをこらえ、できる限り不敵な笑みを浮かべ、彼の顔を見つめてやる。
――こんなんじゃ、私は支配されない――
「ねぇ、泣いてよ! 叫んでよ! 僕を求めてよ! 僕を……誰か必要としてよ」
――ああ、この男は、愛する事を知らないのか。
哀れ。哀れだけれど、同情なんてしてあげない。
私たちの幸せを壊した男に、快楽など感じてやるものか――
打ち付けてくる腰、中で暴れる肉棒、触れる肌、いつまで続くかわからない地獄。
意識を手放してしまえれば逃れられる。だけれども、戦場で意識を失うわけにもいかない。
かみ締めた唇から血が流れ落ちるのも気にせず、彼女は強い瞳で彼をにらみ続けた……
どれくらいたった頃だろうか。何度中に出されたのかわからない。何度身体に出されたかわからない。
身体は痣だらけだ。どんな行為にも声を上げなかったから、拳もふってきた。
それでも、彼女は声を出そうとしなかった。
やがて、部屋の外から聞こえてきた切迫した誰かの声。慌てて部屋を出て行く彼。
『――記者の質問で――』
『――ゲートに群衆が……』
『――壁の崩壊――』
ドアの外から断片的に聞こえた声。遠ざかっていく足音。
「ああ……やっと壁が……ありがとう。皆」
目的は達成できた。壁さえ崩壊してしまえば、後はなし崩しに兄弟は再び一緒に暮らせるようになるはずだ。
きっと、彼らもこのニュースを喜んでいることだろう。
後は、自分があの家に帰るだけだ。
重い身体をどうにか奮い起こし、立ち上がろうとする。
が、帰るにもこの姿では帰れそうにない。
身体は精液でべとべと、服も切り裂かれて服の用途をなさない。
唯一の救いは、掛けてあったコートが無事ということだろうか。
コートの中からハンカチを取り出し、身体をぬぐうが、レースのハンカチではほとんど用を成さない。
……その時、ドアがノックされる。再びロシアが帰ってきたかと警戒をしたが、ロシアならば、ノックなしに入ってくることだろう。
「あの……すみません。ロシアさんが……あ、いえ、その前にシャワーでもいかがですか?」
ドアの外から聞こえてきたのは、心配そうな声。何度か聞いたことがある。確か、ロシアの傍にいた3人のうちの、真面目な……
「確か……リトアニアさんかしら?」
「は、はい。そうです。本当にすみません。俺、止める事できなくて」
泣きそうな声。真面目だからこそ、ロシアの暴挙を止められなかった自分を責めているのだろう。
「今ならば、ロシアさんいませんし、シャワー室までご案内できます。だから」
温かなシャワーの誘惑。もし温かいシャワーを浴びてしまったら、帰る気力は失われてしまうだろう。
それに、いち早く家にもどりたい。皆の顔が見たい。
「ありがとう。でも、早く帰ってあげたいから……濡れタオルを貸してくれる?」
「はい。わかりました。すぐに持ってきます!!」
パタパタと遠ざかる足音。数分してすぐに足音がドアの前に戻ってきた。
ドアが少し開かれ、湯気を立てる濡れタオルと、一式の服が置かれた。
「その服着てください。本当はベラルーシちゃんかウクライナさんの服がよいのでしょうけれど、さすがに事情説明するのは……
あ、安心してください。その服、まだ着ていないやつなので大丈夫です。下着も男物ですが……すみません」
気遣ってくれるリトアニアの優しさが心にしみる。
「ありがとうね」
「は、はい、何かあったら声掛けてください。ドアの外にいるので」
ドアがきしむ。きっとドアに背をむけ、よりかかったのだろう。誰も入れないように。
暖かいタオルを手に取り、まずは顔を拭く。じんわりとした暖かさが幸せだ。
いつまでもこの暖かさを感じていたいが、そうも言ってられない。
手早く髪や身体についた精液をぬぐいとる。
足元をぬぐい、手が止まった。拭いてもあふれ出してくる精液にため息をつく。
ソファーに座り、足を開いて、膣内に指をいれ、精液をできるかぎりかき出した。
時折混じる赤。あんな乱暴にされたのだから、中が傷ついたのだろう。
身体が震える。その時の事が思い出され、涙がでそうになる。
だが、泣いている暇はない。しっかりと前を向き、頬を軽く叩く。
「ダメ。まだダメ! 私は帰るんだから」
残った気力を振り絞り、服を身に着けた。男物だけあって、少々大きいのは幸いだ。
コートをはおり、鏡に自分の身を写した。
頬ははれ、唇には傷。髪はぼさぼさ。なんてみっともない姿なのだろうか。
「これじゃ、昔のようね」
戦いに身をおいていた幼い頃。容姿など気にせず、戦場を駆け回って……
オーストリアと暮らすようになってからは、容姿を気にし始めた。女を意識し始めたのだ。
「でも、いい。また昔のように一緒にくらせるのだから」
強い意志を秘めた瞳でまっすぐ前をむき、歩き始めた。
ドアをそっと開くと、周りを警戒しているリトアニアがいた。
最初は目を丸くして彼女を見つめていたが、すぐに目をそらした。
「本当にごめんなさい。俺、助けられなくて」
「いえ、こうして動いてくれたのが嬉しい。ありがとう……
そして、貴方達の幸せを祈ってるわ。きっと幸せはすぐ傍にあるから」
慈愛の笑みでリトアニアの肩を軽く叩くと、彼女は駆け出した。
彼女の足音が遠ざかる。触れられた肩が熱くなる。
「……そうだね。俺たちもいつまでもロシアさんのいいなりになっていちゃダメなんだよね」
リトアニアはそう呟くと、歩み始めた。自分の意思で。
今まで一緒に過ごした友人たちの元へと。