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 無題



『ああ、ハンガリー。早かったですね』
受話器の向こうから聞こえて来た声に、プロイセンは耳から離した受話器を再度寄せた。
『お仕事中でしたか?』
『いいえ、ちょうど今終わったところですよ』
ぱたん、とドアの閉まる音。
なるほどな、とプロイセンは顔をしかめる。
つい先ほどまで電話をしていた相手オーストリアが、急に話を切り上げた訳が分かった。
ハンガリーが来たのだ。
そして、焦っていたのだろう、オーストリアは受話器をきちんと置かなかった。
『あなたの方は?仕事はすませたのですか?』
『もちろんです。そうじゃなきゃ来ませんよ』
ハンガリーの笑い声。筒抜けだ。間抜け眼鏡めと鼻で笑う。
しかし、このまま聞いていて良いものではない。
盗み聞きなど悪趣味な上、電話の向こうの二人は面白くない事に恋人同士なのだから。
――やってらんねーな。ちくしょう
プロイセンは受話器を耳から離す。
が。
『あ、んっ』
小さなあえぎに、とっさに受話器を寄せた。
ちゅ、ちゅ、とついばむ音と、ぴちゃぴちゃと唾液の絡む音が聞こえて来る。
『ん、ふ…ぁ、オーストリアさ…んんっ』
合間に、ハンガリーの鼻にかかる声。
――おいおい
呆れながらも、プロイセンは顔が緩むのを我慢できなかった。
好意を寄せている女はすでに他の男のもので、その二人がどうやらこれから事に及ぶらしい。
妬みも僻みもあるが、今はそれ以上にむずむずと這い上がってくる性欲が幅を利かせていた。
受話器の向こうの音に全神経を集中させる。

『あ、あん…寝室に行きましょうよ』
『たまにはこういうところでするのも良いと思いませんか』
『もぉ…』
その声に、唇を尖らせて責めるような眼差しを向けるハンガリーが容易に想像できた。
『仕方ないですね…ぁんっ』
がたん、と大きな音。
机か椅子が揺れたのだろうか。押し倒したのかもしれない。
ごくり、と生唾を飲む。
『せっかちですよぅ…』
『あなたがかわいいからいけないんですよ』
――何言ってやがる。かわいい事がいけない訳ねえだろうが
ぎりぎりと歯噛みしたが、今更電話を叩き切れる訳もない。
頭の中では、何だかんだ言いながらやる気十分のハンガリーが、続きを早くと待っているのだ。
『おや、もう尖っていますね。お早い事で』
『せっかちさんに言われたくないです…ひゃっ』
『言いますね』
『あ…やぁん。かたち、変わっちゃいますよう…』
悩ましげな声に、プロイセンはハンガリーの豊かな胸を揉みしだく自分を想像する。
『ああっ』
ちゅぷ、と唾液混じりの音がかすかに聞こえた。
喉仏が上下する。
『あ、やぁ…っ。そんな…舌、動かしちゃダメです…』
存在を主張する頂を口に含め、舌で転がす妄想。もう片方は指先で。
『あぅ…体、が、じわじわします…』
『感じているようですね』
ばさ、とスカートをまくりあげる音。
『下着が濡れていますよ』
くちゅ
聞こえるはずのない音を、プロイセンは脳で聞いた。
『あ、あん…そんな、そんなの、ダメです…ちゃんと、触って下さい…』
『触っていますが?』
『違います…ちゃんと…下着、の中…』
くちゅくちゅ
『どこです?』
『今、触ってるとこ…です』
『ですから、どこです?きちんとおっしゃい』
――そうだ。ちゃんと言え
『…ク…クリトリスです…』
『…いい子ですね』
――ああ、言えるじゃねえか
プロイセンの口角が持ち上がった。

ノイズのように聞こえるのは衣擦れだろう。
下着を脱がす。いや、指を差し込む?
『あっ』
びくんとハンガリーの体が跳ねる。
泉がたたえる水をすくって、萌芽を刺激する。
『あ、あん、あ、あぁっ』
くにゅ、ちょ、くちょ
プロイセンは無意識に開いた口で熱い呼吸を繰り返す。
たまった唾液がこぼれそうになっても構わず、ハンガリーの痴態を夢想した。
『うぁ、あ、つよい、です…つよ…ふぁあんっ』
がたっ
机が動いたらしい重たい音がした。
『は…っ。はあっ』
小さく達したハンガリーの荒い呼吸が自分の呼吸と交ざる。
股間が張りつめて、痛みを訴える。
『もっと、良くしてあげましょう』
――もっと、良くしてやるよ
恍惚の中、プロイセンは己の下半身に手を伸ばす。
前をくつろげ、怒張をさらす。
『ああ、おっきくなってます…』
『あなたのせいですよ』
――おまえのせいだ
竿をつかむ。
『あ、う…ん…っ』
手を上下させる。
『うぁ…あ、ああ、すごい、熱い…あああんっ』
がたんっ
『ああ、そこ、ダメですっ。もっと、突いてぇ…っ』
『どっち、ですか』
――どっち、だよ
『あの…っ、あのっ』
『はっきり――』
――はっきり言え。やめるぞ
『ダ、ダメ…っ、やめないで…続け、て…あ、ああっ』
がたがたっ
激しくこすりつける。
『すご…オ――ト―アさ―の、また、おっきくなっ…あ、あぁん、ひゃ、あん』
ぎゅうぎゅうと締め付ける。
先走りの液が竿と手を汚す。
思考はとっくにショートして、本能だけで動かし続ける。
『や、ふぁ、ひぅあ、ああっ、…い、く…』
――俺も、出る
『だし、て…なかに…ぜんぶ…っ』
――だして、プロイセン――
「ハンガリ…!」
『ぁっ、あぁ、ああああっ』
絶頂を迎えたハンガリーの声が、鼓膜を激しく震わせた。



肩で息をしながら、プロイセンはぼんやりと股間を見下ろした。
射精を左手で受け止めてしまい、右手ともども精液まみれになってしまっている。
ちなみに、受話器は途中から肩に挟んでいた。
「ティッシュ、とれねえ」
じゅうたんにこぼしたら大変だ。指の隙間から垂れないようにするだけで精一杯だというのに。
「しかし、出したなあ」
賢者モードが自分の有り様に実に冷静な第三者の目を向ける。
はあ、とため息をついた。その耳に。
「…プロイセン」
受話器の向こうから低い声が響いた。

「…え?」
素の反応をする。
「良い趣味をしていますね」
向こうの男がため息をついた。
「聞いていたのでしょう?」
パニックになった。と同時に、物凄い勢いで罪悪感に襲われる。
「いや、俺は…つか、おまえがちゃんと受話器を置けば…」
「あなたが切ればすんだ事でしょう」
責任転嫁しかけて、ぴしゃっと言われる。その涼しすぎる言い方に気付いた。
「てめ、わざとだな!」
「まさか。他人に行為を聞かせる趣味なんかありません」
しれっとした返事。
「じゃあ何でそんな落ち着いてんだ!」
事が筒抜けだったと知らなかったなら、オーストリアは焦って怒っているはず。
それが正反対の態度なのだから答えは明白だ。
「わざと受話器を外しといたんだろ!」
「…もしそうだとして、それであなたのした事が正当化されるとでも?」
「うっ」
見透かされている。当たり前か。性交渉の声を冷静に聞いていられるはずがない。
それでも返答に詰まったら負け。分かっていたが、言葉が出なかった。
――このクソ眼鏡!
罵倒しかけたプロイセンの耳に、小さな声が聞こえた。
『…オーストリアさん?』
『おや、気が付きましたか』
『す、すいません。私…』
『良いんですよ』
気を失っていたらしいハンガリーだった。
『あれ、どなたかと電話ですか?』
『いえ、受話器が外れていただけです』
――いけしゃあしゃあとこのやろう!
オーストリアの態度に、プロイセンはハンガリーにも聞こえるよう声を荒げようとした。
しかし、寸前でやめる。どう考えても分が悪い。
ハンガリーの事だからオーストリアを信じるし、彼女で自慰をしたのは事実なのだから。
『外れてしまったのでしょう。激しかったですからね』
『そんな…やだ…恥ずかしいです…』
くく、とオーストリアが口の中で笑うのを聞いた。
『では、寝室に行きましょうか』
こちらの心境をよそに、受話器の向こうの声が離れて行く。
『えっ。その、もう一回ですか?』
『一回といわず、二回でも三回でも。嫌ですか?』
『そんな事…嬉し――』
がちゃ。つーつーつー。
「…………」
不通音が響いた。

萎えた陰茎を両手で支え肩で受話器を挟み、プロイセンは微動だにせず。
怒り混じりの敗北感が射精後の脱力感と混在して、何ともカオスな状況になっている。
プロイセンは、はーと長い息をはき出した。
「つうか、くせえ…」
その呟きは哀しみと虚しさに満ちていたという。




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