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 七転び八起き



 外は晴天、爽やかな風も吹いて、耳を澄ませば小鳥のさえずりも聞こえてくる。
 まさに絶好の掃除日和である。
 そしてその日差しや風の恩恵をこの部屋も漏れずに受けていたが。

「制限時間終了。5分時間をくれてやった、お前のその屑な頭から導き出された詫びを言ってみろ」
「すみませんでしたハンガリーさま、このプロイセンめ、こころのおくそこからとてもとてもはんせいしております。
 もうにどとこんなことしません、だからそのうつくしいおみあしをどけてやってください、ハンガリーさま」

 右手に漆黒のフライパンを持って腕を組み、プロイセンの頭を踏んづけるハンガリー。
 四つんばいになり、普段言わないような言葉遣いで彼女に許しを請うプロイセン。
 まるで女王様とその下僕のような光景が、そこには広がっていた。


 ※※※

 久しぶりのゆっくりとした休みに、長らくしていなかったからとはたきを右手に、
 雑巾を左手に持って掃除をしていたハンガリーは
 高い所に埃がたっぷりたまってそうで、とてもとりがいのありそうな場所を見つけ、
 はたきを汚れないようにとつけた適当なエプロンの紐にさし、
 近くから椅子を引っ張って来てそれに乗り、そこをふいていた時だった。

「白」

 ぽつりと下から聞こえた低い声。
 何だと思って見下ろせば、そこには幼馴染がとてもまじめな顔でスカートの端を持ち、中を覗いていた。


「あれ、でも俺これは見たことないタイプだな。なあ、これ、新しいやつか?」

 幼馴染の今までの悪行を一言で表すいい言葉である。
 こちらを見上げた瞬間、ハンガリーは躊躇いもなくその男の顔を勢いよく踏みつけた。

「ぐふっ!」
「何見てやがる!」

 よろり、とプロイセンがよろけ、そのまま床へ倒れる。
 プロイセンざまあ! とハンガリーが思った瞬間、プロイセンの足が不運にも自分が乗っていた椅子を蹴った。
 ぐらりと傾く椅子。自分は蹴った後、足は上げたまま。これはもしや、もしかしなくても。
 案の定蹴られた椅子はガタンと倒れ、ハンガリーはそのままプロイセンの上にどさりと落ちた。

「おあっ」
「あ! ご、ごめん!」

 自分は重くないと信じているが、さすがに人一人分は何キロでも重いだろう。
 慌ててハンガリーが上半身をおこし、どこうとすると、するりと何かが尻を撫でる。
 それはさわさわと尻を愛おしそうに何往復かしている。
 冷めた目で目の前の男を見れば、少し残念そうな表情をしているプロイセン。

「うーむ、相変わらずいいケツだよなぁ。あとはもうちょっと落ち着きがあればなぁ…もったいねぇなぁ。
 ん? でも前触ったときよりなんかモチモチ感が…あ、ハンガリーが太ったわけじゃないからな?
 どうせまーたあの坊ちゃんのしわざだろ? 本当こういうの好きだよなぁ、アイツ」

 誰もお前には言われたくはないと思う。フランス除き。
 手はまだ尻を撫でている。お前はどこのエロ親父だとハンガリーは思う。
 プロイセンはハンガリーが抵抗しないのを「自分への好意」と受け取ったようで、とても上機嫌だ。


「フハハハハ、久しぶりに幼馴染の交流と行くかハンガリー!」
「一人でやってろ!」
「ギャアアアアアア!」

 身長差や位置もあり、ハンガリーはプロイセンの股間を思い切り膝で蹴り上げる。
 両手で股間を押さえ、悶えるプロイセンからようやくハンガリーは身体をどけ、立ち上がる。
 そしてプロイセンを見下せる位置に移動し、げしげしと足蹴にする。

「全く…あんたもそろそろ落ち着いたらどうなのよ! ドイツちゃんを見習いなさい! アンタより年下なのにずっと落ち着いてるわよ!」
「あぐぅ……お、お前な……いつかヴェストん家に行く機会あったらな、あいつの部屋の本棚の奥覗いてみるといいと思う…」
「何でそんなことしなくちゃなんないのよ、私そんな趣味ないわよ、あんたじゃあるまいし」
「いいかぁ? 俺のさっきのは不可抗力で…あいったたたたたた! ちょ、やめ、潰れる潰れる! 大事な所潰れる!」
「不可抗力だぁ? どの口が言ってんだ、この口か、ああ?」
「痛い痛い! ごめん! ごめんってば! 本当マジお願いだから! 二度と言いませんから! だから本当足どけて!」

 さすがに少々、心の隅に「やりすぎた」という反省の思いが浮かび、ハンガリーは足をどける。
 ぜぇぜぇと息を切らしながら、痛みを少しでも和らげようともじもじするプロイセンを見て少しだけ笑みがこぼれる。

「ふふ、これに懲りたら二度と覗き見なんてしないことね」
「うぐぅ…畜生、これで懲りる俺様だと思ったら大間違いだハンガリー!」
「えっ? あ、ちょ、あいった!」

 部屋を出ようと踵を返した足を捕まれ、引っ張られる。
 突然のことに抵抗出来なかったハンガリーはそのままうつぶせに倒れた。
 手のひらの痛みをこらえながら、涙目で後ろを見るとプロイセンが高笑いしながらのしかかる。



「ハハハハハハ! 敵に決して背中を見せるなとマジャールの親父に教えられなかったかぁ?」
「なんであんたはこういう復活は早いのよ!」
「照れるじゃねぇか!」
「褒めてないから!」
「いいじゃねぇかハンガリー、会うの久しぶりなんだぜぇ。お前には色々感謝してるから返したいんだよ」
「何をよ! 何を何で返すつもりよ!」
「いやぁー思えばお前には色々貰いっぱなしだなぁ」

 またさわさわと尻を撫で、スカートをめぐりながらプロイセンが懐かしむように口に言う。
 ハンガリーは何だか微妙な気分になって、視線をそらした。

「発展途上の胸ももましてもらったしなぁ」
「あ、あれは」
「いつぞやは下着以外身に着けてないところも見させてもらったしなぁ」
「あの時の声、あれあんたか!」
「夜這いもかけてもらったし」
「大切な所取り返しに行ったの!」
「クリスマスには外だと言うのに俺の服を脱がしたり…」
「オーストリアさんにあんなことするから!」
「俺がロシアん所で働いてた時、会いに来てくれたのは嬉しかったぜ」
「え」
「ピクニックの誘いもありがとうなぁ」
「…な、何よ、突然」

 突如、まともな礼を言い始め、気味が悪くなってそらした視線を元に戻す。
 何なんだ、そのちょっとさびしそうな笑顔は。らしくない。


「言ったろ、俺、色々感謝してるんだぜ?」
「……」
「という訳で返すな! 俺の精液でいいだろ! お前俺の好きだもんな〜、ごちになるぜ!」
「ええっ?! ちょ、あっ…!」

 そして宣言通り、すっかりプロイセンに「ごち」になられ、更に「お返し」もされたハンガリーは気を失い、
 プロイセンの膝枕に抱かれて目を覚ます。

「…むぁ、」
「お、起きた起きた」
「………アンタねぇ…」

 自分を見る顔をため息まじりに見返し、起き上がる。
 あの後直してくれたのか、自分の服は結構着せられていた。
 後ろからぎゅ、と自分を抱く腕が回ってきてハンガリーは微笑む。

「さびしいならさびしいって言えばいいじゃない…」
「なんだよ、俺が寂しい? な訳あるか、俺にはお前がいるじゃないか」
「……どっから出て来るのその言葉…」
「ハハハハハ、俺の頭の辞書にはなんでもあるぜー」
「ったく…」

 愛情表現が稚拙な幼馴染を笑い、余韻もあるし、今なら素直に…とハンガリーはプロイセンを振り返る。
 目線があい、プロイセンは「ん?」とハンガリーに微笑み返す。
 ああ何も言わなきゃいい男だってのにと少し苦笑する。


「ね、ねぇ、プロイセン…あの…」
「いやぁ、しかし、たくさん出したよなぁ俺」
「え? あ、ああ、そ、そうね…?」

 腹に回っていた手が腹をす、と撫でる。
 それに悪寒を感じてハンガリーは「まさか」と冷や汗をひとつ流す。
 プロイセンはそのハンガリーの心情に気づかず、べらべらと上機嫌に喋り始めた。

「ああ〜、もったいねぇよなぁ、ガキの一人二人でも出来ればハンガリーごともっともっと愛してやるのになぁ〜。
 なぁハンガリー、もし生まれ変わりとかあったら今度は普通の人間に生まれようなぁ。
 そんで盛大な結婚式挙げようなぁ、そういえばお前日本の季節とか好きだって言ってたよな。
 ジューンブライドってのがむこうじゃ一番幸せな結婚式として認識されてるようだからそれにしような!
 梅雨だかっての季節で雨がよく降るらしいけど、雨に濡れるハンガリーもエロかわいいからいいよな。
 そして俺は水も滴るいい男、かっこよすぎるよな、さすが俺だよな。ハンガリーもそう思うだろ?
 あ〜、いやしかし、ハンガリーエロすぎるぜー、なんでお前はそんなにエロいんだ〜。
 もうこりゃ奇跡だよな奇跡。俺とお前の出会いも奇跡。神様に感謝するぜー。
 …ん? ハンガリーどうした? 震えてるぜ、ああそっかお前嬉しいんだろ、そうなんだグハァ!」
「地獄へ落ちろこのエロ男!!」

 鳩尾にクリーンヒットする肘鉄。
 後ろに倒れた男の上からどいて、痛がる男の頭をブーツで押さえつける。
 続けざまにくる身体の痛みに反応が追いつかず、プロイセンは少し混乱する。


「うぐっ、ちょ、ハンガリー、何を…」
「プロイセン」

 その声は今まで聞いた、自分を呼ぶ声の中でも恐怖部門第一位に表彰されるほどの冷めた声だった。
 さぁーと音を立てて血が引く。

「5分やる。全力で今の行為について誠心誠意こめて詫びろ」

 そして冒頭に戻る。
 プロイセンの詫びを聞いたハンガリーはそれを鼻で笑う。

「ハッ。ま、あんたの頭じゃそんなもんよね。まあ今日はこれでいいわ。私は掃除に戻るけど邪魔したらわかってるわね」
「もちろんでございます。おそうじおつかれさまです、このいえがきれいなのもあなたさまのおかげでございます」
「今さっき言った言葉、忘れるんじゃないわよ!」

 バタンとドアを閉めてハンガリーが出て行く。足音が遠のいていく。
 プロイセンはそれを頭を下げて見送り足音がしないのを確認すると、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
 そしてくっくっく、と言う喉で笑う声から、いつもの高笑いへと移る。

「まあ半日どころか1時間も経てば忘れるんだけどな! ハハハ、過去に縛られない俺かっこよすぎるぜー!」

 言い終えたその瞬間、突如開いたドアからフライパンが飛んできて、油断したプロイセンの顔を殴っていったのは言うまでもない。







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[ハンガリー][プロイセン]

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