乙女達の居酒屋物語
「えっと誘拐……でしょうか?」
状況が全く理解できないかのよう、呆然とつぶやくリヒテンシュタインに、同じく混乱気味のベルギー。
唯一、ベラルーシは、姉が誘拐されたかもしれない事態にひとかけらの動揺も見せず、焼酎の水割りを注文していた。
「ちょっと、ベラルーシはんは姉様が誘拐されたの気にならへんの?」
「姉さんならどーでもいい。
それに……誘拐犯わかってるし」
思いがけない言葉に、二人の動きが止まった。
ベラルーシは店員が持ってきた焼酎を傾けると、一気に飲み干す。
「多分、バラ臭いヒゲと仮面と強面とアジアの爺二人」
「ヒゲというと、フランスさんでしょうか。仮面はトルコさんで、強面は……スウェーデンさん?」
「アジアの爺は……中国はんと日本はんの事やろ?」
誘拐犯がわかっても、誘拐した理由がわからなければ、まだ安心はできない。
飛び出して行こうとするベルギーの服をがしっとつかみ、首を横に振る。
「あいつらが危害を加えると思う?放っておけばいい」
「そ、そうやな。もしかしたら、話し合いをしたかっただけかもしれんもんな」
少し安心したのか、座り直し、ベルギーも店員におかわりを注文した。
カップを意味もなく、傾ける。ガラスに映る自分の笑みが妙に可笑しくて、ベラルーシは更に笑みを深くした。
(ま、危害は加えないだろうけど、確実にヤられてる)
喉まででかかった言葉を、蒸留酒と共に飲み下す。
そして、残りの三人の飲み会はまだまだ続く。
「ベルギぃぃぃぃー俺のベルギぃぃー!
ギリシャよりシーランドより俺んほうが好きやぁぁぁぁお前を愛してるん!!」
ある男の乱入により、和やかな飲み会に終止符が打たれた。
涙目で乱入してきたのは、スペイン。その後ろから、スイスもついてきた。
やはり、少し涙目だ。
「リヒテンシュタイン帰るである。お前は我が輩の大事なリヒテンなのだから」
一途な男と、過保護な男。
少しだけ兄の登場を期待してみたが、一向に現れる気配はない。
ベラルーシは舌打ちをすると、新たな酒瓶に手をのばし、そのままラッパ飲みした。
頬を赤らめた二人は顔を見合わせ、幸せそうな笑みを浮かべた。
その微笑に、男二人は自分が迎えに来た事を喜んでくれているものだと思っていたのだが……
かちゃん
個室の鍵が閉められた。
居酒屋の個室になぜ鍵があるのかは謎ではあったが、その鍵をなぜ閉めたかの方がもっと謎だ。
振り向けば、少し目の据わったベラルーシ。手には二本目の焼酎をぶら下げていた。
「ん、これで邪魔は入んないから」
彼女の言葉の意味がわからない。
ついでに、満面の笑みを浮かべている愛おしい女性達が、手に持っているものも理解できない。
「えっと、ベルギー? なんや? その手にもってるんは。鞭に見えるんやけど」
「同じく。リヒテン、その荒縄は……まさか」
ベルギーが鞭で床を叩く。鋭い音を立て、鞭がしなった。
「たまには、叩かれる方になってみなはれ」
リヒテンシュタインも、にっこりと縄を両手で握り締める。
「お兄様。束縛されるというのを味わってくださいまし」
じわじわと迫りくる女性二人に、後ずさる男二人。しかし、逃げ口はベラルーシによってふさがれてしまっていた。
「ま、男らしく覚悟しなさい」
ぽつりと呟くと、焼酎をあおり
そして、響き渡る男の叫び声。
「へぇ、その服似合うやん」
「ふふっ、夜なべして作りましたの。今度ベルギーさんにも作りましょうか」
女の子らしい会話。
ただし、手に持っているものも、座っているものも、完全にかけ離れていたりする。
彼女達が腰掛けているのは、裸体の男。それも体中に赤い痕のできた涙目のスペインだった。
四足になり、二人を背に乗せ、ぷるぷると震える姿は妙に滑稽だ。
「なー、俺が悪かった。
もう、夜に叩かん。ベルギーの望むようにやる。やから」
ベルギーの右手が動く。鞭がスペインの尻に当たり、彼は大きくうめいた。
「犬は黙ってなはれ」
冷たい視線をむけられ、彼は小さく震える。
これを何度繰り返したことか。すでに恐怖だけではなく、心の底から何かが生まれつつあった。
その証拠に、股間は大きく晴れ上がれ、元気に主張を続けていた。
そんなスペインなど気にせぬよう、二人は女の子の会話を続ける。
「リヒちゃんの教え方うまいやなぁ。ちょっと教えてもろうただけで。
見ぃ、スペインはんのモン、あんな元気に」
「鞭の使い方は、痛みを与えるだけではなく、痛みと快楽の間をぬうように振るうのがポイントでして。
……ベルギーさんにそういう才能があったから、きっとスペインさん喜んでいらっしゃるのですよ」
「ほぅ〜勉強になるわぁ〜今日のうちに調教しておけば、今後、叩かれる事も少のぅなるかもな」
「そうですわね。最初の舵取りは大切ですわ。そうすればお兄様のように」
縄でしばられて転がっているスイスをちらりと見る。視線に気がつき、びくっと反応するが、逃げ出す気はないようだ。
見事な調教ぶりと縄裁きに、感嘆のため息をつき、ベルギーはしみじみと彼女の女王様ぶりに関心した。
そして、偶然とはいえ、鞭やら縄やらボンテージを持ち歩いていた事に少しだけ感謝する。
そのおかげで、いつも攻められているばかりのスペインに一矢報いる事ができたのだから。
「やっぱ器用やねぇ。だから、こんな綺麗にしばれるんな」
「恐れ入りますわ」
ベルギーの誉め言葉に、リヒテンシュタインは頬を赤らめ、目の前に転がるモノの縄を手早く結びなおす。
「リヒテンリヒテン……我輩は……」
黒いボンテージを着て、やはり裸体のスイスの縄を結びなおしている様は、まんま女王様だ。
陰茎を目立たせる縛り方をしてみたり、常に快楽が攻めくるような縛り方をしてみたり、中々芸術的でもあるが……
縛られている当人は、生きた心地がしないことだろう。
「もう、お兄様、お似合いですわ」
きらきらとした瞳で見られていると、どうも抵抗はできない。
というか、抵抗した所で、更なる攻めが待っているだろう。だから抵抗する気はない。
ベラルーシは一歩はなれた所で、三本目の焼酎をあおり……携帯が鳴り響く。
画面を見て、不機嫌そうに電話をとる、一言二言だけで電話を切り……
再び着信音。むっとしてもう一度とり、罵倒してやろうとしたが、今度は電話相手からきられて、更に不機嫌になっていく。
どうせここにいても、兄はこない。兄以外の相手をする気はない。……が。
「ちっ、しょうがない。ヤってくるか」
厄介ごとはとっとと切るに限る。そのためならば一発や二発ぐらい気にしない。
ほんのりと酔いが回った頭で、彼女はこっそりと居酒屋を抜けだし……ポーランドの家へと向かった。
「もうあかん。ベルギー、俺は何でもやるから、どうか! 一発ヤらせ」
「だから、犬は……静かにしやはれ」
鋭い鞭がしなる。
リヒテンシュタインが持ってきた赤色のハイヒールで、横たわったスペインの陰茎を踏みつける。
その横でリヒテンシュタインが踏む位置を微妙に指導する。
そして何事もなかったかのように、彼女に笑顔を向けた。
ただし、小さなボールのついた犬の尻尾を彼の尻にねじ込みながら。
びくびくと反応を見せるスペインの姿。そんな反応を気がつかない振りをする。放置プレイもお手のものらしい。
「で、今度縛り方教えてくださりますか」
「意外に簡単なんですのよ。では、一緒にやってみましょうか」
二本目の荒縄を取り出すと、ベルギーに手渡す。
「まずは、これをこう……」
「こんでこう?」
スイスを手早く縛るのを手本とし、ベルギーもスペインを縛り上げる。
はちきれんばかりに主張する下半身にはあえて触れず、微妙に敏感な乳首をかする程度に触れる。
途中、スペインの瞳が虚ろになり、『女王ベルギーもええ……萌え』とか呟きも聞こえた気がするが、
縛るのに夢中で聞こえない振りをしてみた。
仕上げに、下半身に赤いリボンを施す。
芸術が一つ完成すると、ベルギーは満足げに笑みを浮かべた。
こういう所は普通の少女なのだが……
「ああ、ベルギー、どこまでいくん? いや、女王様ベルギーも好きやけど」
荒縄でぶら下げられたスペインの嘆きは、彼女の耳に届くことはなかった。
そして……もう何か悟りきったスイスは、涙ながらに首を横に振り続けたのだった。