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 キッスミー・プリーズ




「おい…おまえ、もっと口開けろ」
「う…るさい、バカ眉毛」

押し付けた唇を離して悪態をつくと、それ以上に不機嫌な声が返って来た。
「『おまえも世界の動向を見ておけ』なんて言うからついてきたのに。
会議が終わった途端、毎日毎日夜な夜な…そろそろ私、くたくたです。
それに、こんな廊下の隅っこでキスされたって、嬉しさよりも賠償を請きゅ…」
「ああもう!いちいちうるせぇな!少しは黙れ、セーシェル」
髪をぐしゃりとかき上げると、イギリスはセーシェルの腕を取り、再び壁に押し付けてキスをする。

「う…っ、ん…」

強引なキスに、セーシェルはイギリスのスーツを掴んで抵抗する。
彼の立派なスーツに皺が寄るが、気にしてはいられない。

確かにイギリスは好きだ。
今日の会議中も、彼女が気後れしないよう隣に座り
難しい言葉の並ぶ資料から要点を書き出したメモを寄越してくれたりと
彼なりに気遣ってくれたのは、感謝している。

けれど。

どうもこちらの方面では…紳士ぶりはどこへやら、こうした事態になってしまう。
キスは嫌いではない。
むしろ好きだと言いたいが、会議場からほど遠くないホテルの
しかも廊下のど真ん中では、ムードも何もあったものではない。

「待っ…止まって。止まれ、イギリ…」

涙目になって訴えるが、静止の声は届きそうにない。
観念して、壁にもたれようとすると。

「仲がいいのは良いけど…度が過ぎると嫌われちゃうわよ?」

「往来で淑女に迫るとは、感心しませんね」


突然の声に、イギリスが唇を離す。
助かった…とばかりに、セーシェルは息を吐く。

そこには、見知った一組の男女。

「げっ、オーストリア」
「は、ハンガリーさん…!」

恋人同士の邪魔をするのは、こちらも世界でも仲睦まじいことで知られる恋人同士。
しかも、ご丁寧に手まで繋いでこちらを見ている。
よりによって、いつも喧嘩になってしまう自分たちとは対称的に
いつ見ても微笑ましい二人に邪魔をされたことが、ひどくイギリスの癇に障った。
ぐっと涙目のままのセーシェルを抱き寄せると、びし、と貴族青年を指差して言い放つ。

「うっせー!仮面夫婦やってるおまえらに、言われたくねーよ!!」

この英国紳士はどうも、この時代になっても海を暴れまわっていた頃の癖が抜けていない模様で。

…眉毛。それ、言いすぎ。

セーシェルがそう思ったのと同時に
ハンガリーが俯き、オーストリアの眉がひそめられる。

しばしの沈黙。

どうだ。とばかりにイギリスが口の端を上げると。

「…分かりました。仮面夫婦かどうか、ご覧になれば良いでしょう」

オーストリアはひたと紫の瞳で英国紳士を見据えた後、傍らの女性へ視線を向けた。

「ハンガリー」

呼ばれて、ハンガリーが顔を上げる。

「はい」

「ハンガリー。貴女は私が好きですか?」

「えぇっ!?」

唐突な問いかけに慌てながらも、ハンガリーは頬を染めてオーストリアを見つめ返し、答えた。

「はい。私はあなたが…オーストリアさんが好きです」

「ありがとうございます…私も、貴女が大好きです」

青年はそっと微笑むと、恋人の顎に手を添えて上を向かせ、覆いかぶさるように唇を寄せる。
ぽかんと見つめる恋人たちを尻目に、唇を重ねる。

軽く触れては離れ、もう一度触れる。
互いの唇を啄ばむようなもどかしいキスなのに、見ていて頬が熱くなる。
やがて、どちらからともなく腕を回し抱きしめ、舌を絡ませ合い、深く唇を求め合う。

「んっ、ぅ…ふ…」

歯列をなぞり、戯れるように触れてくる舌の感触に、彼女の唇から吐息が漏れる。
女性から見ても扇情的なその姿に、セーシェルは無意識にほう、とうっとりとしたため息をつく。
隣の恋人もまた、親族と比べるとおっとりとした印象の青年が見せた変貌に、驚きを隠せない。

「ん…」

繰り返される優しくも熱いキスの嵐に、受け止め切れなかった互いの唾液が
透明な糸となってハンガリーの肌を伝う。
青年の唇がその糸を追いかけるように肌を辿って行き
鎖骨のくぼみにたどり着くと、ぺろりとなめ上げた。

「ふぅっ…オーストリア、さん…」

ぴくりと肩を震わせるハンガリーの首筋に名残惜しそうに口付けて
赤い花をひとつ散らすと、腕の中に彼女を閉じ込め、オーストリアは向き直った。

「如何でしょうか」

たたみかけるように、言葉を繋ぐ。

「…これでも、仮面夫婦と仰いますか?」

「う…」

周囲の温度が数度上昇したかのような雰囲気に、イギリスは口をぱくぱくさせ言葉を探す。
恋人への愛しさでは、目の前の青年に負けていないと信じているが
衝動に駆られて重ねるキスでは、太刀打ちできるものではない。

見せられたのは、正真正銘、恋人同士の甘いキス。

悔しいが、完敗。白旗だ。

だが。

「きょ、今日はこれくらいにしておいてやるっ!」

自分でもよく分からない捨て台詞と同時に、隣で頬を上気させて
呆けているセーシェルを抱き上げると、イギリスは廊下を駆け出した。

廊下を曲がる直前「バーカバーカ!エロ貴族バーカ!!」と言う叫びが聞こえたが
聞かなかったことにして、オーストリアは腕の中のハンガリーに声をかける。

「このような場所で…大人気なかったですね。すみませんでした」

「いいんです。あなたの気持ちが聞けたから」

ハンガリーがにっこりと微笑み、彼を見つめた。

「ハンガリー…」
「オーストリアさん…好き。大好きです」

優しい微笑みが胸を突く。
愛しさを抑えきれず、横抱きにハンガリーを抱き上げると、彼女が首に腕を回してきた。

「ハンガリー。今夜は、私と過ごしていただけますか?」

ふわふわした金の髪に埋もれながら、恋人に問う。

「…答えは、『Ja』しかないですよ」

期待通りの答えに満足して頷くと、自身に言い聞かせるように呟いた。


「明日の会議の時間には…遅れないようにしないといけませんね」



一方。

セーシェルを抱き上げたまま、イギリスは廊下を歩く。
先ほどからずっと、ぶつぶつと何か呟いている。

「あ…ああいうキスも知ってたけど、しなかっただけなんだからな!」
「そりゃ、ちょっとはおまえのことも考えなきゃとか思ったりもしたけどっ…」
「だから、その…あー、なんだ」

鬼気迫る様子に、セーシェルは見上げるだけであったが。

「わ、悪かった」

ふいに降って来た言葉に、セーシェルはきょとんとしてイギリスを見た。
「だから、強引だったりムード無かったりで悪かった、って言ったんだよ!」
丁寧に、決まり文句の「ばかぁ!」までつけて、イギリスはまくし立てる。
「やっと気が付いた…っていうか気付くのが遅いですばかぁ!」
言って、セーシェルは彼の首に腕を回す。
イギリスも、抱き上げる腕に力を込め、それに応える。

「………」

沈黙が落ち、見つめあう。
どちらからともなく顔を寄せると、先ほどの恋人同士が見せた、触れるような、キス。
「…なぁ」
せがむような瞳で見つめると、困ったような顔の恋人。
「ん…でも、ここじゃ…」
「損害と賠償すんだろ。分かってるよ、バーカ」
「バカは余計です、バーカ」
「んな軽口叩いてられるのも、今のうちだからな。せいぜい言っておけ」

にっ、と笑うと、イギリスはセーシェルを抱え直し、自室へと向かって行った。



翌朝。

会議開始の午前8時から5分ほど遅れてきた男女二組が
寝ぼけまなこのイタリアと一緒にドイツから小言をもらったことは
議事記録には残されていないエピソードである。


-おわり-



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[セーシェル][イギリス][ハンガリー][オーストリア]

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