氷の王子様
「ようごそきなすった。存分に楽しんでくろ」
ノルウェーはオスロの某高級ホテル。
VIP用レストランで高級な調度と上質な酒と豪華な料理が客たちに振舞われていた。
招待客たちはいずれもイブニングドレスやチャイナドレスに身を包んだ美しき女性のみ。ただしただの女性ではない。
東欧からウクライナ、ベラルーシ、中欧からハンガリーとリヒテンシュタイン、西からはベルギー、アジアからは台湾とベトナム、
インド洋のセーシェルと洋の東西を問わずに呼ばれた所謂女性の「国家」たちだった。
今宵のパーティの主催者が挨拶にくると彼女たちの間から色めきたった声が上がった。
キャンドルに照らされるタキシードに身を包んだこのパーティの主催ことノルウェーのはかなげで
(ただし彼女たちの目にはフィルターつき)中性的な美貌はどんな美酒よりも彼女たちを酔わせる。
「ノルウェーさん、おおきに。こんなに楽しいのうち久しぶりやわぁ」
うっすらと目の縁を赤くし、なにやらなまめかしい視線になっているベルギーに
「それは何よりだべ」
あくまでも儀礼的域をでない礼でさえ、この男にかかれば彼女たちをとろけさせるのには十分だ。
「そうですよ。うるさい男供のいないところでこんなおいしい食事とお酒が楽しめるなんて天国ですよ」
セーシェルの言葉に全員が頷く。
「夜はまだこれからだども、も少し待ってくんろ」
うるさい男共、がこんなことをささやこうものならたちまちそしりの声が上がりそうなものなのだが、ヨーロッパ国家随一の美形と
誉れの高いノルウェーの唇が紡いだ言葉となると彼女たちをうっとりさせてしまう。
その様子をバックヤードで苦々しげに見ている男が二人。
「やっぱあいつは天然の女たらしだっぺ」
そういうデンマークの顔には明らかに「うらやましい」とかかれているが、もう一人のアイスランドはというと、
「だったら兄さんがすればいいのに…」
完全にふくれっつらだった。
「何言っとんだ。誰のせいでこんなこどしでるど思ってるのが?」
「わ、分かってるよっ」
ならいい、とデンマークは裏方に合図した。
いきなり照明が落とされ驚きの声が上がったが、すぐに落ちてきたスポットライトのおかげで女性たちの間に
パニックは起きなかった。だが、そのスポットライトの下に現れた純白のタキシードに白い手袋を身にまとい胸元には
一輪の赤いバラを刺した「氷の貴公子」ことアイスランドを見た瞬間悲鳴と嬌声があがった。
「か、かわいい…何…白いタキシードにブラウス、バラの花って反則じゃないですかー!」
「兄さまと同じくらい…いえ、兄さま以上ですわ!」
「ねえねえ、ベラちゃん、なんかすごくクールじゃない?ずっとかわいいっ子て思ってたけど、印象がぜんぜん違うよね」
「…兄さんの方がずっといいに決まってる」
女性達の手放しの賞賛の中、進行役のデンマークが前にでてきた。
「お待たせしました。本日のメインイベント〜」
楽しげな彼の声がさらにアイスランドの苛立ちをかきたて、また目が釣りあがる。が、横についたノルウェーが
思いっきり二の腕をつねった。
「笑え」
アイスランドは兄の言うことなどききはしない。
「いやだ」
さらに強い力でつねられても絶対に『ごめんなさい』を言う気はないとばかりにツンとすましている。
マイクなんかいらないだろう、とつっこみたくなるような大声でデンマークがイベントの説明を始めた。
「こごにいるこの美少年。最近ちっと不幸に見舞われでいで失意のどん底です。
こんな美少年が憂いに沈んで若さを散らすのはもったいねえど思いませんか?」
アイスランドは「そんなセリフどこで仕込んだ、フランスの野郎かぁ〜」とデンマークを引っぱたきにいきたいところだが、
右手は兄にがっつりとつかまれている。
兄と弟の水面下の攻防を他所に、デンマークの舌はフル回転し、女性たちのと会場の温度は一気に上がった。
「愛に飢えだ少年を慰める権利を手にするには…こごにいらっしゃるレディにはもうお分かりですっぺ?」
「はーい質問!」
「ベルギーさん、どうぞ」
「その権利とやらを手に入れた後はどうなるん?」
「皆さんのお好きなようにどうぞ。制限時間は24時間。
その間は煮ろうが焼こうがベッドん中に連れ込もうがあなだたぢのご自由だっぺ。ただし死なねえ程度にな」
もうデンマークさんったら、いやだぁ〜という声が上がったが、誰の目も笑ってはいなかった。
すでに戦場に向かう戦乙女の眼差しになっていた。
「じゃ私からも質問!」
「ハンガリーさんどうぞ」
「基本スペック教えてくださーい、今度の新刊のモデルにしたいんです〜」
新刊のモデル…それっておいしいの?と口をパクパクさせるアイスランドのことなど目にもとめず、
デンマークはマイクを突き付けた。
「はい、アイスランド君、君の基本情報をどぞ」
「アイスランド共和国通称アイスランド。北ヨーロッパ、北大西洋にある国家。首都はレイキャヴィーク…」
と続けようとしたところでついにキレた兄が腕をねじりあげた。
「いい加減にしねぇど、次は男ばっかのオークションひらくど」
男ばっかのオークションという言葉にアイスランドは震え上がる。
「ご、ごめんなさいっおにいちゃん!それだけは勘弁して・・・」
「ならええ」
はい、仕切りなおしとばかりにもう一度突きつけられたマイクに向かった。
「身長173センチ、体重はまあそこのバカによりもずっと軽い。髪はアッシュブロンドで目はアイスブルー」
「胸囲は分かりますか?」
さっきからハンガリーと新刊新刊とざわめいていたもう一人台湾が聞いた。
「しらない」
「なんだーつまんない。だけどあの細腰からしたら…」
そっけない答えにもめげずに彼女はハンガリーと独自の会話にもどっていった。
「じゃあ一番重要な質問するね」
「どうぞウクライナさん」
「ズバリ、アイスランド君は経験あるの?」
そのものズバリ、まさに核心な質問に全員が身をのりしだしてきたのでアイスランドは思わず後ずさってしまった。
このときも兄は容赦がない。
「逃ぐんな」
「あるんだったら何人?一晩に何回くらい相手できる?」
姉の質問に便乗したベラルーシの冷たい値踏みをする視線は容赦がなかった。
「さあ、答えて」
「あ、あるけど」
さっきまでの威勢はどこにいったのやら。
「で、何人?一晩に何回いける?」
ベラルーシはそこから一歩も動いていい何もかかわらず彼女がどんどん迫ってきているような気がしてついに
アイスランドはデンマークの後ろに逃げてしまった。
「隠れてしまったわ。私何か悪いこと言った?」
当人のベラルーシは周りの女たちを見渡すが誰も答えてくれない。
「大丈夫だよね。アイスランド君若いんだもん!」
ノルウェーとデンマークはこの弟の大失態に頭かかえたが、ウクライナのフォローに場の雰囲気は持ち直した。
「そうやね。若いってことは色々と教える楽しみもあるってことやし〜」
とベルギーに同意を求められたベトナムの
「変にスレてるよりも楽しめるんじゃないの?」
の一言でこの失態は不問となった。
そして、デンマークのこの一声でオークションが始まった。
「さて、質問はもうねえようなんで、始めるっぺよ。スタート価格はなんとおったまげの99ペンス!」
そのスタート価格はないだろ・・・とアイスランドは今さらながらに自分の境遇に涙しそうだった。
そんな彼を他所にすっかりと盛り上がってしまった女性達とデンマークの間で買わされる値段はどんどんつりあがっていく。
「ただいまの価格は42万ポンド!」
「55万!」
「お、リヒテンちゃんなかなか強気だっぺ」
「58万でどうや?」
最初の価格はかわいいものだったが、値段は次第にエスカレートしていった。
そうなると声の上がる国家、沈黙する国家がはっきりと別れてくるのは当然のことであったが、
「ああんーもうお小遣いないよ〜ねぇデンマークさん、私とベラちゃんと二人で一緒でいい?」
大分前にリタイアしていたウクライナがしなを作りながら懇願しはじめる。
「どうすっぺ、ノル」
「…金が入るならどっちでもええ」
「ありがとうー!ノルウェー君やっさしー。じゃ、私とベラちゃんが落札したときには二人で一緒にってことでいいよね?」
「ええど」
もはや血の気のなくなっているアイスランドを他所に兄とスラブ姉妹の間で取引成立。
「ウクライナとベラルーシ、62万!」
「じゃあ私も!台湾ちゃんと組んでいいかしら!」
同じく懐事情の厳しいハンガリーが名乗りを上げる。
「ハンガリーちゃんと台湾ちゃんね。えがっぺよ」
共通の趣味のおかげで利害が一致したらしい。
「じゃあ台湾とハンガリーで164万」
「えーそんなんありなん?うちちょっとサービスがあったらがんばれるんやけどなぁ〜」
「どんなサービスでえ?」
「ちょいとその胸元チラ〜っと見せてくれたらなぁ〜って」
できたらお兄さんにしてもらったって〜と言うのに女性陣から拍手喝さいが上がった。
あくまでもドライな兄は淡々とアイスランドの襟元に手をかけ、スカーフをはずしボタンをはずしていく。
蛇ににらまれたカエル状態のアイスランドはもはや抵抗もなし。
現れた白い胸元に容赦のない視線が突き刺さる。
「やっぱ思ってた通りやわぁ〜引き締まっていい体しとるわぁ〜。よっしベルギー175万いくよー!」
「ああんずるいですぅ〜ハンガリー・台湾185万!」
…という具合に入札価格はとんとんと跳ね上がっていき…
「180万、180万より上はいませんかぁ〜ただいまの最高落札者リヒテンシュタインの180万〜」
「新刊のため…これも新刊の…190万!」
夏の祭典のためですものと、言い聞かせながら台湾が手を上げ、
「195…もう毒食らわば皿までや」
ベルギーがこれに続いた。がここまできたらどの国ももうぐうの音もでない。
「さすがにもうごれで打ち止めだっぺが。じゃ、ベルギーの195で…」
「196万」
終了という直前にベラルーシが名乗りあげた。
しばらく沈黙が続き、もはや誰も入札する気配はなくオークションはそこで終わった。
「で、コレはどうするの?」
もはやアイスランドの首に縄かけて連れて行きかねない勢いのベラルーシにさすがのデンマークはとめにかかった。
今日はまだ準備段階なので勘弁してくれと言われて、ベラルーシとウクライナはおとなしく引き下がった。
「あと少しだったのにねぇ〜。」
ハンガリーの心底残念そうな嘆きに他の競争相手たちも頷く。
「そうですわね。私もたまには兄様以外の殿方とお話したかったのですが・・アイスランド様はおかわいらしい方ですから・・・」
「なぁ〜デンマーク、またオークションせぇへんの?」
「俺だったらいつでも買われてやっど」
「いややわ。あんたみたいなムサい男臭いのやのうて、あああ〜やっぱおしいことしたぁ!!めったにない逸材やのにぃ〜」
口々にうなずき合う彼女たちの中に割り込んだノルウェーの一言に全員が振り向いた。
「だったらおめも買うけ?」
「ノルウェーさん、何かとんでもないこと口にしてませんか?」
冷静な突っ込みを入れることができたのは早々に脱落していたセーシェルだった。
「制限時間は24時間だべ。それが過ぎればおめンとこにもいけるでねが?」
「そ、それはそうやけど・・・確かに絵とかと違うし・・・」
「そうだな。落札価格の高い順でいいが?」
思わぬ展開に女性陣は色めきたった。そしてアイスはもう虫の息だ。
「待ってる間俺ンとこ観光さしとればええ。都合が悪りならまたアイスよこすべ」
「よし、そうど決まったらみなごっちきで都合のいい時を言ってぐれ」
「私たちはどうなるの?いつから?」
待ちきれないとばかりにデンマークをつつくスラブ姉妹に、ノルウェーは少し考えて提案した。
「おめら、明日の夜でどだ?せっかくだから観光してからにせ」
「あんた案外気が利くのね」
というベラルーシの言葉に、ノルウェーの口元がちょっと緩んだ。
細かい調整はデンマークに任せ彼は息も絶え絶えになっている弟の腕をつかんで同じホテルにある別の
レストランに連れて行った。
「兄さん・・・恨むよ・・・」
メニューの向こう側から兄を睨みつけるが兄はメニューを選ぶのに忙しいらしくその視線に気づいていない。
「ほれ、しっかりとメシ食え。肉たんと食っとかんと身がもたんど」
「…肉食べてももう追いつきそうにないんだけど」
「そんときゃまた肉食わしてやる。おめのメシくらいはおごってやる」
「金欠の俺にメシ代まで払わせる気でいたの?自分石油で稼ぎまくってるくせに」
「なんならホテル代もたてかえてやっど」
「鬼だ…」
「愛のムチだべ」
その後デンマークが計算したトータルの落札価格は1000万ポンド。日本円にして17億円をたたき出していたという。