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 肉球と羽と女の子と



和やかな雰囲気の披露宴会場。

その片隅で更に心が和む光景があった。
可愛らしい動物達が集まって宴会に参加していたのだ。
きちんと塩分やら、たべさせてはいけないものを抜いたドイツ特製料理を食しながら、お行儀よく、騒ぐ事もしない。
そんな中に乱入してきたのは、酔いに酔ったイギリスとノルウェーだった。
にこやかに肩を抱き、動物達の輪の中に乱入する。

「てめーらももっとはじけた方が楽しいぞ。
ほら、ドイツんとこの犬、こういう時ぐらい、もっと楽にしろって」
ドイツの飼い犬の一匹ブラッキーは大きく息を吐き出し、飼い主をちらりと見ると、尻尾で床を一叩きした。
「あー?お前と違って、ちゃんと躾られてるから、無理だって?
失礼な奴だな」
酔っているのか、犬相手に独り言をつぶやき、ブラッキーの背中に顔をうずめる。
よく手入れされているためか、毛がふかふかとしていてまるで質のよいカーペットみたいだ。
少し迷惑そうなブラッキーを助けようと、ベルリッツがイギリス背中を前足で引っ掻く。
アスターも小さく鳴いてイギリスに抗議した。

「ほら、イギリス、あんまり三匹困らへねで」
とはいいながらも、ノルウェーの膝にぽち君と花たまごをのせ、思いっきり撫で回しているから、あまり説得力はない。
まあ、その二匹は撫でられるのが好きらしく、幸せそうに目を細め、尻尾を振っている。
「ヒトノコトハイエナイ」
「だよね。ボクもそう思うな」
座敷童子がクマ二郎さんを腕に抱きながら、にこっと微笑むと、頭の上で妖精とピエールも大きく頷いた。
「にしても、お前らおとなしいなぁ。
よほどドイツに厳しくされてんだな」
イギリスの言葉に、三匹は不満げな声をあげた。
彼らの様子にノルウェーが思わず吹き出す。
「弟の教育に失敗した奴に言うことはないと言ってらが、しっかりとドイツの良いとこ話していだな」
「悪かったな。たく、飼い主の性格がはっきりと現れるな。
それに比べてぽちや花たまごは可愛いな」
ブラッキーの背中から手を離し、ノルウェーの膝の上の二匹に手を伸ばすが、
素早い動きでイギリスの手から逃れ、一匹は彼の頭の上に駆け上り、一匹は座敷童子の膝の上に避難する。

柔らかな毛皮の感触が失われた原因を一にらみすると、ノルウェーはピエールに手を差し伸べる。
警戒心もなく、ノルウェーの手に飛び移り、美しい声で歌う。
「お前は飼い主に似ないで、可憐だべ。
フランスは男女問わずセクハラしてきんずやね」
言葉にノルウェーの耳たぶを嘴でつっつく。
「ああ、ごめんなさいんずや。あった奴でもお前は好きなんだな」
「ボクも日本ちゃん好き〜」
座敷童子が無垢な笑みを浮かべ、元気よく手をあげる。
それに同調するかのように、ぽち君と花たまごが「ひゃん」と一鳴きした。
クマ二郎も、無言ながらも大きく頷いた。

あまりに愛されている飼い主たちに、イギリスの瞳が潤んだのを、妖精は見逃さなかった。
ふわりと飛び立ち、イギリスの頬にキス。
彼の目の前に立ち止まると、腰に手をあて胸をはってから、びしっと指差す。
「あ〜もう、イギリスちゃんったらおっきくなっても泣き虫なんだから。
でも、あたしはそんなイギリスちゃん大好きだよ」
妖精の言葉にイギリスは顔を真っ赤に……ならばラブコメ絶好調だったのだろうが。
「ばーか。泣いてねぇよ。
たく、いつまでも姉気取りしてんじゃねーぞ」
妖精のおでこを軽く指でつつき、悪ガキのような笑みを浮かべて見せた。
そして手にしていたワインを一口。
……ほんのりと耳たぶが赤かったのは、花たまごだけが気がついたが、気がつかない振りをしてあげた。

「そーいや……」
照れを隠すためか、わざとらしくによによ笑いを浮かべ
「あいつらんとこ、ドレス届けにいったんだろ?
何か面白い事なかったか?
たとえば、ヤってる時の声とか」
下品な話題に、クマ二郎は頭を横にふり、呆れた表情を見せた。
そして、下品な話題という事がわからないほかの者たちは首をかしげる。
「ヤってるって……何やるの? 鬼ごっこ? かくれんぼ?」
純粋な座敷童子の発言に、イギリスは自己嫌悪に陥る。
「あー、すまんすまん。聞かなかった事にしてく……」
そこで言葉が途切れた。
アスターが小さく鳴いたから。何かを伝えるかのように、鼻をぴすぴす鳴らし、
「……泣き声なら聞こえたんずやって? 何かばふったぐ音とか、何かのモーター音とかも聞こえたんずやって」
続けてベルリッツも一鳴きした。耳を立て、首を少し傾ける。
「ドイツの家でも聞いたことあるんずやってか。……までーに教えろ」
ノルウェーが生唾を飲み込み、続きを促したが、ブラッキーは強い声で吠え、他の二匹をにらみ付ける。
にらまれた二匹は、耳を伏せ、目を逸らした。
男二人は、小さく舌打ちし、他に情報の入りそうな小柄な犬に目を向けた。

「で、花たまごんとこは、何か変わった音とか、声とか聞いたことないか?」
酒とエロが入ったイギリスに、もう罪悪感とか羞恥心などありはしない。
花たまごは周りを見回し、座敷童子の膝の上でくーんと鳴いた。
「女の子がくるたびに泣き声が聞こえる……あのむっつりヴァイキング野郎が! 羨ましすぎだ……
って、そういえばセーシェルも遊びに行ったことのあるような。は、まさか……」
いやーな予感がし、花たまごを見る。花たまごはぱちくりとまばたきをし、小さく頷く。
声の意味はわかっていなそうだが、言ってはいけなかったことかと感じ、気まずそうに前足を舐め始める。
予想外の戦歴に、絶望に打ちひしがれるイギリスに、ノルウェーの手に止まっていたピエールがさらに絶望の底へと叩き落す発言をした。
「セーシェルならば、家にくるたびに泣かされてらって……中々やんな。フランス」
「ああああああ、セーシェルぅぅぅ!!」

絶望に叩き落され、涙に暮れるイギリスを不憫におもったのか、ぽち君が彼の背中にぽんとお手をし……
素早い動きでぽち君が捕獲されてしまった。
じたばたと手足を動かすが、小さな身体では抵抗できそうにない。
手を噛んでしまえば脱出は可能だろうが、さすがにそれはできそうにない。
助けようと座敷童子がぽかぽかと背中を叩くが、目の据わったイギリスには効果はない。
「死ねばもろともだ。日本のそういう話を聞かせろ」
言わねば食われてしまいそうな雰囲気に、ぽち君の尻尾が丸まる。
そういう話がどういう話だか理解できていないが、今までの流れから言うと、泣き声が聞こえた時の話をすればよいのだろう。
ぴすぴすと鼻を鳴らす。
「漫画本を見ながら、泣いていたって? それも独りでか……」
「あ、ボクもそれ聞いたことある。心配だったんだけど……
苦しそうなんだけど、その声が終わった後、妙にすっきりした顔してたから、大丈夫かなと思っていたんだけど」
思いがけない暴露話に、二人は生暖かい目になり、ぽち君を地面に下ろし、頭を優しく撫でてやる。
「紳士としては、聞かなかった事にしておこう」
「んだんずな。それが男ってもんだ」
なんともいえない空気に包まれて、二人の会話は途切れた。
手元の酒を無言で飲み……そういえばと会話に参加していないものを思い出した。

黙々とメイプルシロップ壷と格闘しているクマ二郎の方を見て、頬が緩んだ。
手がやっと入る位の壷に手を突っ込み、メイプルシロップをかき出そうとするが、手を握り締めてしまうと、壷から手が出ない。
手を開けば、少ない量しか取れない。じたばたと格闘し……二人の視線に気がついた。
「ナニミテルンダ。カナダニ期待シテイルノカ?」
二人は顔を見合わせ、肩をすくめる。
あのカナダに限って、そういう事は期待できないとは思っていたが。
「あー、何か気抜けたな。よし、飲みなおしといくか」
「んだんず。がっぱど飲むぞ」
タッグを組んで、二人は食の戦いの中に飛び込んで行き、いつもの暴走が始まる。

残された動物達は、疲れたのか大きく息を吐き、そしてあくびを一つ。
犬達は横たわり、丸まって眠りの体勢に入る。ぺろぺろと前足を舐めているうちに、目が虚ろになり。
その中心で座敷童子もうとうととし始め、妖精とピエールがそれぞれ犬のおなかに止まり、ふわふわの毛に包まれて眠りに入る。
一つの癒し空間が完成し、飼い主達は頬を緩め、寝ている姿をただ見つめ……

一匹、壷と格闘しているクマ二郎がぽつりと呟いた。
「アア見エテ、結構食ッテルトシッタラドウイウカナ」
その言葉は誰の耳にも入ることはない。
クマ二郎はにやりと笑い、再び、壷と格闘を始めた。




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